← Library‹ 少年探偵団 ふたりのインド人

さわぎのうちに一夜いちやがすぎて、その翌日よくじつは、篠崎しのざき家かの内外ないがいに、アリも通とおさぬ、げんじゅうな警戒けいかいがしかれました。緑みどりちゃんは、奥おくの一いち間けんにとじこめられ、障子しょうじをしめきって、おとうさま、おかあさまは、もちろん、ふたりの秘書ひしょ、ばあやさん、ふたりのお手伝てつだいさんなどが、その部屋へやの内うちと外そととをかためました。十じゅういくつの目めが、寸時すんじもわき見みをしないで、じっと、小ちいさい緑みどりちゃんにそそがれていたのです。家いえの外そとでは、所轄しょかつ警察けいさつ署しょの私服しふく刑事けいじが数すう名めい、門前もんぜんや塀へいのまわりを見みはっています。じゅうぶんすぎるほどの警戒けいかいでした。

しかし、おとうさまもおかあさまも、まだ安心あんしんができないのです。ゆうべの手てなみでもわかるように、くせ者ものは忍術にんじゅつ使つかいのようなやつですから、いくら警戒けいかいしてもむだではないかとさえ感かんじられるのです。ひじょうな不安ふあんのうちに時ときがたって、やがて午後ごご三さん時じを少すこしすぎたころ、学校がっこうへ行いっていた始し君くんがいきおいよく帰かえってきました。

「おとうさん、ただいま。緑みどりちゃん大だいじょうぶでしたか。」

「ウン、こうして、きげんよく遊あそんでいるよ。だがおまえは、いつもより、ひどくおそかったじゃないか。」

おとうさまが、ふしんらしくおたずねになりました。

「ええ、それにはわけがあるんです。ぼく、学校がっこうがひけてから、明智あけち先生せんせいのところへ行いってきたんです。」

「ああ、そうだったか。で、先生せんせいにお会あいできたかい。」

「それがだめなんですよ。先生せんせいは旅行りょこうしていらっしゃるんです。どっか遠方えんぽうの事件じけんなんですって。でね、小林こばやしさんに相談そうだんしたんですよ。するとね、あの人ひとやっぱり頭あたまがいいや。うまいことを考かんがえだしてくれましたよ。おとうさん、どんな考かんがえだと思おもいます。」

始し君くんは大だいとくいでした。

「さあ、おとうさんにはわからないね。話はなしてごらん。」

「じゃ、話はなしますからね。おとうさん耳みみをかしてください。」

そんなことはあるまいけれど、もし、くせ者ものに聞きかれたらたいへんだというので、始し君くんは、おとうさまの耳みみに口くちをよせて、ささやくのでした。

「あのね、小林こばやしさんはね、緑みどりちゃんを変装へんそうさせなさいというのですよ。」

「え、なんだって、こんな小ちいさい子こどもにかい?」

おとうさまも、思おもわずささやき声ごえになっておたずねになりました。

「ええ、こうなんですよ。小林こばやしさんがいうのにはね、どこかに緑みどりちゃんのよくなついているおばさんか何なんかがないかっていうんです。でも、ぼく、そういうおばさんなら、品川区しながわくにひとりあるって言いったんです。ほら、緑みどりちゃんの大だいすきな野村のむらのおばさんね。ぼく、あの人ひとのことを言いったんですよ。

すると、小林こばやしさんは、それじゃ、緑みどりちゃんをコッソリそのおばさんちへつれていって、しばらくあずかってもらったほうがいいっていうんです。ね、そうすれば、あいつは、この家いえばかりねらっていて、むだ骨ぼね折おりをするわけでしょう。

でも、つれていくときに見みつかる心配しんぱいがあるから、そこに手てだてがいるんだっていうんですよ。それはね、まず小林こばやしさんが、近所きんじょの五いつつくらいの男おとこの子こを、男おとこの子こですよ、それをつれて、ぼくんちへ遊あそびに来くるんです。そしてね、こっそり緑みどりちゃんにその子この服ふくを着きせちゃって、そして、小林こばやしさんは帰かえりには、男おとこの子こに変装へんそうした緑みどりちゃんをつれて、なにくわぬ顔かおで家いえを出でるんです。ね、わかったでしょう。

でも、用心ようじんのうえにも用心ようじんをしなければいけないから、いつもよびつけの自動じどう車しゃを呼よんで、うちの今井いまいさんが助手じょしゅ席せきに乗のって、そして、品川しながわのおばさんちまで、ぶじに送おくりとどけるっていうんです。ね、うまい考かんがえでしょう。これなら大だいじょうぶでしょう。」

「ウーン、なるほどね。さすがはおまえたちの団長だんちょうの小林こばやし君くんだね。うまい考かんがえだ。おとうさんは賛成さんせいだよ。じつはおとうさんも、緑みどりをどっかへあずけたほうがいいとは思おもっていたんだ。しかし、その道みちがあぶないので、決心けっしんがつかないんだよ。」

おとうさまは、小林こばやし君くんの名案めいあんにすっかり感心かんしんなすって、おかあさまにご相談そうだんなさいました。おかあさまも、反対はんたいする理由りゆうがないものですから、しかたなく賛成さんせいなさいましたが、

「でも、そのつれてきた男おとこの子こをどうしますのよ? そのお子こさんに、もしものことがあったらこまるじゃありませんか。」

と、やっぱりささやき声ごえでおっしゃるのです。

「それは大だいじょうぶですよ。あの黒くろいやつは緑みどりちゃんのほかの子こは見向みむきもしないんですもの。たとえさらわれたって、危険きけんはないんだし、それに、すぐあとから、また小林こばやしさんが迎むかえに来くるっていうんです。そしてね、もう一いち着ちゃく、似にたような男おとこの子こども服ふくを用意よういしておいてね、それを着きせてつれて帰かえるんだっていいますから、同おなじような男おとこの子こが二に度ど門もんを出でるわけですね。おもしろいでしょう。悪者わるものは、めんくらうでしょうね。」

この始し君くんの説明せつめいで、おかあさまも、やっと納得なっとくなさいましたので、始し君くんはさっそく明智あけち事務じむ所しょへ電話でんわをかけて、あらかじめ打うちあわせておいた暗号あんごうで、小林こばやし少年しょうねんにこのことを伝つたえました。

さて小林こばやし君くんが、緑みどりちゃんくらいの背せかっこうのかわいらしい男おとこの子こをつれて、篠崎しのざき家かへやってきたのは、もう日ひの暮くれがた時分じぶんでした。

すぐさま奥おくまった一間ひとまをしめきって、緑みどりちゃんの変装へんそうがおこなわれました。かわいらしいイートンスーツを着きて、おかっぱの髪かみの毛けは大おおきな帽子ぼうしの中なかへかくして、たちまち勇いさましい男おとこの子こができあがりました。

まだ五いつつの緑みどりちゃんは、何なんもわけがわからないものですから、生うまれてから一いち度ども着きたことのないイートンスーツを着きて、大おおよろこびです。

すっかり支度したくができますと、緑みどりちゃんには品川しながわのおばさんのところへ行いくんだからと、よくいいきかせたうえ、小林こばやし君くんは篠崎しのざき君くんのおとうさまから、おばさんにあてた依頼いらい状じょうを、たいせつにポケットに入いれて、緑みどりちゃんの手てを引ひいて、わざと人目ひとめにふれるように、門もんの外そとへ出でていきました。

門もんの外そとには、もうちゃんと自動じどう車しゃが待まっています。小林こばやし君くんは緑みどりちゃんをだいて、秘書ひしょの今井いまい君くんがあけてくれたドアの中なかへはいり、客席きゃくせきにこしかけました。つづいて、今井いまい君くんも助手じょしゅ席せきにつき、車くるまは、エンジンの音おともしずかに出発しゅっぱつしました。

もう外そとは、ほとんど暗くらくなっていました。道みちゆく人ひともおぼろげです。自動じどう車しゃはしばらく電車でんしゃ道どうを通とおっていましたが、やがて、さびしい横町よこちょうに折おれ、ひじょうな速力そくりょくで走はしっています。

見みていると、両りょうがわの人家じんかがだんだんまばらになり、ひどくさびしい場所ばしょへさしかかりました。

「運転うんてん手しゅさん、方向ほうこうがちがいやしないかい。」

小林こばやし君くんは、みょうに思おもって声こえをかけました。

しかし運転うんてん手しゅは、まるでつんぼのように、なんの返事へんじもしないのです。

「おい、運転うんてん手しゅさん、聞きこえないのか。」

小林こばやし君くんは、思おもわず大声おおごえでどなりつけて、運転うんてん手しゅの肩かたをたたきました。すると、

「よく聞きこえています。」

という返事へんじといっしょに、運転うんてん手しゅと今井いまい君くんとが、ヒョイとうしろをふりむきました。

ああ、その顔かお! 運転うんてん手しゅも今井いまい君くんも、まるで、えんとつの中なかからはいだしたように、まっ黒くろな顔かおをしていたではありませんか。そして、ふたりは、申もうしあわせでもしたように、同時どうじにまっ白しろな歯はをむきだして、あのゾッと総毛立そうけだつような笑わらいで、ケラケラケラと笑わらいました。読者どくしゃ諸君しょくん、それはふたりのインド人にんだったのです。

しかし、運転うんてん手しゅはともかくとして、今井いまい君くんまでが、ついさきほど自動じどう車しゃのドアをあけてくれた今井いまい君くんまでが、いつのまにか黒ぐろい魔物まものにかわってしまったのです。まったく不ふ可能かのうなことです。これも、あのインド人にんだけが知しっている、摩訶不思議まかふしぎの妖術ようじゅつなのでしょうか。

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