← Library‹ 時差のないふたつの島 29

ぼくのフォード・グラナーダを、いまはバーソロミューが運転うんてんしていた。彼かれは、田舎道いなかみちに面めんした一いち軒けんの小ちいさな木造もくぞうの家いえのまえで、グラナーダを停とめた。

エンジンを停止ていしさせた彼かれは、外そとにあるその家いえを示しめしながら、

「近ちかくをとおりかかると、ここへまわって車くるまを停とめ、この家いえを見みながら、しばらく考かんがえごとをするのが、ぼくは好すきなんだ」

と、彼かれは言いった。

その家いえは、この島しまの田舎いなかならどこにでもあるような、平凡へいぼんな造つくりの家いえだった。道路どうろからすこしだけ下さがったところに建たっていて、平屋ひらや建だてだ。床ゆかは高たかく、ポーチにむけて幅はばの広ひろい階段かいだんがつくってあった。部屋へやの数かずは、キチンを入いれてもせいぜい四よんつだろう。床下ゆかしたにはがらくたが押おしこんであり、庭にわにはマンゴーの樹きが何なん本ほんもあった。庭にわの奥おくには、コンクリートで作つくってピンクに色いろを塗ぬったフラミンゴが三み羽わ、あった。そのうちの一ひと羽わは、横倒よこだおしになっていた。

ポーチを上あがったところにある正面しょうめんのドア枠わくの上うえに、白しろい小ちいさなプレートがとりつけてあった。そのプレートには、オリーヴ色いろの大だい文字もじで、マーサ・J・カウアカプウ・メモリアル、と書かいてあった。

「この家いえのことに関かんしては、パトリシアもよく知しっている。マーサは、この家いえに住すんでいたごく普通ふつうの主婦しゅふだった。亭主ていしゅがろくでもない男おとこでね。主ぬしとして自分じぶんのフラストレーションのはけ口ぐちとして、なにかと言いえば、マーサを殴なぐったんだ。朝あさ起おきれば彼女かのじょを殴なぐる、酒さけを飲のめば彼女かのじょを蹴ける、午後ごごにふらっと帰かえってきてまた彼女かのじょを殴なぐる。近所きんじょの人ひとたちの通報つうほうで、何なん度ども警察けいさつが来きたりしていたのだけど、その男おとこは一いち度ども逮捕たいほされたりせずに、妻つまを殴なぐり続つづけたんだ。マーサは、どこかへ逃にげるように人ひとから説得せっとくされていたけれど、私わたくしにはここしか自分じぶんの場所ばしょはないと言いって、ここにとどまっていた。そして、ある日ひ、夫おっとに殴なぐり殺ころされてしまった。妻つまにとって、夫おっとから殴なぐられるほど悲かなしいことはないんだ。その悲かなしみの記念きねんとして、この家いえは、メモリアルになっている。配偶はいぐう者しゃ虐待ぎゃくたいに抵抗ていこうする団体だんたいがいまではこの島しまにも出来できていて、その抵抗ていこう運動うんどうをおこなっている人ひとたちが、このメモリアルを管理かんりしている」

ぼくは、うしろを見みた。グラナーダのうしろには、ハンナのクライスラーが停とまっていた。ハンナとパトリシアが、車くるまの外そとに出でていた。パトリシアの説明せつめいを、ハンナが聞きいていた。かたわらで、佐々木ささきも、説明せつめいを聞きいていた。

「たまにぼくはここに車くるまを停とめ、マーサの悲かなしみに思おもいをはせるよ」

バーソロミューが、言いった。

「こういうのは、ストーリーになるかい」

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