← Library‹ 波乗りの島 ベイル・アウト 4

ラハイナの町まちは夕陽ゆうひの時間じかんだった。ラナイ島しまの向むこうに沈しずむ太陽たいようの光ひかりが、低ひくい位置いちから海面かいめんとほぼ平行へいこうに、町まちに当あたる。波長はちょうの長ながい赤あかい光ひかりだけが、町まちに届とどく。町まちはまず黄金色こがねいろに染そまる。そして時間じかんとともに、赤あかい色いろの深ふかみを増ましていく。

フロント・ストリートには新あたらしい建物たてものが増ふえた。かつてのひなびた木造もくぞうの町まちなみに調和ちょうわするようにデザインされた建物たてものだが、観光かんこう客きゃく相手あいての新あたらしさは、覆おおいかくすことが出来できない。しかし、夕陽ゆうひの時間じかんの、赤あか見みをおびた黄金色こがねいろの陽ひを正面しょうめんから浴あびると、古ふるい建物たてものも新あたらしい建物たてものもみな一様いちように、ラハイナの町まちが持もつ長ながい歴史れきしの彼方かなたに沈しずんでいくようだ。人ひとどおりの少すくなくなったフロント・ストリートに、かつてはハワイの首都しゅととしてにぎわった港みなとの面影おもかげは、やはりない。

ヨット・ハーバーに面めんして、パイオニア・インというホテルがある。古ふるいハワイをしのばせる、白しろいバルコニーを張はりめぐらせた二に階かい建だてのホテルだ。オリジナルな部分ぶぶんは、一いち九きゅう〇れい一いち年ねんに建たてられた。部屋へやに入はいると捕鯨ほげい船せん時代じだいの残のこり香ががまだあり、懐なつかしい南みなみ太平たいへい洋よう物語ものがたりのなかへ、時間じかんを飛とびこえて身みを置おいた気分きぶんになる。

パイオニア・インのバー・ルームのテーブルで、僕ぼくはダフネと向むきあっていた。この町まちの人ひとたちの正業せいぎょうは昼寝ひるねだと、昔むかしから冗談じょうだんに言いわれているラハイナの一日ついたちの時間じかんのなかでも、もっともけだるくて静しずかな時間じかんだ。観光かんこう客きゃくたちのための夜よるの時間じかんは、まだ始はじまっていない。ダフネの手てもとには、ホワイト・ラムのソーダ割わりが置おいてあった。半分はんぶんほど飲のんであった。

彼女かのじょが持もって来きたアランの波乗なみのりのフィルムを、ファーマー・ジョーの家いえでみんなで見みた。誰だれもが強つよい感銘かんめいを受うけた。ダフネが持もっている映像えいぞうによる表現ひょうげん力りょくを、全員ぜんいんが讃たたえた。と同時どうじに、アランというサーファーと海うみとの対峙たいじのしかたに、心こころのもっとも深ふかい部分ぶぶんで誰だれもが共感きょうかんを覚おぼえた。

ホワイト・ラムのソーダ割わりのグラスに、ダフネは指先ゆびさきを触ふれた。

「ビル・ハミルトンが撮影さつえいした8ミリを、ぜひ見みたいわ」

彼女かのじょは言いった。

「僕ぼくは、あの無人むじんの環礁かんしょうのサーフそのものを、見みたい」

「それは、もちろんよ」

アランを探さがしている人ひとにハワイで会あうとは思おもってもみなかったので、ハミルトンは自分じぶんで撮影さつえいしたサーフの8ミリは持もって来きていなかった。パペーテの自宅じたくに置おいてあるという。

フィルムを見みなくても、そのサーフがどのようなサーフだか、充分じゅうぶんに想像そうぞうがつく。あのアランをとりこにしたサーフだ。絶海ぜっかいの孤島ことうにひとりで住すむことを、アランに決意けついさせたサーフだ。妖あやしいまでの魅力みりょくをはらんだサーフであることに、間違まちがいはない。

「バリー」

ダフネは顔かおをあげた。まっすぐに僕ぼくを見みて、

「ラリー・デイヴィスを雇やとうことは、出来できるかしら」

と言いった。

「雇やとう?」

「ええ。私わたくしが」

「なんのために」

「映画えいがを作つくるの。四十よんじゅう五ご分ふんくらいの。アランとあの完璧かんぺきなサーフがある無人むじんの孤島ことうについての映画えいが」

「ラリーはいま忙いそがしいからなあ」

「わかっているわ、でも」

「ラリーに直接ちょくせつ、訊きいてみればいい」

胸むねの高鳴たかなりを出来できるだけクールに抑おさえながら、僕ぼくは平凡へいぼんな返事へんじをした。ダフネのクールさにくらべると、努力どりょくしたあげくの僕ぼくのクールさは野暮やぼに近ちかい。

「あの島しまへ、私わたくしとラリーがいくのよ。天候てんこうにもよるけれど、五いつ日かもあれば充分じゅうぶんだわ。朝あさ、夜よる、昼間ひるま、あの島しまでのさまざまな時間じかんの、いろんな表情ひょうじょうをフィルムに収おさめ、サーフもあらゆる角度かくどから撮とって来くるの。そして、ラリー・デイヴィスに、あのサーフに思おもう存分ぞんぶんに乗のってもらって、それもフィルムに撮影さつえいするわ。いま私わたくしが持もっているアランの波乗なみのりのフィルムをつなぎ、雨あめのパペーテも撮とって。いまは雨あめのシーズンだから、ちょうどいい」

ダフネがなにを考かんがえているのか、僕ぼくにはよくわかる。ダフネが撮とりあげて完成かんせいさせた四十よんじゅう五ご分ぶんの美うつくしい映画えいがが、目めに見みえるようだ。

「私わたくしが自分じぶんでナレーションを入いれて、ラリーには出来できるだけシルエットや遠景えんけいで出でてもらう。私わたくしのナレーションをスクリーンの上うえで具体ぐたい的てきに演えんじる役やくを、彼かれに引ひき受うけてもらうの」

「素晴すばらしい」

「どうかしら」

「ラリーなら出来できる。適役てきやくだ」

「南みなみ太平たいへい洋ように消きえたひとりのサーファーと、無人むじんの環礁かんしょうの物語ものがたり」

窓まどの外そとの赤あかい黄金色こがねいろの陽ひざしを僕ぼくは見みつめた。観光かんこうで来きたアメリカ人にんの中年ちゅうねん女性じょせいたちが数すう人にん、額がくにかざした手てで陽ひざしをさえぎりながら、窓まどの外そとを歩あるいていった。

「ダフネ」

と、僕ぼくは言いった。

「きみは、その映画えいがを作つくるべきだ」

「最高さいこうの激励げきれいだわ。ありがとう」

僕ぼくが考かんがえていたとおり、話はなしはすべて簡単かんたんにきまった。計画けいかくをダフネから訊きかされたラリー・デイヴィスは、途中とちゅうまで聞きいてから、

「その役やくは絶対ぜったいに俺おれがやる」

と、言いったそうだ。

さらに、映画えいがを作つくるために必要ひつような資金しきんまで、ラリーのオフィスが出だすことになった。映画えいがが完成かんせいしてからの版権はんけんや上映じょうえいによる収益しゅうえきを担保たんぽに、たてかえのかたちでオフィスがダフネに貸かし出だす。資金しきんとはいっても、たいした額がくではない。

無人むじんの環礁かんしょうまでの案内あんない役やくおよびチャーターする船ふねの船長せんちょうは、ビル・ハミルトンにきまった。ホクレア号ごうの航海こうかいに関係かんけいしているのはピアイラグだけだ。つきそって来きたハミルトンは、都合つごうによってはいつでもタヒチに帰かえることが出来できる。

人ひとはこれで揃そろった。そして幸さいわいなことに、ピアイラグの持もち船ぶねである貨物かもつ船せんが、いま空あいているという。その船ふねのチャーターを、ピアイラグは快諾かいだくしてくれた。

クールな熱意ねついを深ふかい部分ぶぶんで静しずかに燃もやしているダフネにくらべると、ラリー・デイヴィスは、タヒチ行いきをきめて子供こどものようなはしゃぎぶりだった。チャンピオン・サーファーも、いまや気楽きらくで身軽みがるなサーフ・バムではなく、多忙たぼうなビジネス・マンになりつつある。うれしさはよくわかる。それに行いく先さきには、あのアランの心こころをつかまえてついに離はなさなかった、完璧かんぺきなサーフがある。

たいへんなスピードで計画けいかくが組くみあげられ、準備じゅんびが整ととのえられた。ラリーとダフネがホノルルに帰かえって来くる日ひは、ハワイでもっとも伝統でんとうのある波乗なみのりコンテストの一いち週間しゅうかん前まえときまった。

空港くうこうまで送おくりにいった日ひも、ラリーは上じょう機嫌きげんだった。

「なあ、おい、バリー。ジェニファーがこの話はなしを聞きいたら、大変たいへんだ」

「西にし海岸かいがんへ電話でんわして、すぐにタヒチへ向むかうように言いおうか」

「よせ、よせ!」

冗談じょうだんを真しんに受うけて、ラリーは手てを振ふった。

ジェニファーは、自分じぶんの16ミリ映画えいが『第だい57番ばんサーフ最後さいごの日々ひび』のプリントを持もち、西にし海岸かいがんへプロモーションの仕事しごとに出でている。

「きみにはフィルムを送おくるよ、バリー」

「なんのフィルムだい」

「ビルが撮とったサーフの8ミリ。パペーテで俺おれがまず見みたら、すぐに航空こうくう便びんで送おくる」

「楽たのしみに待まっていよう」

そんなふうにしか、返事へんじのしようがなかった。いますぐにも処理しょりしなければならない仕事しごとをすべてほうり出だしてラリーがタヒチへいっているあいだ、そのたくさんの仕事しごとを主ぬしとして出来できるだけ先さきに延のばす役目やくめを、僕ぼくはひとりで引ひき受うけなくてはならなかった。

空港くうこうにはレイモンド・カアイラウも来きていた。タヒチに着ついたら自分じぶんの親類しんるいをぜひ訪たずねてほしい、とカアイラウはラリーに言いっていた。

「親類しんるいの人ひとたちに伝つたえてほしいんだ。あとふた月がつもしたら、僕ぼくは大昔おおむかしの人ひとたちとおなじように、双胴そうどうのカヌーで海うみを渡わたっていくから、と」

「伝つたえよう」

ダフネとラリー、それにビル・ハミルトンを見送みおくったあと、僕ぼくはカアイラウ、ファーマー・ジョー、そしてピアイラグの三さん人にんといっしょに、アロハ・エアラインの飛行ひこう機きでマウイ島とうに引ひき返かえした。遅おそい午後ごごの太陽たいようを受うけ、眼下がんかの海うみは銀色ぎんいろに輝かがやいていた。その海うみを飛行ひこう機きの窓まどから見みながら、カアイラウが僕ぼくに言いった。

「ホクレア号ごうにサーフボードを積つみこむ許可きょかが、今日こんにち、出でたんだ。一いち本ほんだけだが、サーフボードを持もっていけることになった」

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