地図でよく見ると、その島は変形された四角だ。四辺を構成する四つの海岸線が、それぞれ東西南北に向いている。北、西、および南では、日没の時間が長い。
大きく傾いた太陽が太平洋に向かって落ちていき、水平線に接し、地球の曲面の反対側へ深く落ちこんでいくまで、落日のオレンジ色の時間が続く。この時間のなかで風がいったん止まり、吹いて来る方向を変える。
オレンジ色の夕陽のなかを、僕は空港に向かって車を走らせた。僕が所属しているオフィスのボスであり、チャンピオン・サーファーでもあるラリー・デイヴィスを迎えにいく。
いま運転している車は、キャデラック・エルドラードという。ボディぜんたいがハワイアン・ゴールドに輝いている。ハワイ州知事のオフィスが貸してくれた。こんな車を運転するのは久しぶりだ。車の前部に重量がありすぎる。重い。ひどいアンダー・ステアで、町のなかのほんのちょっとしたカーヴでも、タイアが鳴く。
大きなエンジン・フードが、西陽を照り返してまぶしい。このフードの上に、戦闘用のヘリコプターを着陸させることの出来る古参の海兵隊員を、僕は知っている。
ラリー・デイヴィスが西海岸から帰って来る。このところボスも忙しい。まるで島と西海岸とのあいだのコミューターのようだ。帰って来るのがラリーだけならいいのだが、ハリウッドの連中がいっしょだと思うと、気は重い。ハリウッドの映画資本が、ようやく、波乗りをテーマに劇映画を撮る。にわかには信じがたい途方もない額の費用をかけたハリウッド大作だという。
ラリー・デイヴィスは、この映画に出演する本物のサーファーのひとりだ。出演するだけではなく、監督を直接に補佐するテクニカル・アドヴァイザーの役をも、彼は引き受けている。波乗りが単なる背景としてではなく、主人公たちの生活の舞台として前面に押し出されている映画なので、テクニカル・アドヴァイザーは責任重大だ。
波乗りのシーンに合成技術やトリックを使わせないよう気を配るばかりではなく、主演の男たちを短期間で立派なサーファーに仕立てあげ、波乗りのシークエンスを完璧なものにすると同時に、画面の細かなところまで出来るだけ「本物」が映るよう、注意しなくてはいけない。ほんとのサーファーたちの姿を画面に残したくて、ラリーはこの仕事を引き受けた。これまでのハリウッド製の波乗り映画は、ひどすぎた。
監督やカメラマン、主演の俳優たち、それにセカンド・ユニットまで、映画づくりのためのスタッフが、チャーター機でいっぺんに島へやって来る。この六十日ほど、彼らを迎え入れるための準備に、僕は走りまわった。いま乗っているキャデラック・エルドラードは、このハリウッド大作映画のテクニカル・アドヴァイザー専用に、知事のオフィスが貸し出してくれた。
そして今日、ラリーよりも二時間遅れて、ジェニファーがやはり西海岸からハワイに帰って来る。ジェニファーとは二か月ぶりで会う。空港には少し早く着きすぎた。待つこと三十分。チャーター機は時間どおりに到着した。
映画スタッフのおもだった連中には、ドライヴァーつきでそれぞれ車が用意されていた。そのほかの人たちは、特別じたての空港リムジーンだ。この映画のために設立されたホノルル・オフィスが、すべてを準備した。ラリー・デイヴィスはヘア・スタイルを変えていた。
「西海岸では、ひどいカツラを売ってるみたいだね」
と、僕は言った。
肩を抱き合い、チャンピオン・サーファーのホームカミングを確認した。
「映画の連中をつれて来たよ。さあ、これから大変だ。仕事が増えた」
「ひっかきまわされるんじゃないかって、みんな心配してる」
「戦おう。どうだい、調子は」
「ニシモト・カントリー・ストアが取り壊しになった」
「奴ら、次はなにを壊すつもりなんだ」
「マイケルが、おなじことを言ってた。彼は、『ニシモト・カントリー・ストア』という歌を作ったんだ」
「聴きたい」
州知事オフィスの黄金色燦然たるキャデラックに、ラリーは単純に喜んだ。
「俺にくれたのか」
と、彼は言った。
「まさか」
「どうもありがとうございました、大事に使いますって、丁重な礼状を出しとけ。もらったつもりで書けば、くれるよ」
ラリーがうしろの席に乗り、助手席には二十八歳くらいの女性が、乗りこんだ。名前はキャロリンといった。美人だ、と言えなくもない。着ている服に、きつい匂いの香りが、たきこんであった。
映画の撮影がスタートするまで、スタッフはワイキキに滞在する。次々に開かれるパーティを、そこでこなすのだ。そのあと、北海岸での撮影に便利な場所へ、移動する。そのための家やコンドミニアムが、すでに何軒も借りてある。
キャデラックが空港の構内を出てから、僕は車のオーディオ装置のスイッチを入れた。スピーカーから歌が流れた。マイケルのギターの弾き語りで、『ニシモト・カントリー・ストア』だ。帰って来るラリー・デイヴィスに聴かせたいと僕が言ったら、マイケルは自宅で歌ってカセットに録音してくれた。ラリーは黙って聴いていた。歌が終わると、「もう一度」と言った。二度目を聴き終え、ラリーは無口になった。
キャロリンをホテルで降ろした。パーティで会いましょう、と彼女はラリーに熱い視線を向けていた。今夜さっそく、第一回のパーティがある。この映画のためにワイキキに作られたラリーたちのオフィスに向かった。途中でラリーが言った。
「いまのキャロリンを、誰か引き受けてくれ。しつこくてかなわない」
「美人じゃないか」
「もとをただせば、俺がいけない」
「どんなへまをやったんだ」
「波乗りをしているときのサーファーはどんな喜びを感じるのかと訊くから、太平洋のエネルギーと性交する喜びだと答えた」
僕は笑った。
「そしたら、太平洋と性交する人と性交したい、と言い始めた」
キャロリンはロケーション・マネジャーのアシスタントのひとりだという。
オフィスに着くと、僕宛てに電話が入っていた。メモ用紙にマウイ島の電話番号が書いてあり、〈ディーンに電話してください〉とメッセージが走り書きされていた。ディーン・ワイアウも、ハリウッド大作に出演するハワイのサーファーのひとりだ。僕は電話をした。ディーンが電話に出た。今夜のパーティには出席出来ない、とディーンは言った。
「いいんだよ。ただのパーティだから」
「今夜だけではなく」
「いずれはこっちへ帰って来るんだろう?」
「わからない。映画よりも重要なことがある」
ディーンがいま身も心も捧げている対象があることを、僕は知っている。
「話し合おうか」
と、僕は言った。
「こっちへ来れるのかい」
ディーンのその言葉に、僕は急にディーンに会いたくなった。
「いくよ。アイランダーの最終便で」
「待ってる」
ディーンに会いにマウイ島へいくのは、今夜のパーティを途中で抜け出すための口実になる。あのキャロリンをラリーから押しつけられるにきまっている。