← Library‹ 虎の牙 墜落する悪魔

満月まんげつに近ちかい月つきでした。それを、ときどき、うす黒ぐろい綿わたのような、むら雲くもがかすめて、通とおりすぎます。そのたびに、避雷ひらい針はりにとりすがった怪人かいじんが、ハッキリ見みえたり、かげになったりします。例れいのコウモリの黒くろマントが、風ふうにヒラヒラとはためいて、天空てんくうの魔人まじんというような、ものおそろしい姿すがたです。

明智あけち探偵たんていは五ご分間ふんかんほど、腕うでをくんで、つっ立たったまま、じっと塔とうの屋根やねを見みつめています。まわりの警官けいかんたちは、明智あけちがおそろしいほど、だまりこんでいるので、やはりおなじように、つっ立たったまま、塔とう上じょうの怪人かいじんと明智あけちの顔かおとを見みくらべています。

「この探偵たんていさんは、何なんを考かんがえているんだろう。怪人かいじんがあんな高たかいところへ、あがってしまったので、どうすることもできなくて、こまっているんじゃないかしら。」と、いうような顔かおつきです。

すると、いままで銅像どうぞうのように身みうごきもしなかった明智あけちが、ヒョイと、そばにいる警部けいぶ補ほのほうを、ふりむきました。そして、

「この近ちかくに猟銃りょうじゅうを持もっている人ひとはいないでしょうか。一ひとつさがして、借かりだしてくれませんか。」とたずねました。警部けいぶ補ほはビックリしたような顔かおをして、

「猟銃りょうじゅうなら、近ちかくにわたしの知しっている猟銃りょうじゅう家かがいますが、しかし、猟銃りょうじゅうでなにをしようと言いうのですか。」

「ともかく、大おおいそぎで、それを借かりてください。たまもいっしょにですよ。けっして、あなたのごめいわくになるようなことは、しません。ぼくにまかせてください。」

警部けいぶ補ほは、明智あけちが名めい探偵たんていであることを、よく知しっていました。警視けいし庁ちょうの捜査そうさ課か長ちょうでさえも、明智あけちの知恵ちえを借かりることがあるのを、知しっていました。それで、この人ひとの言いうことならば、まちがいはないだろうと、部下ぶかの警官けいかんに、猟銃りょうじゅうを借かりだしてくることを命めいじました。

明智あけちはそのまま、だまって、また塔とうの屋根やねを見みつめています。警部けいぶ補ほも、明智あけちの気質きしつを知しっているのでなにもたずねません。うす雲くもが、月つきの表ひょうをかすめるたびに、塔とう上じょうの怪人かいじんも、地上ちじょうの人々ひとびとの顔かおも、暗くらくなったり、明あかるくなったりして、やがて、二十にじゅう分ふんあまりもたちました。そこへ、さっきの警官けいかんがりっぱな猟銃りょうじゅうを持もって、息いきせききって、もどってきました。明智あけちはそれを受うけると、たまをこめ、銃じゅうを肩かたにあて、塔とうの屋根やねに向むかって、ねらいさだめました。

「明智あけちさん待まってください。犯人はんにんを殺ころしてはこまります。わたしの責任せきにんです。」

警部けいぶ補ほがあわてて、銃じゅうの筒口つつぐちをにぎりました。

「いや、けっして殺ころしません。傷きずつけもしません。まあ、見みていらっしゃい。」

明智あけちはつよく言いいはなって、もう一いち度どねらいをさだめると、猟銃りょうじゅうの引ひきがねを引ひきました。ガンと空気くうきがゆれて、うすい煙けむりがたって、そうして、塔とうの上うえの怪人かいじんがフラフラとよろめくように見みえました。警官けいかんたちはいっせいに、屋根やねの上うえを見みつめました。月つきの光ひかりにてらされて、怪人かいじんはフワリと宙ちゅうに浮うきました。避雷ひらい針はりをはなれて、横よこたおしになり、それから、スレートの屋上おくじょうをすべって、空中くうちゅうを、スーッとおちてくるのです。ヒラヒラする黒くろマントの羽はねが、みるみる大おおきくなり、人々ひとびとの頭あたまの上うえに、あのおそろしい虎とらの顔かおをした怪物かいぶつが、ふってきたのです。警官けいかんたちは「ワーッ。」と言いって飛とびのきました。そして、怪人かいじんが地上ちじょうにころがったのを、たしかめると、またそばへよって行いきました。警官けいかんたちでつくられた輪わの中なかに、二十にじゅう面相めんそうの魔法まほう博士はかせは、生いきているのか死しんでいるのか、じっと横よこたわったまま動うごきません。それが、青あおい月光げっこうにてらされて、まるで火星かせい人にんかなんかのような、ふしぎな姿すがたに見みえるのです。明智あけち探偵たんていは、警官けいかんの輪わをはなれて、ツカツカと怪人かいじんのそばへ近ちかづきました。そして、怪人かいじんの足あしのところに、しゃがんで、何なんかカチッと、音おとをさせたかと思おもうと、立たちどまって、こわきにかかえていた猟銃りょうじゅうをとりなおし、その台座だいざを怪人かいじんの腹はらのへんにあてて、グッとおさえつけました。すると、オヤッ、どうしたというのでしょう。怪人かいじんはブルブルとからだを、ふるわせて、スーッと消きえていくように見みえたのです。ほんとうに、足あしの先さきから、だんだんペチャンコになって、もう腰こしのへんまで、せんべいのように、うすべったくなってしまったではありませんか。

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