← Library‹ 時差のないふたつの島 26

彼かれの名なは、佐々木ささき誠まことというのだった。誠まことを英語えいごふうに省略しょうりゃくして言ゆうと、マックがもっとも簡単かんたんだ。だから彼かれは、マックなのだ。

ぼくが約束やくそくの時間じかんにその店みせへいくと、彼かれはすでに来きていた。一方いっぽうの壁かべぎわの、ブースになったテーブル席せきで、トマト・サラダを食たべながら、彼かれはビールを飲のんでいた。

テーブルをはさんでさしむかいにすわったぼくに、彼かれは、トマト・サラダを指ゆびさしてみせた。

「ここのトマト・サラダは、いけますよ。ぼくが知しっている限かぎりでは、トマト・サラダはここが一番いちばんです」

彼かれが指ゆびさすトマト・サラダは、おいしそうに見みえた。

奥おくの調理ちょうり場じょうにつながるドアのところに立たち、調理ちょうり場じょうのなかにいる人ひとと話はなしをしていた日系にっけいの女性じょせいを、彼かれは呼よんだ。ふりかえった彼女かのじょに、トマト・サラダとビールを二に本ほん、彼かれは注文ちゅうもんした。二に年ねんまえに、ぼくはこの店みせによく来きていた。そのときすでに、彼女かのじょは、ここのウェイトレスのひとりとして、働はたらいていた。

「バーソロミューから聞ききましたよ。この島しまで小説しょうせつを書かいているのですって?」

マックが、ぼくにきいた。

「これから書かくんです。ようやく、アイディアが出来できたとこです」

「どんな話はなしですか」

彼かれの質問しつもんに、ぼくは微笑びしょうした。

「この島しまで、写真しゃしんを撮とっているのですって?」

ぼくが、きいた。

「そうですよ」

「どんな写真しゃしんですか」

ぼくの質問しつもんにうなずいた彼かれは、ベンチ・シートのかたわらに置おいてあった茶色ちゃいろの大おおきな封筒ふうとうを、取とりあげた。ふたつのクラスプを開ひらき、なかからカラー・ポジティヴのファイルを出だした。ペーパー・マウントしたカラー・ポジティヴが、ファイル一いち枚まいごとに二十にじゅう点てんずつ、おさめてあった。透明とうめいなプラスティックのファイルを、彼かれはぼくに差さし出だした。

「たとえば、こういう写真しゃしんを撮とっています」

ファイルを受うけとったぼくは、そのうちの一いち枚まいを、店みせの外そとの明あかるい陽ひざしにかざした。ひとつひとつのポケットにおさめてあるカラー・ポジティヴを、ぼくは見みた。

店みせの奥おくに背せをむけているぼくは、店みせの入口いりぐちを正面しょうめんに見みる位置いちにすわっていた。入口いりぐちにドアはなく、ほんのりと暗くらい店内てんないから見みると、外そとは晴天せいてんの日ひの午後ごご一いち時じの、強つよい明あかるさだった。

カラー・ポジティヴは、七十ななじゅう点てんあった。そのすべてが、波乗なみのりを主題しゅだいにした写真しゃしんだった。波乗なみのりは、写真しゃしんの被写ひしゃ体たいとして、きわめて適てきしている。そのことを充分じゅうぶんに心得こころえたうえで、彼かれは、海うみとサーファーの美うつくしい動うごきを、深ふかみのある統一とういつ感かんをたたえた画面がめんのなかに、個性こせい豊ゆたかにとらえていた。どのショットも完成かんせい度どは高たかく、静しずかな緊張きんちょう感かんが、ひとこまごとに張はりつめていた。

七十ななじゅう点てんのカラー・ポジティヴを見み終おわって、それをぼくは彼かれにかえした。

「いいですね。たいへん気きにいりました」

「ありがとう」

片手かたてでビールを飲のみながら、もう一方いっぽうの手てで彼かれはファイルを受うけとり、シートの上うえに置おいた。

「バーソロミューの話はなしによると、古ふるき佳き時代じだいのこの島しまの面影おもかげを、まるで落穂おちぼひろいみたいに捜さがしては撮影さつえいしているということでしたよ」

ぼくが言いった。彼かれは、うなずいた。

「そういう写真しゃしんも、撮とります。これから、ゆっくり、昼食ちゅうしょくにしましょう。そして、昼食ちゅうしょくが終おわったら、ふたりですこしダウン・タウンを歩あるいてみませんか」

「いいですよ」

「この島しまを、いつ頃ごろから知しっているのですか」

トマトをほおばりながら、彼かれはぼくにきいた。

「いちばん最初さいしょにぼくがこの島しまに来きたのは、一いち九きゅう五ご四よん年ねんです」

ぼくの言葉ことばに、彼かれは目めを閉とじた。口くちのなかのトマトを噛かむのをやめ、じっとなにかを考かんがえた。やがて目めを開ひらき、静しずかにトマトを飲のみ下くだした。

「ぼくは、人ひとの体験たいけんや能力のうりょくを、うらやましく思おもったりすることがほとんどないのだけど、一いち九きゅう五ご四よん年ねんからこの島しまを知しっているということに関かんしては、明あきらかに嫉妬しっとに似にた気持きもちを自覚じかくするよ」

と、彼かれは言いった。

ウェイトレスがトマト・サラダとビールとを、ぼくたちのテーブルに持もってきた。奥おくの壁かべにかけてある黒板こくばんに、今日きょうのメニューが白しろいチョークでいっぱいに書かいてあった。そのなかから選えらんで、ぼくたちは昼食ちゅうしょくを注文ちゅうもんした。

注文ちゅうもんをとるための小ちいさなパッドに、左手ひだりてに持もったボールポイントで書かきこみながら、彼女かのじょはぼくを見みた。

「よく見みた顔かおかしら」

と、彼女かのじょは言いった。

「二に年ねんまえに、ぼくはこの店みせによく来きていました」

と、ぼくは答こたえた。

「思おもい出だしたわ。あのときは謎なぞを追おってたのよね」

「そうです」

「あの謎なぞは、どうなったの?」

「ほぼ追おいつめました」

「解決かいけつしたの?」

「解決かいけつではないですね。でも、その謎なぞをめぐってひとつのストーリーを書かくために必要ひつような、細こまかなバックグラウンドは、充分じゅうぶんに手てに入いれました」

「よかったわ。ストーリーは、もう書かいたの?」

「まだです。もうじき、書かきます」

「英語えいごで?」

「ひょっとしたら」

「出来できたら、読よませて」

そのひと言こととともに、彼女かのじょは、突然とつぜん、にこっと微笑びしょうした。強つよいまっすぐな性格せいかくがそのまま出でている、はっきりとした顔立かおだちのなかに、その微笑びしょうは、人ひとの良よい屈託くったくのなさをも、すくなくとも微笑びしょうが続つづいているあいだは、見みせてくれた。

彼女かのじょが調理ちょうり場じょうへ入はいってから、佐々木ささきは、

「謎なぞとは、なんですか」

と、きいた。

「アロハ・シャツの謎なぞです」

「ふむ」

「アロハ・シャツというもの、そしてアロハ・シャツという名称めいしょうが、いつ、どんなふうにして生うまれてきたのか、その謎なぞをぼくは二に年ねんまえに追究ついきゅうしていたのです」

「解決かいけつしたのですか」

「はっきりつきとめることは出来できないのですけれど、ストーリーを書かくための材料ざいりょうとしては、充分じゅうぶんに追おいつめました」

「いまは、そのストーリーを書かいているのですか」

「いまは、別べつの話はなしです」

「なんの話はなしですか」

「美人びじんの話はなしです」

「ふむ」

「ふたりの美人びじんです」

「ふむ」

「双子ふたごなのです」

「姉妹しまいですね」

「そうです」

「そのふたりだけの話はなしですか」

「男性だんせいがひとり、関係かんけいします」

「三角さんかく関係かんけいになるわけだ」

「そうですね」

「トライアングルだ」

彼かれがいま使つかった、トライアングルという言葉ことばをきっかけにして、ぼくは、アアラ・トライアングル・パークのことを思おもい出だした。アアラ三角さんかく小しょう公園こうえんだ。

この小ちいさな公園こうえんは、いまぼくたちがいる宮島みやじまという食堂しょくどうからベレタニア・ストリートをへだてたむかい側がわにある。北きたベレタニア・ストリートと北きたキング・ストリートとが合流ごうりゅうする地点ちてんが、その小ちいさな三角さんかく形けいの頂点ちょうてんであり、底辺ていへんはヌアヌ川かわだ。

この公園こうえんは、いまでは、いかにも公園こうえんのように造つくりましたという印象いんしょうの強つよい、したがってつまらない場所ばしょになっているが、そうなる以前いぜんは、モンキー・ポッドの樹きに縁ふちどりされた、芝生しばふの生はえたただの空あき地ちのようなところだった。木製もくせいのがっしりとしたベンチが、まるで置おき忘わすれたかのように、いくつか置おいてあった。一いち九きゅう五ご四よん年ねん、夏なつの日ひの夕方ゆうがたの、そのベンチのすわり心地ごこちを、ぼくは久ひさしぶりに思おもい出だした。

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