次の日の朝、十時をすこし過ぎてから、ぼくは、日本人の写真家がメッセージのなかで指定していた番号のところに、電話をかけた。
日系の三世だと断言していい中年の女性が、電話に出た。
「お店に、佐々木という人が来ているはずですけれど、呼んでいただけますか」
と、ぼくは言った。
「ちょと待ってください」
独特の英語で彼女は言い、受話器をなにかの台の上に置きながら、
「マック、電話よ」
と、すこし離れたところにいる相手に、呼びかけた。彼女が受話器を置くときの彼女の腕の動きや、彼女からマックまでの距離などが、受話器から伝わってくる音だけで、はっきりとわかった。
男性の声が返事をするのが、かすかに聞こえた。やがて足音が受話器にむけて接近し、人の手が受話器を持ちあげるのが、気配でわかった。
「マックです」
と、その男性は言った。
バーソロミューも、彼のことをマックと呼んでいた。なぜマックなのだろうかとぼんやり思いながら、ぼくは自分の名を告げた。
「やあ、こんにちは」
と、彼は日本語にきりかえた。きさくな明るさが、彼にとって肯定的な力となっている声と抑揚で、マックは、
「待ってました。いま、どこですか」
と、つけ加えた。
ぼくは、いま自分がいる場所を彼に伝えた。
「ちょっと遠いですね」
マックが言った。
「もう昼食ですか」
と、ぼくはきいた。
「いやいや、これは朝めしです」
マックがこたえた。
いま彼がいる店を、ぼくはよく知っている。南ベレタニア・ストリートにある、宮島という屋号の食堂だ。
「そうすると、お昼は、何時頃に食べるのですか」
ぼくの質問に、マックは笑った。
「一時頃かな」
「では、その時間に、ぼくはそこへいきますよ」
「ここへ」
「ええ」
「知っていますか、ここを」
「よく知ってます」
「では、ここでいっしょに、お昼を食べましょう」
小さな約束をひとつつくって、ぼくたちは電話を終わった。