プリモによって、時差ぼけのかすかな残りは、きれいに消えた。ぼくは、服を着た。十五年前のアロハ・シャツに、着古したリーヴァイス。それに、白いスニーカーだ。ぼくは、部屋を出た。一階まで降りていき、外の陽ざしへ出ていった。陽ざしは、暑くて心地よかった。バス・ストップまで歩き、やがてたいぎそうに走って来たザ・バスに乗り、ダウン・タウンまでいってみた。
これといったあてもなく、ぼくはダウン・タウンを歩いた。あのブックストア、このドラグ・ストアと、懐かしい道順をたどっていったぼくは、やがて、THE LEGARTと看板の出ている小さな店を目にとめた。ストアフロントのつくりや看板の出来ばえにひかれたぼくは、その店のまえに立ち、ディスプレー・ウインドーのなかを見た。
その店は、女性の脚線美をテーマにした写真を専門に扱っている店だということが、すぐにわかった。脚線美、という、見ただけですでに充分に美しい三つの漢字による言葉を思いうかべながら、ぼくはその店に入った。
奥にむかって細長い店の、左右の壁面いっぱいに、写真のディスプレーの棚がつくってあった。絵葉書をふたまわりほど大きくしたサイズの写真が、こまかく仕切った棚のなかに、びっしりと収納してあった。
何千点あるだろうか。脚線の美しさをあらわにして、ありとあらゆるポーズをとっている美女たちの写真が、いっせいにぼくにむかって飛びかかってくるようだった。写真はすべてモノクロームであり、そのために脚線美の人工的な印象は高い次元まで増幅されていた。
ほんのりと冷房のきいた店内に、客はぼくひとりだった。ぼくは、写真をひとつひとつながめた。一九三〇年代から現在にいたるまでのハリウッドが世に送り出した、有名無名のさまざまな美女たちの、脚線美ポーズ写真だ。そのなかで圧倒的に多いのは、一九四〇年代から一九六〇年代いっぱいの期間にかけて活躍した女優たちの写真だった。懐かしい顔と名前が、いくつもみつかった。
どの脚も、それぞれに、とび抜けてきれいだった。映画スターを専門に撮っていた優秀な写真家たちが、技術を駆使してものにした写真だから、彼女たちの脚線が美しいのは当然だろう。
選び抜いて一枚、ぼくは買った。
「賢明に選んだね」
と、白人男性の店員が、言った。三十代前半の彼はたいへん真面目そうであり、鼻の下に髭をたくわえていた。真面目くさった顔に、ふいに微笑がにこっと浮かぶとき、彼はひどく気の弱そうな雰囲気になった。
ニュース・スタンドで波乗りの雑誌の最新号を買い、早めの夕食をすませ、ぼくは部屋に帰った。脚線美の写真を寝室の壁に、そして波乗りの雑誌から切り抜いたパイプラインの写真を居間の壁に、それぞれピンでとめて、アパートメントの部屋はたちまち自分のすみからしくなった。