← Library‹ 七月の水玉 彼女が謎だった夏 4

藤森ふじもり直子なおこは写真しゃしんのモデルとしてたいへんに優秀ゆうしゅうだった。彼かれが求もとめたポーズの再現さいげんを見事みごとにこなしただけではなく、自みずからも原田はらだにアイディアを提案ていあんした。レンズのためにごく軽かるく演技えんぎをすることも、彼女かのじょには自在じざいに出来できた。常つねに彼女かのじょ自身じしんであると同時どうじに、ほんの少すこしだけ演技えんぎの加くわわった彼女かのじょでもあるという二に面めん性せいは、写真しゃしんのなかに固定こていされた彼女かのじょにとって、謎なぞとしての奥行おくゆきに転換てんかんされた。

モデルとしての直子なおこの良よさは、要ようするに肉体にくたいの出来できばえである、という結論けつろんに原田はらだ裕介ゆうすけは到達とうたつした。肉体にくたいの出来できばえとは、それが置おかれている状況じょうきょうやポーズそして服装ふくそうなどが、写真しゃしんを見みる人ひとの気持きもちのなかに呼よび起おこす、意味いみあいの微妙びみょうさや深ふかさだった。写真しゃしんのなかの彼女かのじょがそのようにして謎なぞであり続つづけることによって、それを見みる人ひとが読よみ取とろうとする意味いみが、すぐにも解読かいどく出来できそうに見みえる謎なぞとして、一定いってい以上いじょうの距離きょりのところに維持いじされた。そして彼女かのじょの冷つめたく美うつくしい顔立かおだちは、謎なぞを常つねに補強ほきょうする機能きのうを果はたした。

喫茶きっさ店てんの定休ていきゅう日にちごとに撮影さつえいをおこなった。六、七ろくしち、八はち月がつの三さんか月げつ、一いち度ども休やすまずに撮影さつえいは続つづいた。撮とったフィルムは自宅じたくで彼かれがすぐに現像げんぞうし、すべてをおなじ大おおきさの印画いんが紙しにプリントした。そして次つぎの定休ていきゅう日ひに、客きゃくのいない喫茶きっさ店てんのテーブルで、直子なおことふたりで点検てんけんした。そのようにしてひと夏なつが経過けいかした。

一いち回かいの撮影さつえいごとに、五ご点てんは選えらび出だすことが出来できた。三さんか月げつ分ぶんだと、選えらばれたプリントの数かずは六十ろくじゅう枚まいを越こえた。このなかから原田はらだは四十よんじゅう枚まいを選えらんだ。彼女かのじょの喫茶きっさ店てんと自宅じたくの、内部ないぶや庭にわでの写真しゃしんがおよそ半分はんぶん、そして残のこりの半分はんぶんが外そとで撮とったものだった。その四十よんじゅう枚まいを一いち点てんずつ黒くろい台紙だいしに貼はった原田はらだは、九きゅう月がつ第だい一いち週しゅうの定休ていきゅう日ひの夕方ゆうがた、直子なおこの喫茶きっさ店てんへ持もっていった。自分じぶんできめた順番じゅんばんどおりに、彼かれはその四十よんじゅう点てんの写真しゃしんを彼女かのじょに見みせた。

ひととおり観察かんさつした直子なおこは、

「私わたくしはいやらしい女おんなに見みえるわ」

と言いった。

「ご自分じぶんではそう思おもうのですか」

「思おもうわよ」

「僕ぼくには謎なぞの女性じょせいに見みえます」

「どこが謎なぞなの?」

「ぜんたいです」

「謎なぞでもなんでもないのよ」

「この四十よんじゅう点てんでほぼきまりです。撮影さつえいはもう終おわりです。プリントを整理せいりし、さらによく考かんがえ、最後さいごにはやはり四十よんじゅう点てんを残のこして、それで完成かんせいです。台紙だいしに一いち枚まいずつ貼はって、一いち冊さつに製本せいほんします。卒業そつぎょう制作せいさくとして提出ていしゅつするつもりです」

「写真しゃしん家かになったら、あなたはこんなふうに、写真しゃしんを撮とり続つづけることになるの?」

「いろんなものを撮とるはずです」

「そうでしょうね。次々つぎつぎに撮とるのね」

「十じゅう五ご日にちから新聞しんぶん社しゃでアルバイトが始はじまります。卒業そつぎょうと同時どうじに入社にゅうしゃすることになるかもしれません」

「新聞しんぶん社しゃの写真しゃしん班はんの人ひとになるの?」

「面白おもしろい経験けいけんだと思おもいます」

「夏なつはあっけなく終おわったわね。もう九きゅう月がつなのよ」

「いい夏なつでした」

「私わたくしもよ」

「終おわってしまうと、寂さびしい気持きもちです」

彼かれのその言葉ことばに、直子なおこは四十よんじゅう点てんの写真しゃしんを示しめした。そして、

「これが終おわっただけなのよ」

と言いった。おなじ手てで西側にしがわの窓まどを示しめした。

「ほら、見みてごらんなさい。日ひが短みじかいのよ。この時間じかんでこんなに暮くれてるのよ」

直子なおこは椅子いすを立たった。その窓まどまで歩あるいていき、外そとを見みた。自分じぶんを見みている原田はらだの視線しせんを体からだでたぐり寄よせるかのように、直子なおこはテーブルまで戻もどって来きた。彼かれのすぐそばに彼女かのじょは立たった。彼女かのじょの腕うでが彼かれの肩かたに軽かるく触ふれた。台紙だいしに貼はったすべての写真しゃしん、そしてそれが入はいっていた事務じむ封筒ふうとうを、彼女かのじょは片手かたてに持もった。

「いらっしゃい」

と、低ひくい声こえで言いった。

椅子いすを立たった彼かれの手てを取とり、彼女かのじょは店みせのドアへ歩あるいた。彼かれとともに外そとへ出でて、ドアに鍵かぎをかけた。坂道さかみちを上あがり、店みせのすぐ裏うらの高台たかだいにある自宅じたくに、彼女かのじょは彼かれを招まねき入いれた。

カフェ・テーブルに写真しゃしんを置おいた直子なおこは、いちばん最初さいしょの写真しゃしんと最後さいごの写真しゃしんとを、ならべてみた。

「ここからスタートして」

最初さいしょの写真しゃしんを指ゆびさして彼女かのじょはそう言いい、

「ひと夏なつをふたりで通過つうかして、ここへ到達とうたつしたのね」

と、最後さいごの写真しゃしんを指ゆびさした。

最後さいごの写真しゃしんは最初さいしょの写真しゃしんとよく似にていた。この自宅じたくの寝室しんしつで、午後ごご遅おそく、最初さいしょの写真しゃしんとほぼおなじ時間じかんに撮とった。窓まどに向むいて立たっている直子なおこは上体じょうたいを左ひだりへねじり、スカートのウエストの左側ひだりがわにあるフックをはずし、そこからジパーをなかば降おろした位置いちに、両手りょうての指ゆびが止とまっていた。ふたりで相談そうだんしてきめたポーズだった。

「そしてここからまた、次つぎのことが始はじまるのよ」

直子なおこは原田はらだの手てをとり、テーブルを離はなれた。居間いまを横切よこぎり、テラスに面めんした窓まどおよびドアの前まえを歩あるき、寝室しんしつのドアを開ひらいてふたりでなかに入はいった。片手かたてに彼かれの手てをとったまま、彼女かのじょはドアを閉とじた。窓まどの前まえの、最後さいごのショットとおなじ位置いちに、直子なおこは立たった。

「よく見みてて。ここから始はじまるのよ」

上体じょうたいを軽かるく左ひだりへねじり、スカートの左ひだりのウエストに隠かくれているフックに両手りょうての指先ゆびさきをかけ、フックをはずした。その動うごきの延長えんちょうとしてジパーを完全かんぜんに降おろし、スカートのなかから半袖はんそでシャツの裾すそを引ひき出だし、下したからボタンをはずしていった。そしてシャツを脱ぬぎ、かたわらの椅子いすに落おとした。彼かれを振ふり返かえった直子なおこは、彼かれがこれまでに見みたもっとも美うつくしい動作どうさで、スカートを脱ぬいだ。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%