親友のトキを相手に、ホミはかつて次のような会話を交わしたことがあった。
ホミ「ほんとに、不思議」
トキ「なにが?」
ホミ「私。あるいは、時間。学校から家へ帰るでしょ。ずっと家にいるでしょ。明るい昼間だったのが、夕方になって、夜になるでしょう。時間はどこかへいってしまって、もうどこにもいないのよ。学校にいた時間は、どこへいったの。まだ明るかった昼間の時間は、どこへいくの? 私はおなじところにいるのに、時間は、ないんだよ」
トキ「時間がたつのよ」
ホミ「時間がたって、どうなるの?」
トキ「地球は動いてるから」
ホミ「それだけ?」
トキ「難しいねえ」
ホミ「地球が動くと、時間が出来るの? どこで出来てるの? 出来た時間は、どこへいくの?」
トキ「ああ、わからないよ。ホミは面白いけど」
ホミ「さっきまで私がいたところに、もう私はいないんだよ。あの時間と、そのなかの私は、どこへいったの?」
トキ「ホミはここにいるよ。ほら、さわるとちゃんと体があるから。これはホミだよ」
ホミ「時間だけが流れていくの?」
トキ「ちがうね、きっと」
ホミ「どうして?」
トキ「だって、自分は変わっていくでしょう。朝は風邪を引いてなかったのに、夜は風邪をひいてるとか。それに成長していくし。三歳のときのホミといまとでは、まるでちがう」
ホミ「時間は私のなかにあるんだ」
トキ「みんなのなかに、時間が溜まっていくのかな。貯金みたいに」
ホミ「いつまでたっても、おなじ私なの? それとも、いつも少しずつちがう自分なの?」
トキ「ちがうかもしれない」
ホミ「どうして?」
トキ「成長していくから」
ホミ「時間がたっていくと、それは順番に私のなかに入って、そこに留まって、私を成長させていくんだ」
トキ「そう思えば、納得は出来るよ」
ホミ「私は時間だ」
トキ「うん」
ホミ「時間はみんな、私のなかへ入るんだ」
トキ「きっとね」
ホミ「家にいてずっと自分の部屋のなかにいて、あるときふと、私は部屋の外へ出るの。たとえば下のキチンへいって水を飲んで、また階段を上がって廊下を歩いて、自分の部屋の前まで来て、ドアからなかをのぞいてみると、自分はどこにもいないよ」
トキ「ドアの外にいるんだもの」
ホミ「さっきまでずっと、私は部屋のなかにいたのに。どうして、いまはもういないの?」
トキ「ホミの体はひとつ。どこかひとつのところにいるときは、ほかのどの場所にもホミはいないのよ」
ホミ「その自分は、なに?」
トキ「わからないよ、ホミ、わからない」
ホミ「どうして、私はいるの?」
トキ「生きてるから」
ホミ「どうして、ここにいるの?」
トキ「私の家へおいでよ。私の家へ来てごらんよ。そしたらホミは、私の家にいるから」
ホミ「いなくなってみたい」
トキ「死ぬの?」
ホミ「死ぬとほんとにいなくなるみたいだから、死んでもいいけれど、二度とそこへは来ないというかたちで、いなくなってみたい。ふっといなくなって、それっきり。私は学校が終わったら家に帰って来るものだと、お母さんは信じてるの。でも、ある日、私は帰って来ないのよ。どこかへ消えて、それっきり」
トキ「どこにいるの?」
ホミ「どこだかわからないけれど、どこか別なところ。とんでもない別な場所」
トキ「どこにいても、ホミはホミだから」
ホミ「なぜ、ずっといるんだろう」
トキ「ああ、わからない。やめてよ、ホミ」