← Library‹ 少女時代 いなくなりたい 9

ホミの部屋へやの隣となりにクロゼットがあり、そのなかに彼女かのじょの服ふくのすべてがあった。赤あかちゃんの頃ころの服ふくから現在げんざいにいたるまで、ほとんどすべての服ふくやアクセサリー、そして持もち物ものなどが、丁寧ていねいに保管ほかんしてあった。ものを丁寧ていねいに取とっておくのは、母親ははおやの信条しんじょう的てきな方針ほうしんだった。それを彼女かのじょは娘むすめに教おしえた。

自分じぶんが五、六ごろく歳さいだった頃ころ、あるいは七なな、八はち歳さいだった頃ころの服ふくをクロゼットから出だして来きては、ベッドに置おいて眺ながめたり、手てにとってさまざまに観察かんさつするのが、ホミにとっては大おおきな楽たのしみのひとつだ。

幼稚ようち園えんの制服せいふくだったプリーツのあるスカートにジャケット、そして帽子ぼうしや靴くつ、靴下くつした、鞄かばんなどをクロゼットから出だして来きてベッドにならべると、すべては玩具がんぐのようだった。冗談じょうだんにしか見みえないほどに、あらゆるものが小ちいさく、そして可愛かわいかった。その小ちいささや可愛かわいさ、あるいは冗談じょうだんのようなたたずまいを、ホミは飽あきることなく感かんじ続つづけるのが好すきだ。

その服ふくを着きて幼稚ようち園えんに通かよっていた頃ころの自分じぶんが、途方とほうもなく遠とおい存在そんざいとして、きわめておぼろげに、たいそう淡あわく蘇よみがえるとき、ホミは現在げんざいという時間じかんから完全かんぜんに切きり離はなされて幸しあわせだった。

この小ちいさな玩具がんぐのような服ふくを、自分じぶんは本当ほんとうに着きたのだろうか。それは自分じぶんではなく、誰だれか別べつの幼おさない子供こどもだったのではないか。こんな小ちいさな服ふくを、いったいどうすれば着きることが出来できるのだろう。本当ほんとうに自分じぶんはかつてこの服ふくを着きたのだろうか。そのときの小ちいさな自分じぶんは、いったいどこへ消きえたのか。

いまのホミが思おもうことの出来できる、ありとあらゆる不思議ふしぎな思おもいが、彼女かのじょの頭あたまのなかで渦うずを巻まき始はじめる。その渦うずをさらに複雑ふくざつにさせ、加速かそくをつけるために、彼女かのじょは写真しゃしんアルバムを本棚ほんだなから出だして来くる。幼稚ようち園えんに通かよっていた頃ころの写真しゃしんが貼はってあるページを開ひらくと、何なんページにもわたって、小ちいさな制服せいふくを着きたかつての自分じぶんを撮とった写真しゃしんが何なん枚まいも貼はってあるのを、ホミは見みる。

見みているとやがて、自分じぶんが過去かこへ戻もどっていくのを、ホミは感かんじることが出来できる。自分じぶんが幼稚ようち園えんに通かよっていた頃ころという、まださほど遠とおくない過去かこがアルバムの写真しゃしんのなかにあり、ホミはそこへ戻もどっていく。と同時どうじに、過去かこはあくまでも遠とおいままに、過去かこであり続つづけてもいる。その過去かこからの遠とおいこちら側がわに、いまの自分じぶんはいるらしい。

過去かこから見みたいまの自分じぶんの遠とおさを、ホミは堪能たんのうする。昨日きのうでさえ、あるいはついさきほどですら、ホミにとっては常つねに遠とおすぎるほどに遠とおい。そしてその自分じぶんは、写真しゃしんのなかでいつまでも小ちいさなままでいる、どうやらかつての自分じぶんであるらしい女おんなのこから、ものすごい速度そくどで遠とおざかりつつある。その速度そくどに関かんして目眩めまいのような感覚かんかくを覚おぼえるとき、ホミは至福しふくの状態じょうたいのなかにいる。

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