夏休みになる三日前、ホミは母親と次のような会話を交わした。
「ほんとに、いいのね」
強く念を押すようないつもの口調で、母親はホミに言った。
「私は、いいよ」
「大丈夫なのね」
「大丈夫です」
「平気なのね」
「平気ですよ」
「二週間なのよ」
「すぐに過ぎるよ。前半はトキといっしょなのだし」
トキというのは、ホミとおなじクラスにいる親友の、時子という女のこだ。誰もがトキと呼んでいた。
「お母さんの実家には、よく頼んであるから」
「わかりました」
「時子ちゃんの別荘では、自分のことはちゃんと自分でするのよ」
「します」
「洗濯やお掃除」
「ええ」
「それに、食器を洗うこと。お風呂も使いっぱなしはいけないのよ」
「大丈夫」
「ほんとね」
「心配はいらないと言ってるのに」
「でも、お母さんは、心配」
「心配がお母さんの仕事」
「あら、よくわかってくれてるのね」
ホミの父親は会社の仕事でヨーロッパにごく短期の単身赴任をしていた。先月、彼はヨーロッパへ渡った。
夏休みを利用して、母親は夫に会うためにヨーロッパへいく予定を作った。ホミもいっしょにいくはずだった。だがホミはいきたくないと言い始め、母親の説得に応じず、母親だけがヨーロッパへいくことになった。最初の予定では、彼女が日本を留守にするのは、一週間のはずだった。
それが間もなく十日にのび、最終的には二週間となった。それに合わせて、ホミも自分の予定を立てた。トキが軽井沢の別荘へ招いてくれているから、そこに一週間滞在する。そのあと、名古屋にある母親の実家へ移り、そこで一週間を過ごす。ホミが軽井沢へいく次の日に、母親はヨーロッパへ発つことにきまった。航空券、特急や新幹線の切符、実家にいる妹との打ち合わせなど、すべての手はずを母親は整えた。
「ほんとに、これで大丈夫なのかしら」
母親はホミに問い質した。
「なにも心配はないはずよ」
「予定ではね」
「予定どおりいきます」
「ほんと?」
「だって、すんなり予定どおりにいかなくなるための理由が、どこにもないでしょう」
「それは確かにそうだけど」
「ヨーロッパでは迷子にならないで」
「パパがいるから」
「パパは会社の仕事で忙しいですよ。飛行機が空港に着いて、その空港を出るとき、どうするの?」
「どうするって?」
「出口、と書いてあるところから出ないと迷子になります。出口は、フランス語でなんと言いますか」
母親は答えられなかった。だからすぐに話題を変えた。
「あなたが私と二週間も離れて暮らすのは、今度が初めてなのよ」
「そうなのか」
「特急でいくのだから、上野駅までは私が送っていきます」
「トキもいっしょだよ」
「よかったわね」
「そしてトキのお父さんも」
「心強いわ」
「トキのお姉さんとお母さんは、何日か前に別荘へいってるのだって」
「ということは、あなたを入れて五人になるのね」
「そう」
「ほんとに気をつけて。夏だし。パーマなんか、かけなければよかったのに」
生まれて初めて、髪先にだけ、ホミはパーマネントをかけた。すっきりとした美しい細身の体をしたホミは、パーマをかけて見ちがえるほど大人びた雰囲気となった。いままさに少女である部分と、これから先の何年かを先取りをしたような大人びた雰囲気とが、ホミという美少女のなかに同居していた。