← Library‹ 虎の牙 密室のなぞ

鉄てつばしごは五ごメートルほどでおわり、足あしがコンクリートのゆかにつきました。懐中かいちゅう電灯でんとうで見みると、そこからまた、トンネルのような長ながい道みちがつづいています。むろん、ここは地下ちか道どうです。トンネルのかべはコンクリートでかためてあります。

ほかに道みちはないのですから、怪人かいじんはこのトンネルの中なかへ、はいって行おこなったのに、ちがいありません。明智あけちと三さん人にんの警官けいかんとは、手てに手てに懐中かいちゅう電灯でんとうをふりてらしながら、そこを、奥おくへ奥おくへとすすんで行いきました。

十じゅうメートルほど向むこうを、怪人かいじんの走はしって行いく姿すがたが、ボンヤリ見みえています。しかし、懐中かいちゅう電灯でんとうの光ひかりをたよりに、足あしもとに気きをつけながら、すすむのですから、なかなか、あいてに追おいつくことができません。

そのうちに、フッと怪人かいじんの姿すがたが、見みえなくなりました。どうしたのかと思おもって、走はしって行いくと、ここはトンネルのまがりかどでした。怪人かいじんがそのかどを、まがったために、見みえなくなったのです。

明智あけち探偵たんていたちも、つづいてかどをまがりました。そして、二に、三さん歩ほすすんだ時とき、とつぜん、明智あけちはアッと声こえをたてて、ふみとどまりました。

「あぶないッ。また、おとし穴あなだッ。」

懐中かいちゅう電灯でんとうでてらしてみると、すぐ目めの前まえに、はば三さんメートルほどの、道みちいっぱいの穴あなが、口くちをひらいていました。

怪人かいじんはここをどうして通とおりすぎたのでしょう。かべをつたって、わたるような、足あしがかりは、なにもありません。のぞいてみると、下したは底そこしれぬ、くらやみです。それでいて、怪人かいじんはその穴あなの向むこうを、走はしって行いく姿すがたが、おぼろげに見みえています。いったいどうして、このはばの広ひろい穴あなをこしたのでしょう。

「ア、わかった。穴あなにわたしてあった板いたを、あいつが、取とりのけたんだ。」

明智あけちの懐中かいちゅう電灯でんとうの光ひかりで、その板いたがてらしだされました。穴あなの上うえに橋はしのように、かけてあった板いたを、怪人かいじんは向むこうがわへ、引ひきあげ、追手おってがわたれないようにして、逃にげたのです。

「よしッ、ぼくがこの穴あなを飛とびこそう。そして、板いたをもとのように、かければいいんだ。」

明智あけち探偵たんていは、少年しょうねん時代じだいからスポーツできたえたからだです。病気びょうきをしたといっても、あとの半分はんぶんはにせやまいだったのですから、三さんメートルぐらいの幅飛はばとびは、なんでもありません。穴あなのふちから、数十すうじゅう歩ほあともどりして、パッとかけだしたかと思おもうと、ヒラリと穴あなを飛とびこしてしまいました。

そして、そこにあった長ながい板いたを、もちあげ、一いち度ど立たてておいて、そのはじを、警官けいかんたちのほうへ、サーッと倒たおしてよこす。こちらでは、ひとりの警官けいかんが、うまくそれをうけて、すばやく板いたの橋はしをかけることができました。

三さん人にんの警官けいかんはその板いたをわたって、明智あけちといっしょになり、それからまた、懐中かいちゅう電灯でんとうをふりてらして、トンネルの中なかをすすむのです。

そんなことで、てまどったので、あいては遠とおくへ逃にげてしまったのではないかと、心配しんぱいしましたが、見みると、怪人かいじんはまだ電灯でんとうの光ひかりのとどくあたりを、フラフラと歩あるいています。逃にげられるのを、わざと逃にげないで、こちらをからかっているような、あんばいなのです。

いそいで、そのほうへ近ちかづいて行いきますと、トンネルの枝道えだみちになっているところに、さしかかりました。この地下ちか道どうは一いち本道ほんどうではなくて、どこかへわかれているのです。しかし、怪人かいじんは枝道えだみちのほうへは、まがらず、まっすぐ歩あるいて行いきます。

やがて、向むこうにポーッと、うすい光ひかりが見みえてきました。どうやら、トンネルのつきあたりに、部屋へやのようになったところがあるらしく、その部屋へやの中なかに、うすぐらい電灯でんとうがついているようです。

怪人かいじんはマントをヒラヒラさせながら、その光ひかりの中なかへはいりました。やっぱり、こちらをからかっているのか、まるで、よっぱらいのような、フラフラした歩あるきかたです。その姿すがたが部屋へやの中なかの電灯でんとうをうけて、ふしぎな影絵かげえのように、ゆらめいていましたが、やがて、ひらいたままのドアの中なかへ、ヨロヨロとはいったかと思おもうと、ドアがギーッと音おとをたてて、しまりました。そして、あたりは、またもとのくらやみになってしまったのです。

「ソレッ。」というので、四よん人にんはそこへかけつけ、ドアをひらこうとしましたが、中なかからかぎをかけたのか、ビクとも動うごきません。そこで、警官けいかんたちが、かわりがわり、たいあたりで、ドアにぶっつかり、見みるまに、それをやぶって、中なかにふみこんで行いきました。

そこは五、六ごろく坪つぼのコンクリートの部屋へやでした。天井てんじょうもかべもゆかも、すっかりコンクリートでぬりかためた、なんのかざりもなく、イス一ひとつない牢屋ろうやのような部屋へやです。入いり口ぐちのほかには、ドアもなく、また窓まどもありません。どこにも逃にげだす個所かしょのない、ふくろのような部屋へやです。

ところが、どうでしょう。その、まったく逃にげ場ばのない部屋へやの中なかに、いまのさき、はいったばかりの怪人かいじんは、もう影かげさえ見みえなかったではありませんか。そこには、人間にんげんはおろか、ネズミ一いちぴきも、いなかったのです。魔法まほう博士はかせの二十にじゅう面相めんそうは、煙けむりのように消きえうせてしまったのです。

警官けいかんたちは、持もっていた警棒けいぼうで、ゆかをたたきまわり、四方しほうのかべをたたきまわり、ひとりの警官けいかんが、べつの警官けいかんの肩かたにのって、天井てんじょうまでも、たたきまわったのですが、ぜんぶ完全かんぜんなコンクリートで、秘密ひみつ戸とのようなものはひとつもないことが、たしかめられました。

地下ちか室しつのことですから、空気くうきぬきの四角しかくな穴あなが、一方いっぽうのかべの上うえと下したと二にヵ所かしょに、あいていましたが、それは十じゅうセンチ四方しほうほどの小ちいさな穴あなで、そんなところから、人間にんげんがぬけだせるはずもありません。

ひょっとしたら、怪人かいじんはこの部屋へやにはいると見みせかけて、じつは、はいらなかったのではないか。そして、トンネルのどこかに、秘密ひみつ戸とでもあって、そこから逃にげてしまったのではないか。そう考かんがえたので、明智あけち探偵たんていはドアの外そとに出でて、トンネルのかべを、じゅうぶん、しらべましたが、すこしもうたがわしい個所かしょはないのでした。

「明智あけちさん、こりゃ完全かんぜんな密室みっしつじゃありませんか。」

警官けいかんのうちの警部けいぶ補ほの服ふくを着きたひとりが、おどろいたような顔かおで言いいました。この警部けいぶ補ほは、まえにべつの事件じけんで明智あけちといっしょに働はたらいたことがあって、顔かお見知みしりのあいだがらでした。

「密室みっしつです。かりに、あいつがこの部屋へやへはいらなかったとしても、逃にげる場所ばしょがありません。トンネルに枝道えだみちがあったけれども、あいつがこのドアに近ちかづいた時ときには、ぼくたちは枝道えだみちを通とおりすぎていた。だから、あいつはトンネルの中なかで、ぼくらのわきをすりぬけて逃にげたとでも、考かんがえるほかはないが、そんなことは、ぜったいにできっこありませんからね。」

『密室みっしつ』というのは、探偵たんてい小説しょうせつにはよくでてくることばです。どこにも逃にげ道みちのない、密閉みっぺいされた室しつで犯罪はんざいがおこなわれ、しかも、その部屋へやに犯人はんにんの姿すがたが見みえないという、ふしぎな事件じけんを『密室みっしつの犯罪はんざい』と言いうのです。

さすがは魔法まほう博士はかせの二十にじゅう面相めんそう、さいごのどたんばになって、みごとな魔術まじゅつをつかったものです。「名めい探偵たんていさん、きみにはこの密室みっしつのなぞがとけますかね。」と言いわぬばかりではありませんか。

もしこのなぞが明智あけち探偵たんていにとけなかったら、怪人かいじんとの知恵ちえくらべにまけたことになります。明智あけちはぜがひでも、これをとかねばなりません。

さて、読者どくしゃ諸君しょくん、みなさんも一ひとつ、名めい探偵たんていといっしょに、このなぞをといてみてはいかがですか。ちょっとしたことに、気きがつけば、なんなくとけるはずです。しかし、いままで書かいたほかに、このなぞをとく手てがかりが、もう一ひとつだけあります。それは、次つぎの章しょうで明智あけち探偵たんていの言いったり、したりすることを、よく気きをつけていれば、わかるのです。どうか読よみおとさないようにしてください。そして、このなぞをといてみてください。

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