パトリシア・リヴィングストンがこの島に戻ってくる日には、ぼくは空港で彼女を迎えることは出来なかった。写真家の佐々木といっしょに、ぼくはほかの島にいた。バーソロミューとハンナが、ふたりでパトリシアを空港で迎えた。この頃には、佐々木、ハンナ、バーソロミュー、そしてぼくは、すべて友人どうしとなっていた。
夕方の飛行機で帰ってきたぼくは、空港で佐々木と別れ、そこからまっすぐにハンナの家へむかった。住む場所をまだみつけていないパトリシアは、ハンナのところにいったん落ち着くことになっていた。
ハンナは、家にいた。ぼくを居間まで連れていき、すぐにパトリシアを呼んでくると言って姿を消した。ひとりがけのソファにすわって、ぼくは待った。
やがて、素足の足音が、居間の外の廊下に、かすかに聞こえた。足音は居間に接近し、パトリシアは顔だけ居間のなかに入れてぼくを見た。もうすこしで美人と言っていい顔立ちの、おっとりした表情の女性だった。背丈は六フィートを軽くこえているだろう。鼻柱を中心にそばかすが散っていた。やや古風な髪のつくりは、それを見る人に懐かしい気持ちを起こさせた。
ぼくの微笑に顎をあげて微笑した彼女は、
「ハンナが言っていたストーリー・ライターね」
と、言った。ほどよく深みのある声で、学校の先生のように彼女は喋った。
ぼくは、ソファを立った。彼女は、居間に入ってきた。明らかに借りものとわかる、奇妙に丈の短いサンドレスを、彼女は着ていた。サンドレスの裾から居間のフロアにむけて、まっすぐな長い脚が、きれいにのびていた。
彼女は、両手に一足ずつ、靴を持っていた。ヒールの低い、はきやすそうな、しかし平凡な靴だった。一足は鮮やかなグリーン、そしてもう一足は、オレンジ色だった。居間の中央まで入ってきて、パトリシアは敷物の上にあぐらをかいてすわった。
「あなたがこの島で書こうとしているストーリーについて、ハンナから聞いたわ」
「きっと面白い話になると、ぼくは思うのです」
と、ぼくは言った。
パトリシアは、まっすぐにぼくの目を見た。純粋な熱意を満々とたたえて一直線にぼくの瞳を見る彼女の視線は、旧大陸を捨てて新大陸に渡ってきた開拓者のそれだった。
「そうね。きっと、面白い話になると、私も思うわ」
「ぼくは、最近は、東京に住んでいるのです」
「ええ」
「ひとつのラヴ・ストーリーを書くように、東京でぼくはぼくのエディターから依頼を受けたのです」
「はい」
「そのストーリーを書くために、ぼくはこの島に来たのです。ストーリーはこの島を舞台にすることになっていますので、この島でストーリーを捜そうと、ぼくは思ったのです」
「ハンナから聞いたわ」
「基本的なアイディアは、みつかったのです。そのアイディアをどんなふうにふくらませていくかについても、ハンナと話をして、まとめてあるのです」
「そのアイディアをもとにして、ひとつのストーリーをつくろうとしているのね」
「そうです」
居間の入口に、ハンナが姿を見せた。
「ここにいたの。捜してたのよ」
と、ハンナはパトリシアに言った。
パトリシアのかたわらに、ハンナは、正座してすわった。その姿をしげしげと見て、パトリシアは言った。
「京都で過ごした一年間に、そのようなすわりかたを、私は何度も見たわ。そして、私自身も、出来るようになったのよ」
長い脚をきゅうくつそうに折りたたみ、パトリシアは正座した。きれいに膝をそろえ、腰の位置を決め、背をまっすぐにのばし、顎を引いた。彼女自身がその姿勢で快適であるかどうかは別として、パトリシアの正座は、すくなくとも見た目には、完璧だった。