夕食のテーブルに、祐子と祐一がさしむかいで椅子にすわっていた。両親はそれぞれに用事があり、出かけて留守だった。ふたりで作った夕食を、彼らはふたりだけで食べていた。
「風祭先生のことを嫌ってる人が多いんだ」
祐一が言った。
「生徒たちが?」
「そう」
「うーむ」
と祐子は言った。
「なぜだろう」
「一般受けは良くないのね。本当はとてもいい女性なのに、ぱっと見たときの主観的な印象ですべてをきめてしまう人が多いから」
「ぱっと見た印象は、嫌な女なのかな」
「積極的に反感を買うわけではないけれど、冷たいとか気どってるとか、あるいは、すましてるなどと思われてしまうみたいよ。学生の頃からそうだったわね」
「美人すぎるからかな」
「と言うよりも、優しく見えても芯はものすごく強烈だから、それがどこかに出るのね。最初から強い女というものを、日本の人たちは好きではないのよ」
「素敵な人だと思うけど」
「祐一はそう思うのね」
「そう思う」
「そう思う祐一は、すこし変わってるのよ」
「あの女性を根拠もなく嫌うほうが、よっぽど変わってる」
「彼女は損なタイプなのかなあ。私も心配は心配なんだけど」
「冷たくなんか見えないのに」
「そうね。言葉だって、ちっともきつくはないし」
「私たちとは距離がありすぎる、と言った女のこがいた」
祐一の言葉に祐子は笑った。
「距離があるのはあたりまえでしょう。田舎の高校生がなにを言うの」
「言ったのは僕ではないよ」
「誰にしろ」
「僕がこんな話をしたことを、風祭先生に言わないで」
「言わないわよ」
「でも、お姉さんと友だちで良かった」
「なぜ?」
「たとえば廊下ですれちがうとき、生徒と先生ではなく、親友の弟として、にこっとしてくれる。ものすごく素敵な笑顔だよ」
「きれいすぎる女性に、一般の多くの人たちは、意味もなく威嚇を感じたりするのよ」
「お姉さんに伝言を頼まれるときなんか、うれしい」
「祐一は百合絵のどこが好きなの?」
姉の質問に、祐一は、
「全部が素晴らしい」
と即答した。
「私は?」
要求する口調で、祐子が言った。
「みんな素晴らしい」
「無理しないで」
「無理してない。ごく自然」
「自然という言葉で思い出した。ああ、嫌だ、海なのよ」
顔をしかめて、祐子は壁に掛けてあるカレンダーを見た。
「もうじきだ。嫌だ、嫌だ」
目を閉じた顔を、祐子は片手で覆った。
「なにが嫌なの?」
祐一がきいた。
「海」
祐子が答えた。
「海がどうにかしたの?」
「臨海学校の引率」
吐き出すように、祐子が言った。祐子は中学校の先生をしている。いまは夏休みだが、まもなく臨海学校の引率をしにいかなくてはならなかった。
「十日間も。でも、いいんだ、そのうちの一週間は、百合が来てくれるから」
「風祭先生?」
祐子はうなずいた。
「私たちが泊まる旅館からすこし離れたところに、もうちょっとましな旅館があって、そこに百合は泊まるのよ」
「臨海学校を引率するの?」
「ちがう。私と過ごすため。こんなときではないと、ふたりともろくに時間が取れなくなったのよ。積もる話がたくさんあるわ」
「どこの海岸?」
祐一の質問に、祐子は壁のカレンダーを示した。
「みんなあそこに書いてあるわよ。旅館の名前からなにから」
カレンダーにむけて上体をのばし、祐一は書きこみを見た。体をもとに戻し、
「ぶらっと遊びにいくかもしれない」
と彼は言った。
「来なさい。私の先生ぶりを、ちらっとだけなら、見せてあげる」
そこであのTシャツを風祭百合絵に進呈すればいいのだ、と祐一は思った。