← Library‹ 虎の牙 塔上の魔術師

明智あけち探偵たんていは、うすぐらい電灯でんとうの、がらんとした部屋へやのまん中なかに立たって、腕うでぐみをして、しばらく考かんがえていましたが、なにを思おもったのか、ツカツカと、部屋へやの一方いっぽうのかべぎわへ、歩あるいて行いって、いきなり、そこにしゃがむと、十じゅうセンチ四方しほうほどの四角しかくな空気くうきぬきの穴あなをしらべはじめました。懐中かいちゅう電灯でんとうの光ひかりを近ちかづけ、穴あなのそばに顔かおをくっつけるようにして、いっしんにしらべましたが、

「ウーム、そうかもしれんぞ。」と、ひとりごとを言いったかと思おもうと、こんどは、その穴あなの中なかへ、いきなり、右みぎの手てをグッとさし入いれて、なにかを、さぐっているようすです。

「何なんかあるんですか。」

警部けいぶ補ほが、明智あけちの頭あたまの上うえから、のぞきこむようにして、たずねます。

「いや、何なんもありません。この穴あなの向むこうがわにも、コンクリートのゆかがあるだけです。」

「すると、向むこうにも部屋へやがあるのですね。」

「いや、部屋へやではなくて、たぶん廊下ろうかのようなところでしょう。さっきのトンネルの枝道えだみちが、この向むこうがわへ、通つうじているのかもしれない。」

「まさか、その穴あなから、ぬけだしたわけじゃないでしょうね。」

「むろん、そんなことは、いくら魔術まじゅつ師しだって、できっこありませんよ。」

「それじゃ、あなたが、そこをしらべておられたわけは、なんですか。何なんかなぞをとくかぎでも見みつかったのですか。」

「ほこりですよ。この空気くうきぬきの穴あなの中なかにはほこりがつもっていた。そのほこりに、何なんかで強つよくこすったようなあとが、いちめんについているのです。ほこりがすっかり、かき取とられてしまっている。この穴あなにいっぱいになるような、何なんか大おおきな、やわらかいものが、そとへ引ひきだされたあとです。」

「フーン、大おおきな、やわらかいもの? まさか二十にじゅう面相めんそうが、そういうものに化ばけて、この小ちいさな穴あなから、逃にげだしたとおっしゃるのじゃありますまいね。」

「むろん、そういう意味いみではありません。しかし、ぼくは、このほこりのあとを見みて、密室みっしつのなぞがとけたように思おもうのですよ。」

「えッ、なぞがとけた? 明智あけちさん、ほんとうですか。あいつは、いったい、どうしてこの部屋へやをぬけだしたのです。」

「待まってください。それは、いまにわかります。それよりも、あいつをつかまえるのがかんじんです。ぼくらがこの部屋へやにはいった時とき、あいつはまだ、この穴あなの向むこうがわに、いたにちがいないのです。グズグズしていたら、とりかえしのつかないことになります。さあ、この向むこうがわへ、行いってみましょう。それには、トンネルの枝道えだみちから、まわればいいのです。」

そこで、四よん人にんはやぶれたドアをくぐって、トンネルにひきかえし、さっきの枝道えだみちの中なかへ、はいって行いきました。四よん人にんとも、懐中かいちゅう電灯でんとうをてらしながらです。

枝道えだみちをグングンすすんで行いくと、はたして、さっきの部屋へやの外そとがわに出でました。かべの上うえと下したに、四角しかくな空気くうきぬきの穴あながあるので、それがわかるのです。明智あけちはねんのために、懐中かいちゅう電灯でんとうで、下したの穴あなをしらべてみましたが、ほこりのすれたあとが、部屋へやの中なかから見みたのとそっくりでした。

怪人かいじんはひょっとすると、枝道えだみちをもとの直立ちょくりつの鉄てつばしごのほうへ、ひきかえしたのかもしれませんが、そちらへ行いけば、自分じぶんの部屋へやへ出でるばかりで、そこには見みはり人ひとが立たっているのですから、そんな方角ほうがくをえらんだとは思おもわれません。やはり、もとへひきかえさないで、さきのほうへ逃にげたのでしょう。

明智あけち探偵たんていはそう考かんがえたので、ためらわず、グングンすすんで行いきました。警官けいかんたちも、そのあとにしたがいます。すると、まもなく、トンネルはいきどまりになって、そこにまた直立ちょくりつの鉄てつばしごが立たっていました。

かまわず、そのはしごをのぼって行いきますと、頂上ちょうじょうに石いしのふたのようなものがしまっています。明智あけちはそれを力ちからまかせに、おしてみました。べつにかぎはかけていないとみえて、石いしのふたはすこしずつひらいていきます。

やがて、石いしのふたをとりのけて、四よん人にんは穴あなをはいだしましたが、そこはやはり部屋へやの中なかで、一方いっぽうに小ちいさな窓まどがあり、かすかな光ひかりがさしこんでいます。そとは、明あかるい月夜つきよなのです。

見みると、そこは、例れいの三さん階かいの円えん塔とうの一いち階かいらしく思おもわれました。まるい部屋へやのまん中なかに、カタツムリのカラのように、グルグルまわりながらのぼる、ラセン階段かいだんがボンヤリと見みえています。

明智あけち探偵たんていは懐中かいちゅう電灯でんとうで、塔とうへの出入でいり口くちのドアをさがし、そのそばへよって、しらべてみました。

「オヤ、このドアは中なかから、かけがねが、かかっている。すると、あいつは、塔とうの上うえへのぼったんだな。そのほかに行いくところはない。」

いきどまりの塔とうの上うえへ逃にげるなんて、なんだかへんではありませんか。しかし、あいてはえたいのしれない怪物かいぶつです。何なんをやりだすかわかったものではありません。

「ともかく、塔とうの上うえまで、のぼってみよう。」

明智あけちがせんとうになって、四よん人にんはラセン階段かいだんをのぼって行いきました。二に階かいにはだれもいません。つぎは三さん階かい、ここにも人ひとの姿すがたは見みえません。しかし、明智あけちには、なんだか、いまここを二十にじゅう面相めんそうが通かよったばかりのような気きがするのです。塔とうのかべや天井てんじょうにしかけがあるかもしれません。怪人かいじんはまたその中なかへもぐりこんでしまったのかもしれません。

ふと気きがつくと、窓まどの外そとの、はるか下したのほうから人ひとのさわぐ声こえが聞きこえてきました。なにか、ただならぬけはいです。

明智あけちはいそいで窓まどをひらき、明あかるい月つきの光ひかりにてらされた下界げかいをながめました。塔とうの下したの庭にわに五、六ごろく名めいの警官けいかんが立たって、上うえを見みあげています。そして口々くちぐちに何なんかわめいています。いったい、なにがおこったというのでしょう。

明智あけちは窓まどから半身はんしんをのりだして、下界げかいの人々ひとびとに手てをふってみました。すると、警官けいかんたちは、それに気きづいて、てんでに塔とうの屋根やねを指ゆびさしながら、なにかわめくのです。

「魔法まほう博士はかせが……。」

「屋根やねの上うえに……。」と言いうようなことばが、まじりあって、聞きこえてきます。どうやら、怪人かいじんはこの塔とうの屋根やねのてっぺんにでもいるらしいのですが、ハッキリしたことはわかりません。塔とうの窓まどからでは、いくら、からだをのりだしても、屋根やねの上うえは見みえないのです。下したへおりて、たしかめるほかはありません。

そこで、明智あけちは、ふたりの警官けいかんをこの場ばの見みはりにのこし、警部けいぶ補ほといっしょに、塔とうをかけおり、廊下ろうかをまわり、裏口うらぐちから庭にわにおりてさわいでいる警官けいかんたちのところへ行いってみました。そして、塔とうの屋根やねをながめますと、人々ひとびとがさわいだのもむりではありません。そこには、じつに異様いような光景こうけいが、月つきの光ひかりにてらしだされていたのです。

塔とうの屋根やねはスレートぶきで、とんがり帽子ぼうしのような形かたちをしています。そのてっぺんに、避雷針ひらいしんのような長ながい鉄棒てつぼうがあり、それにつかまって、魔法まほう博士はかせがスックとつっ立たっていたではありませんか。

大おおコウモリのような黒くろいマントが、風かぜにハタハタとひらめき、二ふたつのメガネの玉たまが、月つきの光ひかりをうけて、キラキラ光ひかっているのさえ見みえます。怪人かいじんは、大空おおぞらの月つきとむら雲くもを背景はいけいにして、いつまでも、そこに、つっ立たったまま、下界げかいをにらみつけていました。

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