← Library‹ 時差のないふたつの島 24

ぼくはアパートメントに帰かえった。このアパートメントには、正面しょうめんの玄関げんかんを入はいったところに、小ちいさな事務じむ室しつがある。外そとと内側うちがわとの、ふたつに分わかれている。外そとには、壁かべを背せにして三さんメートルほどの幅はばでカウンターがあり、そのカウンターのなかで、このアパートの管理かんり人にんである、中年ちゅうねんの白人はくじん男性だんせいが、いつもなにかやっている。椅子いすにすわっている彼かれのうしろの壁かべには、部屋へやごとに小ちいさく仕切しきった棚たながあり、それぞれの部屋へや宛あての郵便ゆうびん物ぶつその他たが、仕分しわけして入いれてある。

その棚たなのある壁かべの端はしにドアがあり、このドアは、ぼくが見みるときはいつも半開はんびらきだ。ドアのなかはせまい部屋へやになっていて、そのスペースは、デスクや椅子いす、そしていくつかの棚たなで、ほぼいっぱいだ。

おだやかな好こう人物じんぶつの管理かんり人にんは、笑顔えがおでぼくを迎むかえてくれた。椅子いすから立たちあがり、うしろの壁かべをふりかえり、ぼくの部屋へやの番号ばんごうのついた棚たなのボックスから、手紙てがみを一いち通つうとメッセージ用ようの淡あわいピンクの紙かみを二に枚まい、彼かれは取とり出だした。そして、なにか大変たいへんなことのような手てつきで、それをぼくに渡わたしてくれた。

手紙てがみは、東京とうきょうにいるぼくの女性じょせいエディターからのものだった。ストーリーがうまく書かけているかどうかに関かんする、優やさしい問とい合あわせの手紙てがみにちがいない。メッセージは、一いち枚まいはフレッド・バーソロミューから、そしてもう一いち枚まいは、彼かれがいずれぼくに紹介しょうかいすると言いっていた日本にっぽん人にんの写真しゃしん家かからのものだった。

ぼくは、エディターからの手紙てがみの封筒ふうとうのおもてを、管理かんり人にんに見みせた。彼かれはそれをじっと見みた。そして、やがて、大おおきくうなずいた。

「きれいだよ」

と、彼かれは言いった。

「完璧かんぺきだね。封筒ふうとうの大おおきさや縦たてと横よこのバランスが、まず素晴すばらしい。ヨーロッパ製せいの封筒ふうとうだよ、きっと。差さし出だし人ひとの名前なまえと住所じゅうしょをタイプした部分ぶぶんと、宛名あてなの部分ぶぶんとの対比たいひも、美うつくしい。よく身みについているタイプのしかただね。それから、切手きってがいい。封筒ふうとうの色いろに、よく調和ちょうわしている。切手きってによって占しめられているスペースも、封筒ふうとうぜんたいのスペースに対たいして、よく比率ひりつがとれている。じつに美うつくしい封書ふうしょだ。手てにとったときの感触かんしょくも、素晴すばらしいものだった」

心こころから対象たいしょうに感心かんしんしている人ひとの喋しゃべりかたで、彼かれはぼくに以上いじょうのように言いった。

東京とうきょうにいる女性じょせいエディターからの手紙てがみだと、ぼくは彼かれに言いった。

「原稿げんこうが書かけているかどうか、さぐりを入いれるための手紙てがみなのさ。返事へんじを書かくにあたっては、原稿げんこうのことに触ふれざるを得えない」

「ストーリーは、書かけているのかい」

と、彼かれはきいた。

「書かくべきストーリーのぜんたいが、ようやくアイディアとして出来できたところだよ」

「いつも出でかけていることが多おおいから、まだ書かいてはいないのだなとは、ぼくも思おもっていたんだ」

「あと二に、三さん日にちしたら、書かきはじめるよ」

「部屋へやにいることが多おおくなるね」

「そうだと思おもう」

「エディターは、手紙てがみで催促さいそくするだけかい」

「東京とうきょうなら東京とうきょうという、おなじ場所ばしょにいれば、頻繁ひんぱんに会あうことも出来できるけれど」

「彼女かのじょもこの島しまに来くればいいじゃないか。そして、彼女かのじょは彼女かのじょで、この島しまで仕事しごとをすればいいんだ」

「手紙てがみにそう書かいておくよ。そして、封筒ふうとうの出来できばえを絶賛ぜっさんしている人ひとがいるということも、つけ加くわえておこう」

「ぜひともそうしてくれ」

彼かれはにこにこと笑わらってそう言いい、大おおきな体からだを椅子いすに降おろした。

バーソロミューからのメッセージは、夕方ゆうがたからずっと自宅じたくにいる、ということだけだった。日本にっぽん人にんの写真しゃしん家かからのものは、明日あすの朝あさ十じゅう時じに自分じぶんは下記かきの場所ばしょの下記かきの電話でんわ番号ばんごうのところにいるから、都合つごうがつけば、そして気きがむけば、電話でんわをしてもらえるとありがたい、というメッセージだった。

部屋へやに戻もどったぼくは、居間いまの中央ちゅうおうにあるライティング・デスクに両足りょうあしをあげてディレクターズ・チェアにすわり、パトリシア・リヴィングストンの小説しょうせつを読よみはじめた。

読よみはじめてすぐに夢中むちゅうになり、ふと気きづくと、ハンナとの夕食ゆうしょくのために出でかけなくてはいけない時間じかんになっていた。シャワーと着替きがえをすませ、ぼくは部屋へやを出でた。一いち階かいのフロント・デスクの電話でんわを借かりて、ぼくはバーソロミューに電話でんわをかけた。

彼かれは、自宅じたくに帰かえっていた。

「ぜひともきみに伝つたえたい、たいへんに興味きょうみ深ふかい話はなしがあるんだ」

と、電話でんわのむこうで彼かれは言いった。

「ぼくにも、ぜひともきみに伝つたえたい、面白おもしろい話はなしがあるんだ」

と、ぼくは言いった。

「きみから先さきに、話はなしてくれ」

「パトリシアの本ほんを、今日こんにち、ぼくは買かったよ。去年きょねん、ハード・カヴァーで出でて、今年ことしの春はるに、ペーパー・バックになったんだ」

「ぼくは、今日こんにち、パトリシアから手紙てがみをもらったよ」

と、バーソロミューが言いった。

「彼女かのじょは、もっとも最近さいきんは、バリ島とうに一いち年ねん、住すんでいたのだって」

「きみが知しっているのは、そこまでかい」

と、彼かれは言いった。

「バリ島とう以前いぜんのことなら、本ほんにのっている著者ちょしゃの紹介しょうかい文ぶんのなかに書かいてある」

「バリ島とう以後いごは?」

「バリ島しままでだね」

「バリのあと、彼女かのじょは京都きょうとにいたのだって」

と、バーソロミューは言いった。

「この島しまへ戻もどって来くると、彼女かのじょは手紙てがみのなかに書かいているんだ。到着とうちゃくする日ひを、彼女かのじょは書かいている。来週らいしゅうだよ。彼女かのじょときみとは、ふたりともストーリー・ライターだから、ぜひ会あうといい」

「楽たのしみにしている。彼女かのじょの本ほんは、面白おもしろいよ」

「小説しょうせつかい」

「そうだね。さっきまで、夢中むちゅうになって読よんでいたんだ」

「きみが夢中むちゅうになれるということが、ぼくにはうれしい。彼女かのじょの書かいたものが、すくなくとも一定いっていの基準きじゅんをクリアしているということが、それによってわかるから」

「明日あす、きみが言いっていた日本にっぽん人にんの写真しゃしん家かに会あえそうだよ」

「彼かれはぼくにも電話でんわしてきたよ。きみに電話でんわすると言いっていた。番号ばんごうは、ぼくが教おしえておいたから」

「明日あす、ぼくは彼かれと会あう」

「それはいい。君きみのストーリーは、どうなったんだ」

「二に、三さん日にちしたら、書かきはじめる。基本きほん的てきなアイディアは、すべて出来できたんだ」

「こんど会あったら、聞きかせてくれ」

「双子ふたごの美人びじん姉妹しまいが、ひとりの男性だんせいを愛あいする物語ものがたりだよ」

「へえ」

と、彼かれは言いった。呆あきれている気持きもちがはっきりと出でている言いいかただった。

「ぼくがいま読よんでいるパトリシアの小説しょうせつを、きみもぜひ読よむといい」

「明日あす、図書としょ館かんへいってみる」

と、バーソロミューはこたえた。そして、

「きみは京都きょうとに、住すんだことはあるのかい」

と、ぼくにきいた。

「六ろくか月げつほどなら、いたことがある。住すんだ、とは言いいがたいがね」

「なるほど」

「近ちかいうち、また会あおう」

「そうしよう」

ぼくたちの電話でんわは、そこで終おわった。

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