ニシモト・カントリー・ストアの跡地に、人々は正午から集合し始めた。僕もそのひとりだった。ミュージシャンたちが、たくさん来ていた。ハワイ音楽の長老や古参など、国宝級の人たちの顔も見えた。若いミュージシャンも大勢いた。
風のある、快晴の日だった。残酷なまでに空は青く、山の頂に白く雲がとまっていた。大合唱が始まった。マイケルが残してくれた、『ニシモト・カントリー・ストア』の歌だ。全員が歌い、ミュージシャンが思い思いにソロをとった。自分の持ち味とスタイルを生かし、何度も繰り返して歌った。
やがて人々は自動車に乗った。自動車の長い列がワイメアに向かった。白バイやパトロール・カーが先導し、上空には海軍と海兵隊、それに海難救助隊、沿岸警備隊のヘリコプターが、飛び交った。
ワイメアの湾に出た。湾の上空を飛んでいたヘリコプターは、隊列を作って湾の入口から沖へ向かった。そして海へ花束を投下した。沖にいる沿岸警備隊の白い巡視艇が、快晴の海に長く引っぱって霧笛を鳴らした。
海岸には鉄パイプと板で簡単なステージが作ってあった。ステージから波打ちぎわまで、二百本以上を超えるサーフボードが、砂のなかに立ててあった。さまざまな色のボードが、強い陽光にきらめいていた。
ステージのまわりにサーファーたちが待っていた。ハワイじゅうのサーファーの、ほぼ全員が来ているはずだ。波乗りの大会のために世界各国から来たサーファーもいる。人々は海岸へ降りた。ミュージシャンたちがステージにあがった。
ライヴァルどうしとして、いつもは絶対に顔を合わせないホノルル市長とハワイ州知事が、ステージの前にならんで立っていた。代表としてラリー・デイヴィスが、PAをとおして簡単な挨拶をおこなった。
「ワイメアに挑戦した親友。雷で天に召された親友。信じることに命を捧げた親友。忘れがたきアイランド・ボーイズのために、これから海に出て黙祷します」
ミュージシャンたちが歌い始めた。古いハワイの歌だ。歌が、そして演奏が、北海岸の風に乗って海に運ばれた。サーファーたちが海へ歩いた。砂に立てておいたサーフボードを抜き、わきにかかえて波打ちぎわまで歩き、海に浮かべて腹ばいになった。いっせいに沖へ向かった。僕も海へ出た。
今日は波がない。このところ、北海岸では波のない日が続いている。真夏とおなじだ。青い空の下にある一直線の水平線に向かい、サーファーたちが波間をパドリングで沖に出た。上空をヘリコプターがきれいな編隊で飛んだ。海の上のサーファーたちを追い越し、高度を下げ、太平洋に向かって頭を下げるような姿勢で、次々に花束を投げ下ろした。
ハワイで花を栽培しているすべての農園が提供してくれた花だ。赤、青、黄色。そして、白。鮮やかな花が風に吹かれ、陽に照り映え、空から海へ舞った。
陸から、『アロハ・オエ』の歌が、白い無数の波頭を渡って来た。