← Library‹ 虎の牙 とかれたなぞ

「ワハハハハ……。」

あっけにとられて、ぼんやりしている警官けいかんたちの顔かおを見みて、明智あけち探偵たんていがとつぜん笑わらいだしたのです。いよいよ、わけがわからなくなってきます。

「諸君しょくん、これは人形にんぎょうですよ。ゴム人形にんぎょうですよ。ただ黒くろマントだけがほんもので、あとはすっかりゴムでできているのです。」

「ウッ、すると、あの青銅せいどうの魔人まじんと……。」警部けいぶ補ほが、うなるように言いいました。

「そうです。青銅せいどうの魔人まじんと同おなじしかけで、魔法まほう博士はかせのゴム人形にんぎょうがつくってあったのです。いざというとき、かえだまにつかうつもりで、ちゃんと用意よういしておいたのでしょう。ごらんなさい。その足首あしくびのとめ金がねも、青銅せいどうの魔人まじんとそっくりです。いまぼくが、そのとめ金がねをはずしたので、空気くうきがぬけて、こんなにひらべったくなってしまったのです。」

さっきカチッといったのは、明智あけちがそのとめ金がねをはずした音おとだったのです。この人形にんぎょうは、からだぜんたいが、自動じどう車しゃのチューブよりも、ずっとあついゴムでできていて、その中なかに空気くうきを入いれて、ふくらませてあったのです。からだには、洋服ようふくのラシャをはりつけ、頭あたまにほんとうの毛けをうえ、ひげをはやし、顔かおや手ては絵えの具ぐで人間にんげんらしい色いろにぬってあるのです。メガネまでかけています。

「ぼくは、そこまで気きがつかなかったが、塔とうの上うえの部屋へやの天井てんじょうに秘密ひみつの戸とがあって、そこから屋根やねの上うえへ、出でられるようになっているのでしょう。二十にじゅう面相めんそうはこの人形にんぎょうを持もって、そこから屋根やねの上うえにぬけだし、人形にんぎょうを避雷ひらい針はりにひもでくくっておいて、逃にげだしたのです。ぼくのうった猟銃りょうじゅうのたまで、そのひもが切きれたので、こいつがおちてきたのですよ。」

「すると、あいつは……。」

「たぶん、屋根やねづたいに、逃にげたのでしょう。あいつは、いつでも絹糸けんしの縄なわばしごを持もっていますから、塔とうの屋根やねから本館ほんかんの屋根やねへおりるくらい、わけはありません。本館ほんかんの屋根やねから、どこかへかくれたのですよ。あいつはまだ、この屋敷やしきの中なかにいるはずです。だが、見みはりはだいじょうぶでしょうね。見みはりの警官けいかんは、持もち場ばをはなれてはいないでしょうね。」

「だいじょうぶです。この建物たてもののまわりには、すっかり見みはりがついています。ここにいるのは、持もち場ばのない遊軍ゆうぐんばかりですよ……。それにしても、明智あけちさん、あなたはこれが人形にんぎょうだということが、よくわかりましたね。ぼくたちは、ほんものの魔法まほう博士はかせだと思おもいこんでいたのですが。」

「人形にんぎょうでなければ、猟銃りょうじゅうでうったりなんか、しませんよ。ぼくも、ここから見みただけでは、これが人形にんぎょうだということはわからなかった。見みたのではなくて、頭あたまで考かんがえたのですよ。」

「推理すいりですね。それを聞きかせてください。わたしには、さっぱりわからない。」

「見みはりがついていれば、あいつをさがすのは、いそぐことはありません。では、てっとりばやく、それをここでお話はなしましょう。しかし、だいじょうぶでしょうね。自動じどう車しゃの車庫しゃこは。」

「ガソリンをからっぽにして、そのうえ車庫しゃこの前まえに見みはりがついています。あいつは歩あるいて逃にげるほかはないのです。しかも、まだなんの報告ほうこくもないところをみると、あいつは建物たてものの外そとへは、姿すがたを見みせないのですよ。中なかにいるのです。家いえの中なかのどっかにひそんでいるのです。」

「では、お話はなしましょう。それは、あの『密室みっしつ』のなぞに、かんけいがあるのですよ。あいつはたしかに、あの地下ちか室しつへはいった。そして戸とをしめた。ところが、ぼくらが、ふみこんでみると、影かげも形かたちもなかった。出口でぐちはどこにもない、ただ、空気くうきぬきの小ちいさな穴あなが二ふたつあるばかりで、その下したのほうの穴あなのうちがわのほこりが、何なんかでこすったように、みだれていた。

ぼくはあの時とき、二十にじゅう面相めんそうが、まえに青銅せいどうの魔人まじんのゴム人形にんぎょうで世間せけんをだましたことを思おもいだした。そして、こんどもまた、魔法まほう博士はかせのゴム人形にんぎょうを用意よういしておいたのじゃないかと考かんがえたのです。

ぼくたちは、地下ちか道どうのトンネルの中なかで、おとし穴あなの板いたの橋はしをかけるために、てまどっていた。あいつはそのひまに、どこかにかくしてあった人形にんぎょうを持もちだし、人形にんぎょうの首くびと足あしに長ながいひもをつけて、首くびのほうのひもを上うえの空気くうきぬきの穴あなへ、足あしのひもを下したのほうの穴あなへ通とおし、自分じぶんは穴あなの外そとがわにまわって、そこから、うまくひもを引ひっぱった、としたら、どうです。」

「ウーン、そうか。どうりで、なんだかフラフラした、へんな歩あるきかただと思おもった。電灯でんとうはついていたけれど、ひどくうすぐらかったので、すっかりだまされたわけですね……。しかし、あの入いり口ぐちのドアがしまって、かぎがかかったのは、なぜでしょう。まさか人形にんぎょうがそんなことをするはずはないが……。」

「やっぱり、ひものしかけですよ。長ながいひもを二に重じゅうにして、その先さきの輪わになったところをドアのとってにかけ、ひものはじを空気くうきぬきの穴あなの外そとへのばして、グッと引ひっぱれば、ドアがしまる。あのドアはしめさえすれば、しぜんにかぎがかかるようになっていたのです。ひらく時じにはかぎがいるが、しめる時ときには、かぎがいらないのです。そうして、しめておいて、一いち本ほんのひもをはなし、一いち本ほんだけをたぐりよせれば、ひもはぜんぶ穴あなの外そとへ出でてしまいます。

それから、こんどは、人形にんぎょうを下したの穴あなのすぐそばまで引ひきよせ、穴あなから手てを入いれて、足あしのとめ金がねをはずすと、スーッと空気くうきがぬけて、人形にんぎょうがしなびてしまう。そのグニャグニャになったゴムを、十じゅうセンチの穴あなから、外そとへ引ひっぱりだしたのですよ。」

「なるほど、すっかりわかりました。それで穴あなのうちがわのほこりに、あんなあとがついていたのですね。フーン、うまく考かんがえたな。それにしても、ほこりのあとだけで、そこまで考かんがえついたのは、さすがに明智あけちさんですね。かぶとをぬぎますよ。しかし、そのグニャグニャになった人形にんぎょうを、塔とうの屋根やねにあげる時ときには、また空気くうきを入いれたのでしょうが、こんな大おおきな人形にんぎょうに、そんなにてばやく空気くうきがはいりますかね。」

「それは、青銅せいどうの魔人まじんの時ときとおなじですよ。やはり、この建物たてもののどこかに、自動じどう車しゃのタイヤに空気くうきを入いれるエアー・コンプレッサーがあって、そこから、くだが引ひっぱってあるのです。塔とうの中なかにも、そのくだが来きているのでしょう。エアー・コンプレッサーなら、この人形にんぎょうをふくらますくらい、またたくうちですからね。」

「フーン、じつに、手数てすうのかかるいたずらをやったものですね。こんどの事件じけんは、さいしょから、そうだったが、あいつは魔術まじゅつのうでまえを、見みせびらかしたくて、しかたがないのですね。わたしは、こんなへんてこな犯人はんにんははじめてですよ。」

「そうです。あいつは、こんどはほかになんの目的もくてきもなかったのです。ただ、ぼくをこまらせて、それ見みろと笑わらいたかったのですね。ところが、すっかりぼくにうらをかかれてしまった。この勝負しょうぶもまた、あいつの負まけですよ。ハハ……、考かんがえてみると、なんだか、かわいそうですね。」

明智あけち探偵たんていは、ゆかいそうに笑わらいましたが、そんなふうに安心あんしんしてしまってもいいのでしょうか。怪人かいじんのほうには、まだまだ奥おくの手てがのこっていたのではないでしょうか。

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