← Library‹ 虎の牙 最後の切り札

魔法まほう博士はかせは立たちあがったまま、ことばをつづけます。

「おれは天野あまの勇一ゆういち君くんを、かどわかした。それから小林こばやし君くんを、三さん人にんの少年しょうねんを、そして、さいごに明智あけち小五郎こごろうをゆうかいしようとしてみごとに失敗しっぱいした。だが、おれは少年しょうねんたちを、とりこにしたけれども、けっして、ぎゃくたいはしなかった。虎とらでおどかしたけれども、それは、ほんとうの虎とらではなかった。そのうえ、少年しょうねんたちには、ごちそうをたべさせた。天野あまの少年しょうねんには王子おうじのようなりっぱな服装ふくそうをさせた。ほかの少年しょうねんたちにも、同おなじような服ふくを着きせるつもりだった。

いったい、おれはどんな悪わるいことをしたのだろう。物ものをぬすんだわけでもない。少年しょうねんたちをかどわかして、身みのしろ金きんをゆすったわけでもない。ただ、ここへつれて来きて、たいせつなお客きゃくさまのように、あしらったばかりだ。明智あけち君くんだって同おなじだ。もし、きみに、うらをかかれなかったとしても、けっしてきみを傷きずつけたり、ごうもんしたりするつもりはなかった。では、おれは何なんをしようとしたんだ。明智あけち君くん、わかるかね。この意味いみがわかるかね。」

魔法まほう博士はかせのほそい目めが、じっと明智あけちの顔かおを見みつめました。

「その答こたえは、たった一ひとつしかない。」

そう言いったかと思おもうと、明智あけちも立たちあがっていました。巨人きょじんと怪人かいじんは、デスクをへだてて、決闘けっとう者しゃのように、にらみあっているのです。ふたりの顔かおからは、笑わらいのかげがすっかり消きえてしまいました。

「ウン、その答こたえは一ひとつしかない。で、きみの答こたえは?」

「きみは、ぼくと小林こばやしと少年しょうねん探偵たんてい団だんの三さん人にんの少年しょうねんを、とりこにして、二に度どとこの建物たてものから出でられないようにするつもりだった。そして、ぼくたちを苦くるしめ、世間せけんを、あざわらうつもりだった。」

「それは、なんのために?」

「復讐ふくしゅうのためだ。しかも、そういう復讐ふくしゅうをたくらむやつは、世界せかい中ちゅうにたったひとりしかない。」

名めい探偵たんていと魔法まほう博士はかせとは、そのまま、身みうごきもしないで、じっと、にらみあっていました。たっぷり一いち分間ふんかん。じっと息いきもつまるような一いち分間ふんかんでした。

「そのひとりというのは?」

魔法まほう博士はかせの挑戦ちょうせんです。

「品川しながわ沖おきで一いち度ど死しんだ男おとこだ。いや、一いち度どだけではない。二に度ども三さん度ども死しんだ男おとこだ。死しんだと見みせかけて、生いきていた男おとこだ。」

「その生いきていた男おとこは?」

「きみだ、きみがその不死身ふじみの男おとこだ。怪人かいじん二十にじゅう面相めんそうだッ。」

そのとき、小林こばやし少年しょうねんは、まるで海うみの底そこにいるような感かんじをうけました。音おとという音おとが消きえうせて、時間じかんの進行しんこうが、そこでピッタリとまってしまったかと、うたがわれたのです。名めい探偵たんていも怪人かいじんも、まるで石いしになったように動うごかなかったのです。

ああ、怪人かいじん二十にじゅう面相めんそう。読者どくしゃ諸君しょくんは、この一いちしゅんかんを、どんなに待まちかねていたことでしょう。諸君しょくんは、さいしょ魔法まほう博士はかせが野球やきゅうをする少年しょうねんたちの前まえにあらわれたときから、心こころの底そこに『怪人かいじん二十にじゅう面相めんそう』の六ろく字じをえがいていましたね。魔法まほう博士はかせこそ怪人かいじん二十にじゅう面相めんそうにちがいないと、ほとんど信しんじていましたね。そして、その真相しんそうがばくろするのを、いまかいまかと、待まちかまえていたのではありませんか。

怪人かいじん二十にじゅう面相めんそうは二十にじゅうのちがう顔かおを持もつといわれた怪物かいぶつです。かれはあらゆる人間にんげんに化ばけました。青銅せいどうの魔人まじんというロボットに化ばけ、そして、いまはまた、虎とらと人間にんげんのあいのこのような、魔法まほう博士はかせに化ばけたのです。

そのとき、廊下ろうかに大おおぜいの足音あしおとがして、三さん人にんの少年しょうねんをせんとうに、天野あまの勇一ゆういち少年しょうねん、明智あけち探偵たんていのかえだまになった男おとこ、それから四よん人にんの警官けいかんが、正面しょうめんのドアから、なだれこむように、はいって来きました。

怪人かいじん二十にじゅう面相めんそうも、もう運うんのつきです。どこにも逃にげ場ばがないのです。しかし、かれはまだひるみません。意外いがいにも、ワハハハ……、と笑わらいながら、部屋へやの一方いっぽうのかべに身みをよせました。かべをうしろだてにして、この大おおぜいの敵てきと戦たたかおうというのでしょうか。

「明智あけち先生せんせい、おれは追おいつめられたね。しかし、きみはまだ、おれの秘密ひみつをすっかり知しりつくしたわけじゃない。おれには、さいごの切きり札ふだがあるんだ。見みたまえ……。」

そのとき、人々ひとびとの口くちから、「アッ。」と言いう、さけび声ごえが、ひびきました。じつに思おもいもよらぬ、ふしぎがおこったからです。

見みよ、魔法まほう博士はかせのからだは、何なんかに引ひきあげられるように、かべをつたって、スーッと天井てんじょうに、のぼって行いくではありませんか。

たちまち、かれの異様いような姿すがたは、高たかい天井てんじょうにくっついてしまいました。そこに一いちぴきの大おおコウモリが、羽はねをひろげて飛とんでいるのです。黄色きいろと黒くろのだんだらぞめの長ながいかみの毛けが、風かぜに吹ふかれたようにみだれ、べっこうぶちの大おおメガネは、キラキラとかがやき、そのガラスのうしろから、いまこそまんまるにみひらかれた、虎とらのような目めが、青あおく光ひかって、じっと下界げかいをにらんでいるのです。そして、あの異様いようなマントは、大おおきな羽はねのようにひろがって、ハタハタと、ぶきみな、はばたきの音おとをたてています。

「ワハハハハ……明智あけち君くん、せっかくのきみの苦心くしんも、水みずのあわだったねえ。おれはけっしてきみたちには、つかまらないよ。ワハハハハハ……、ワハハハ……。」

そして、そこの天井てんじょう板いたが、スーッとひらいたかと思おもうと、大おおコウモリは、天井てんじょう裏うらのやみの中なかへ、すいこまれるように、姿すがたを消けしてしまいました。ふたたび、スーッと音おともなく、しまる天井てんじょう板いた。ぶきみな笑わらい声ごえは、だんだん、かすかになって、やがて、聞きこえなくなってしまいました。

そして、しばらくすると、あっけにとられて、天井てんじょうを見みあげている人々ひとびとの顔かおが、おどろくほど白しろくなりました。天井てんじょうのまん中なかからさがっているシャンデリヤが、きゅうに明あかるくなったのです。白熱はくねつの色いろをおびてきたのです。

オヤッと思おもうまに、またしても、とほうもないことがおこりました。巨大きょだいなすずらんの花はなを、いくつもたばにしたような、その大だいシャンデリヤが、はじめはすこしずつ、だんだんいきおいをまして、はげしくゆれはじめたのです。何十なんじゅうともしれない電球でんきゅうの花はなたばが、世よにもおそろしいブランコをはじめたのです。

いまにも、その直径ちょっけい一いちメートルもありそうな、電球でんきゅうのかたまりが、花火はなびのように、人々ひとびとの顔かおの上うえに、おちかかってくるかもしれません。人々ひとびとはワーッと声こえをあげて、部屋へやのすみずみに身みをさけました。「ワハハハ……。」ふたたびおこるぶきみな笑わらい声ごえ。

思おもわず見みあげると、ゆれるシャンデリヤの心棒しんぼうのそばの、ごう天井てんじょうの板いたが一いち枚まいはずれて、ポッカリと口くちをひらいた黒くろい穴あなから、人間にんげんとも、けだものともわからぬ、おそろしい顔かおが、のぞいていました。二十にじゅう面相めんそうです。魔法まほう博士はかせの二十にじゅう面相めんそうです。光線こうせんのせいか、それが虎とらの顔かおとそっくりに見みえるのでした。

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