両親のアルバムを見るのが、ホミはことのほか好きだ。何度くりかえしそれらを見ても、ホミは飽きない。見るそのたびに、貼ってある写真のひとつひとつに対して、ホミは純度の高い熱意を示す。
結婚するまでは、両親のアルバムは別々だ。ふたりがそれぞれに所有しているアルバムの終わり近くになると、知り合った頃の若い彼と彼女が、おたがいのアルバムのなかの写真に登場し始める。結婚してからは、彼らのアルバムは共同になる。その彼らのアルバムも数冊あり、その第一冊めの最初のページには、彼らの結婚式の写真が何枚も連続して貼ってある。
自分がまだどこにもいず、文字どおり影も形もないのを、両親のアルバムの写真のなかに確認しては、ホミは面白がる。自分がまだどこにもいないという状態を、いまここにいる自分が、間接的に、そして時間差のなかで、好きなだけ見ていられることを、ホミは楽しむ。このことを、ホミは、幼い頃から何度もくりかえして来た。
母親が大きなお腹をしている写真が何枚か続いたあと、彼女が出産直前に撮ったスナップ写真が、彼らのアルバムの右のページに貼ってある。ベビー・ベッドをまんなかにして、その両側にホミの父親と母親が笑顔で立っている写真だ。大きく引き伸ばした縦位置のカラー・プリントだ。アルバムの右のページのまんなかに、それは貼ってある。ママの大きなお腹を指で押え、このお腹のなかに私がいると言っては、ホミはこれまで何度もその写真を楽しんで来た。次のページには、産院で生まれた直後のホミおよび母親のスナップが何枚か貼ってある。