← Library‹ 波乗りの島 アロハ・オエ 7

ニシモト・カントリー・ストアの跡地あとちに、人々ひとびとは正午しょうごから集合しゅうごうし始はじめた。僕ぼくもそのひとりだった。ミュージシャンたちが、たくさん来きていた。ハワイ音楽おんがくの長老ちょうろうや古参こさんなど、国宝こくほう級きゅうの人ひとたちの顔かおも見みえた。若わかいミュージシャンも大勢おおぜいいた。

風かぜのある、快晴かいせいの日ひだった。残酷ざんこくなまでに空そらは青あおく、山やまの頂いただきに白しろく雲くもがとまっていた。大だい合唱がっしょうが始はじまった。マイケルが残のこしてくれた、『ニシモト・カントリー・ストア』の歌うただ。全員ぜんいんが歌うたい、ミュージシャンが思おもい思おもいにソロをとった。自分じぶんの持もち味あじとスタイルを生いかし、何なん度ども繰くり返かえして歌うたった。

やがて人々ひとびとは自動じどう車しゃに乗のった。自動じどう車しゃの長ながい列れつがワイメアに向むかった。白しろバイやパトロール・カーが先導せんどうし、上空じょうくうには海軍かいぐんと海兵かいへい隊たい、それに海難かいなん救助きゅうじょ隊たい、沿岸えんがん警備けいび隊たいのヘリコプターが、飛とび交かった。

ワイメアの湾わんに出でた。湾わんの上空じょうくうを飛とんでいたヘリコプターは、隊列たいれつを作つくって湾わんの入口いりぐちから沖おきへ向むかった。そして海うみへ花束はなたばを投下とうかした。沖おきにいる沿岸えんがん警備けいび隊たいの白しろい巡視じゅんし艇ていが、快晴かいせいの海うみに長ながく引ひっぱって霧笛むてきを鳴ならした。

海岸かいがんには鉄てつパイプと板いたで簡単かんたんなステージが作つくってあった。ステージから波打なみうちぎわまで、二百にひゃく本ほん以上いじょうを超こえるサーフボードが、砂すなのなかに立たててあった。さまざまな色いろのボードが、強つよい陽光ようこうにきらめいていた。

ステージのまわりにサーファーたちが待まっていた。ハワイじゅうのサーファーの、ほぼ全員ぜんいんが来きているはずだ。波乗なみのりの大会たいかいのために世界せかい各国かっこくから来きたサーファーもいる。人々ひとびとは海岸かいがんへ降おりた。ミュージシャンたちがステージにあがった。

ライヴァルどうしとして、いつもは絶対ぜったいに顔かおを合あわせないホノルル市長しちょうとハワイ州しゅう知事ちじが、ステージの前まえにならんで立たっていた。代表だいひょうとしてラリー・デイヴィスが、PAをとおして簡単かんたんな挨拶あいさつをおこなった。

「ワイメアに挑戦ちょうせんした親友しんゆう。雷かみなりで天てんに召めされた親友しんゆう。信しんじることに命いのちを捧ささげた親友しんゆう。忘わすれがたきアイランド・ボーイズのために、これから海うみに出でて黙祷もくとうします」

ミュージシャンたちが歌うたい始はじめた。古ふるいハワイの歌うただ。歌うたが、そして演奏えんそうが、北きた海岸かいがんの風かぜに乗のって海うみに運はこばれた。サーファーたちが海うみへ歩あるいた。砂すなに立たてておいたサーフボードを抜ぬき、わきにかかえて波打なみうちぎわまで歩あるき、海うみに浮うかべて腹はらばいになった。いっせいに沖おきへ向むかった。僕ぼくも海うみへ出でた。

今日きょうは波なみがない。このところ、北きた海岸かいがんでは波なみのない日ひが続つづいている。真夏まなつとおなじだ。青あおい空そらの下したにある一いち直線ちょくせんの水平すいへい線せんに向むかい、サーファーたちが波間なみまをパドリングで沖おきに出でた。上空じょうくうをヘリコプターがきれいな編隊へんたいで飛とんだ。海うみの上うえのサーファーたちを追おい越こし、高度こうどを下さげ、太平たいへい洋ように向むかって頭あたまを下さげるような姿勢しせいで、次々つぎつぎに花束はなたばを投なげ下おろした。

ハワイで花はなを栽培さいばいしているすべての農園のうえんが提供ていきょうしてくれた花はなだ。赤あか、青あお、黄色きいろ。そして、白しろ。鮮あざやかな花はなが風かぜに吹ふかれ、陽ように照てり映はえ、空そらから海うみへ舞まった。

陸りくから、『アロハ・オエ』の歌うたが、白しろい無数むすうの波頭なみがしらを渡わたって来きた。

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