← Library‹ 虎の牙 恐怖の歯がた

このなんとも説明せつめいのできない、ふしぎな事件じけんがあってから二ふた日か目めのことです。千代田ちよだ区くの明智あけち探偵たんてい事務じむ所しょの奥おくまった一室いっしつで、ベッドに横よこになったままの明智あけち探偵たんていと、助手じょしゅの小林こばやし少年しょうねんとが、何なんか熱心ねっしんに話はなしあっていました。

明智あけち探偵たんていは、ながいあいだ病気びょうきで寝ねていましたが、きょうはすこし気分きぶんがいいと言いうので、ひさしぶりで、小林こばやし君くんをベッドのそばへ呼よんだのです。小林こばやし君くんはいままで、先生せんせいの病気びょうきにさわってはいけないと思おもって、事件じけんのことは何なんも言いわないのですが、きょうは、先生せんせいのほうからたずねられたのと、それに、どうしてもほうっておけないようなおそろしいことが、新あたらしく、おこっていましたので、魔法まほう博士はかせの一いち件けんを、すっかり先生せんせいにお話はなしました。

「先生せんせい、あいつは、ぼくたちみんなを、ねらっているんです。花田はなだ君くんだけじゃないんです。石川いしかわ君くんと田村たむら君くんと、それから、ぼくをねらっているんです。」

「うん、たぶん、そうだろうね。何なんかそんなまえぶれでもあったのかい。」

明智あけち探偵たんていの青あおざめた顔かおには、うす黒ぐろくひげがのびています。頭あたまの毛けはいつもよりもっとモジャモジャです。でも、目めだけは人ひとの心こころの奥おくを、つらぬくような光ひかりをたたえていました。

「ええ、おそろしいことがあるんです。うちの裏庭うらにわの土つちのやわらかいところに、何なんか大おおきなけだものの足あしあとがついています。ゆうべ、そいつが塀へいの中なかへはいって来きたしるしです。」

「大おおきなけだものというと?」

「虎とらです。ネコの足あしあとを十じゅう倍ばいも大おおきくしたようなやつが、五いつつものこっています。キヨはそれを見みて、けさからまっさおになって、ふるえあがっているんです。」

キヨというのは、明智あけちの家いえの女中じょちゅうの名なです。

「塀へいをのりこえたんだね。」

「そうです。あいつはどんなことだって、できるんです。魔法まほう博士はかせの虎とらにきまっています。先生せんせい、そればかりじゃありません。裏口うらぐちのドアの横よこの柱はしらに、おそろしいささくれの傷きずができているんです。天野あまの勇一ゆういち君くんのうちのマツの木きにのこっていたのとソックリです。八幡やわたさまの社殿しゃでんの柱はしらにのこっていたのとソックリです。虎とらの歯はがたです。」

「魔法まほう博士はかせの虎とらが、東京とうきょうの町まちの中なかを、ノコノコ歩あるいて来きたというわけだね。それを、だれも気きづかなかったというわけだね。」

明智あけち探偵たんていの口くちのへんに、ひにくな笑わらいが浮うかびました。

「先生せんせい、あいつは、ゆうべ、ここへ来きただけじゃありません。石川いしかわ君くんのうちへも、田村たむら君くんのうちへも、あらわれたのです。ふたりのうちにも、おなじような歯はがたと足あしあとがのこっていたのです。つい、いましがた、ふたりがやって来きて、それを知しらせて行いきました。先生せんせい、ぼくたちはどうすればいいのでしょう。」

「警視けいし庁ちょうの中村なかむら係かかり長ちょうは知しっているだろうね。」

「電話でんわで知しらせておきました。田村たむら君くんと石川いしかわ君くんのうちへは、こんやから見みはりをつけると言いうことでした。でも、あいては魔法まほう使つかいですから、見みはりぐらいでは安心あんしんできません。」

「うん、魔法まほう使つかいという点てんでは、おどろくべきやつだ。こんなけたはずれな犯罪はんざいは、どこの国くににも例れいがないだろうね。」

「先生せんせい、ぼくにも、あいつが舞台ぶたいでやったブラック・マジックまではわかるのです。でも、そのあとのことは、何なんもかも、まるでわかりません。あの赤あかレンガの洋館ようかんから天野あまの勇一ゆういち君くんや、白しろくぬった広間ひろまや、サンタクロースのおじいさんや、それから、虎とらのはいった檻おりまでも、たった一いち時間じかんのあいだに、かき消けすように、見みえなくなってしまったなんて、まるで夢ゆめのような話はなしです。先生せんせい、奇術きじゅつの力ちからで、こんなことができるのでしょうか。」

「それは、できないことはない。しかし、奇術きじゅつには種しゅがある。よくそんな種たねが、手てにはいったものだと、ぼくはつくづく感心かんしんしているんだよ。」

「えッ、それじゃあ先生せんせいには、おわかりなんですか。勇一ゆういち君くんなんかの消きえた訳わけが、おわかりなんですか。」

「おおかた、想像そうぞうがついているよ。いまにきみにもわかる。きっとわかる時ときがくる。それからね、きみは、まだすこしも気きづいていないようだが、もっと大切たいせつなことがあるんだよ。」

明智あけち探偵たんていはニッコリ笑わらって「もっとこちらへ。」というあいずをしました。小林こばやし君くんが、その意味いみをさっして、リンゴのような頬ほおを、ベッドの上うえの先生せんせいの顔かおのそばへもって行いきますと、明智あけちは、その耳みみたぶに口くちをよせて、何なんかささやきました。

それを聞きくと、小林こばやし君くんの目めがびっくりするほど大おおきく見みひらかれ、サッと顔かおの色いろがかわりました。

「えッ、先生せんせい、それは、ほんとうですか。」

「うん、ぼくには、だいたいけんとうがついているんだ。しかし、これはいましばらく、だれにも言いっちゃいけないよ。警察けいさつにも、少年しょうねん探偵たんてい団だんのみんなにも、知しらせてはいけない。ぼくと、きみとふたりだけの秘密ひみつにしておこう。」

先生せんせいと弟子でしとは、そのまま、ジッと顔かおを見みあわせていました。目めと目めとが、何なんかしきりに語かたりあい、やがて明智あけちの口くちのへんに、ニコニコした笑わらいのしわがきざまれ、小林こばやし少年しょうねんの頬ほおには、もとのリンゴの色いろがもどって、それが、いっそうさえざえと、かがやいてくるのでした。

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