ぼくのフォード・グラナーダをぼくが運転し、隣りの助手席には、バーソロミューがすわっていた。すぐうしろから、ハンナのクライスラーがついてきていた。ハンナが運転席にいて、隣りにはパトリシアがいた。そのクライスラーのさらにうしろから来るのは、佐々木誠の、四輪駆動のワゴンだ。このワゴンには、佐々木だけが乗っていた。
ハレイワからワイアルーアにむかう田舎道を、この三台の自動車は、走っていた。よく晴れた日の午後が夕方へと変化していく、長い西陽の時間の、はじまりの頃だ。
「前方で道路が盛り上がっているだろう。あそこ」
と、バーソロミューは、片手をあげて示した。ごく短い登り坂のようなスロープが、前方にあった。
「あれをむこうへ越えてすぐに、店があるはずなんだ。いまでもまだ、営業はしてるだろう。店のまえで停めてくれ」
道路が盛りあがっている部分は、短い橋だった。その橋は、水路のように見えるけれども天然の、幅のせまい小川にかかっていた。
スロープをむこうへ下りると、道路の右側に、ジェネラル・ストアが一軒あった。建設されたのは、一九三〇年代だろう。板張りの平屋建てで、例によって正面にはフォルス・フロントがあった。
すっかり古くなったその建物は、土ぼこりを存分にかぶって、静かにさびれていた。大きく開いてドアのないストア・フロントに人の姿はなく、店のなかにはなにも商品は置いてないように見えた。徐行しつつ店のまえをとおり過ぎていくと、陳列ケースがいくつか、捨ててしまったもののように、店のなかにならんでいた。
店のまえをとおり過ぎ、自動車三台分のスペースをとって、僕はグラナーダを停めた。
「ちょっと外に出てみよう」
と、バーソロミューは言った。ぼくは、グラナーダのエンジンを停止させた。ドアを開き、外に出た。
ぼくとバーソロミューは、店にむかって歩いた。店の手前で立ちどまった彼は、建物の側面の壁を示した。板壁には、それぞれ時間を置いて、何層にもペイントが塗ってあり、どの層のペイントも、ささくれ立っていた。その板壁のところどころに、長方形や円形に、ペイントがほかの部分ほどには傷んでいない個所がいくつかあった。雨と風と陽ざしとによって、存分にささくれ立ったほかの部分に比べると、傷んでいない個所は奇妙に裸の感じがあった。
「年代物の古い広告看板が、とりつけてあったのさ。一九四〇年代のコカコーラの宣伝用の看板さ。おなじようなものを、見たことがあるだろう。クラシックな雰囲気で美しく美人が描いてあったりするやつさ。この店の、この壁にも、そんな看板がいくつかとりつけてあり、この店の壁の一部分としてずっと昔からそこにあり続けたのだけど、いまはもう、ないんだ」
バーソロミューの話を聞いていて、ぼくは、その話がどんなふうに進展していくのかについて、あるひとつの予感のようなものを持つことが出来た。あまりうれしい予感ではなかった。
パトリシアとハンナ、そして佐々木が、ぼくたちのかたわらに立った。彼らも、店の板壁をながめた。
「ある日、ぴかぴかのBMWがこの店のまえに停まってね。ドアが開いて、東洋系のまだ若い男性がひとり、外に出てきたんだ。その男性は、店の外の壁を素早く点検し、そのあと、店のなかに入ってきた。品物はなにも買わず、店の主人とも口をきかず、店の壁にかけてある古い広告プレートや店の道具を、こまかく点検しはじめたのさ。そして、それが終わると、その男性は、店の主人に、コカコーラのロゴの入った看板や道具類を、すべて買いたいのだと、日本語で言ったんだ。外の壁にかかっていた看板一枚に対して、五百ドル払ってもいいと、その男性は言うんだ。店の主人はびっくりしてしまってね。その日は、話だけ聞いて、あくる日、また来てもらったんだ。そのときはすでに話が広まっていて、新聞社から記者が来ていたし、TV局からもカメラ・クルーを連れてリポーターが来ていた。彼らの取材を受けながら、その日本人男性は、この店にあったコカコーラに関係した品物すべてを、合計七千ドルで、買い取っていったんだ。TVのニュースで報道されたのを、ぼくは観たよ。店が丸裸にされてしまったように、ぼくは感じたね」
バーソロミューは、店の入口にむかって歩いた。ぼくをふりかえり、
「そのときのことを、店の主人に聞いてみるかい」
と、彼は言った。
ぼくたちは、店のなかに入った。店には、誰もいなかった。店の建物は、道路のわきの崖のような部分の上に建っていて、店の奥のドアから崖の下へ、階段がつくってあった。崖の下は平らな土地で、民家が何軒かあった。
「店の主人は、下の家に住んでいるんだ。いまに、ここへ上がってくるよ」
と、バーソロミューは言った。そしてぼくとパトリシアとを交互に見て、
「こういう店のことが、ストーリーになるかい」
と、彼は言った。