← Library‹ 青銅の魔人 ふたりの明智小五郎

それから四十よんじゅう分ふんほどのち、明智あけち探偵たんていに変装へんそうした二十にじゅう面相めんそうは、どこかで酒さけをのんだとみえて、顔かおを赤あかくして、五ご階かいの部屋へやにもどって来きました。部屋へやにはいると、さっそく押入おしいれをあけて、たしかめましたが、小林こばやし少年しょうねんが、もとの姿すがたで横よこたわっているのを見みると、すっかり安心あんしんしたようすです。うす暗ぐらい押入おしいれの中なかに、むこうをむいて、ころがっているのですから、いつのまにか、同おなじようなボロ服ふくを着きたチンピラと入いれかわっているなどとは、思おもいもおよばなかったのです。

「ウフフヽヽヽ、感心かんしん感心かんしん、もう少すこしのしんぼうだ。そうしておとなしくしているんだよ。ところで、きみにちょっと言いっておきたいことがある。きみの先生せんせいの明智あけち君くんに、こういうことを、つたえてもらいたいんだ。いいかね、こんどは明智あけち君くんにまけた。すっかりやられた。しかしねえ、まけたけれども、おれはけっしてつかまらない。ひとまず、東京とうきょうをはなれるが、いつかまた帰かえって来きて、明智あけち先生せんせいにひと泡あわふかせてみせるとね。いいかい、これをハッキリつたえるんだよ。」

二十にじゅう面相めんそうがそう言いいおわった時ときです。どこかでカタンと妙みょうな音おとがしました。押入おしいれの中なかではありません。二十にじゅう面相めんそうはハッとしたように、音おとのしたほうをふりむきました。

隣室りんしつとのさかいのドアーが、ゆっくりゆっくり、ひらいています。風かぜではありません。人間にんげんがいるのです。人間にんげんがドアーをひらいているのです。

「だれだッ、そこにいるのはだれだッ。」

思おもわずさけびましたが、それにかまわず、ドアーはだんだん広ひろくひらいて来きます。そして、それがすっかりひらいた時とき、ドアーのむこうに二十にじゅう面相めんそうとソックリの男おとこが、というのは、つまり、明智あけち小五郎こごろうとソックリの男おとこが、ニコニコ笑わらいながら立たっていたではありませんか。

「いいつたえるにはおよばない。ぼくがここにいるんだからね。ところで、二十にじゅう面相めんそうはけっしてつかまらないという一言ひとことは、訂正ていせいしてもらいたいもんだね。ぼくはきみをとらえるためにやって来きたのだ。」

それは、小林こばやし少年しょうねんの急報きゅうほうによって、手塚てづか家かからかけつけた、ほんものの明智あけち小五郎こごろうでした。この不意ふいうちには、さすがの二十にじゅう面相めんそうも、一いち度どに酔よいがさめて、まっさおになってしまいました。

「ウーム、きさま、どうしてここを……。」

「それはね、小林こばやし君くんを団長だんちょうとするチンピラ別働べつどう隊たいの手てがらだよ。その押入おしいれの中なかにいるのは小林こばやしではなくて、チンピラ隊員たいいんのひとりだ。ほんとうの小林こばやしはここにいるよ。」

明智あけちがちょっと、からだをよけると、そのかげから、リンゴのような頬ほおをした小林こばやし少年しょうねんの顔かおが、あらわれました。いつのまにか服ふくをかえて、今いまはりっぱなつめえりの学生がくせい服ふくを着きています。ほんものの明智あけちと、にせものの明智あけちは、三さん尺しゃくほどの近ちかさで、むかいあいました。さすがは、変装へんそうの名人めいじん二十にじゅう面相めんそう、こうしてならべてみても、どちらがほんものだか、わからないほど、よく似にています。まるで、ふたごのようです。

ふたりはおたがいの目めを見みつめたまま、三さん分ふんほども、身みうごきもしないで、じっとむきあっていました。ジリジリと汗あせがにじむような、おそろしいにらみあいです。

「で、どうするのだ。」

二十にじゅう面相めんそうが、はたしあいのような声こえでいいました。

「きみはつかまったのだ、ぼくひとりではない。この建物たてものは、すっかり警官けいかんにとりまかれている。きみはもう、逃にげられないのだ。」

「フン、きみはそう信しんじているのか。」

「むろんだ。」

「だが、おれは逃にげてみせる。さあ、こうすればどうだッ。」

二十にじゅう面相めんそうは、飛鳥ひちょうのように、ドアーの外そとにとびだしました。

目めまいするような早はやさで、階段かいだんまで。しかし、その階段かいだんの下したには、中村なかむら警部けいぶを先頭せんとうに、制服せいふく私服しふくの警官けいかんがヒシヒシとつめかけています。これを突破とっぱするなんて、思おもいもよらぬことです。

二十にじゅう面相めんそうは階段かいだんをおりると見みせて、パッと身みをひるがえしたかと思おもうと、反対はんたいの方角ほうがくに走はしりました。そのうす暗ぐらい廊下ろうかのすみに、直立ちょくりつの鉄てつばしごがとりつけてあります。彼かれはいきなり、それをかけのぼりました。五ご階かいの上うえには屋上おくじょうしかありません。つまり屋根やねへ出でるはしごなのです。

屋根やねつづきの建物たてものなんて、一ひとつもないのですから、屋上おくじょうへ出でたところで、逃にげみちがあるわけではありません。いったい、どうしようというのでしょう。

明智あけちや中村なかむら警部けいぶは、二十にじゅう面相めんそうのあとを追おって、鉄てつばしごをのぼりました。しかし、その時ときには、はしごの頂上ちょうじょうにある、大おおきなふたのような戸とがおろされてしまって、ふたりや三さん人にんの力ちからで、下したからおしても、びくともしないのです。

そうこうしているうちに、建物たてものの外そとから、ワーッという声こえがきこえて来きました。何なんかしら、ひじょうなことがおこったらしいのです。

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