← Library‹ 虎の牙 空中浮遊術

そのとき、魔法まほう博士はかせは、白しろいマントをコウモリの羽はねのようにヒラヒラさせながら、両手りょうてで空中くうちゅうをなでるしぐさをしますと、みるみる、その雨戸あまどほどもあるカードが、笑わらっている女王じょおうさまもろとも、空気くうきの中なかへとけこむように、スーッと消きえていってしまいました。

魔法まほう博士はかせの白しろい姿すがたが、舞台ぶたいのまん中なかに立たってうやうやしく一礼いちれいしました。

「みなさん、おどろいていますね。ふしぎですか。ハハハ……。しかし、これぐらいのことでおどろいてはだめですよ。これはほんのこてしらべでふつうの手品てじな師しにだってできる奇術きじゅつですよ。あとで、種明たねあかしをして見みせましょうね。」

博士はかせはそこで、ちょっとことばをきって、例れいの白しろいマントをヒラヒラさせ、ニコニコ笑わらいながら、つづけました。

「さて、つぎの魔術まじゅつですが、これはわたしひとりではできません。みなさんのうちのだれかが、この舞台ぶたいにのぼってくださらなければ、できないのです。エーと、天野あまの勇一ゆういち君くん、きみ、ちょっとここへあがってください。きみはこの中なかで、いちばんかわいい顔かおをしているし、なかなかかしこいし、それに、背せの高たかさがちょうどいいですよ、さあ、ここへいらっしゃい。」

見物けんぶつ席せきの前列ぜんれつにいた勇一ゆういち君くんは、博士はかせにまねかれても、すぐに立たちあがる気きにはなれませんでした。なんだかきみが悪わるいのです。

「ハハハ……、はずかしがっていますね。なあに、きみにへんなことをやらせるわけではありませんよ。いま助手じょしゅがここへ一ひとつの寝台しんだいを持もってきますからね。きみはその上うえに寝ねていればいいのです。さあ、勇気ゆうきを出だして、ここへあがっていらっしゃい。」

勇一ゆういち君くんは、臆病者おくびょうものと言いわれるのは、いやですから、思おもいきって、舞台ぶたいにあがってみようと考かんがえました。となりに腰こしかけている小林こばやし君くんに、目めで相談そうだんしますと、小林こばやし君くんも、うなずいてくれましたので、いきおいよく、席せきを立たって、舞台ぶたいへあがって行いきました。

すると、舞台ぶたいの奥おくから、食堂しょくどうのボーイのような、白しろいつめえり服ふくを着きたふたりの助手じょしゅがあらわれ、長ちょうイスのような、きれいな小こがたの寝台しんだいを、つりだして、舞台ぶたいのまん中なかにおきました。その舞台ぶたいは赤あかや青あおの美うつくしいもようのある白しろいきれでおおわれ、それに銀色ぎんいろのふさがついて、寝台しんだいの足あしの上部じょうぶをグルッととりまいています。ふさの下したから見みえている木きの足あしも白しろくぬってあります。つまり、まっくろな背景はいけいの前まえに、その白しろい美うつくしい寝台しんだいが夢ゆめのように、クッキリと浮うきだして見みえるのです。

「勇一ゆういち君くん、これを着きてください。魔術まじゅつというものは美うつくしくなくては、いけないのでね。」

魔法まほう博士はかせは、助手じょしゅが持もってきた白絹しらぎぬの道化どうけ服ふくのようなものを、勇一ゆういち君くんの洋服ようふくの上うえから着きせてしまいました。

「ほう、よくにあう。かわいいぼっちゃんになったね。さあ、その美うつくしい寝台しんだいの上うえに、横よこになってください。いま、わたしが魔法まほうを使つかうと、きみは、おとぎ話ばなしのように、ふわりふわりと空中くうちゅう旅行りょこうができるのですよ。」

勇一ゆういち君くんが、言いわれるままに、寝台しんだいの上うえに横よこになりますと、魔法まほう博士はかせは、その上うえにおっかぶさるようにして、耳みみのそばに口くちをよせ、ボソボソと、なにごとかささやきました。勇一ゆういち君くんは、ニッコリしながら、しきりにうなずいています。博士はかせは、これからやる奇術きじゅつの種たねを、そっと教おしえたのかもしれません。

見物けんぶつ席せきの少年しょうねんたちは、いったいどんなことがはじまるのかと、目めを皿さらのようにして、舞台ぶたいを見みつめています。

魔法まほう博士はかせは寝台しんだいの横よこに立たって、正面しょうめんを向むくと、見物けんぶつ席せきに向むかって、また、うやうやしく一礼いちれいしました。

「さて、いよいよこれから、空中くうちゅう浮遊ふゆう術じゅつという大だい魔術まじゅつをお目めにかける。ここに寝ねている天野あまの勇一ゆういち少年しょうねんのからだが、わたしの魔法まほうによって、空気くうきよりもかるくなる。そして、ふわふわと宙ちゅうに浮うきあがるのです。たのしい空中くうちゅう旅行りょこうをやるのです。だが、それだけではない。もっとおもしろいことがおこる。みなさんが、アッと言いったまま、口くちがふさがらないような、とほうもないことがおこるのです。では、これからはじめますよ。」

口上こうじょうをおわると、魔法まほう博士はかせは寝台しんだいから二にメートルほどはなれたところに立たって、寝ねている勇一ゆういち君くんの顔かおを、ジーッと見みつめました。まるで催眠さいみん術じゅつでもかけるように、いつまでもにらみつけているのです。

見物けんぶつ席せきの前列ぜんれつにいた小林こばやし少年しょうねんは、博士はかせの目めが、まんまるになったのを見みて、ギョッとしました。博士はかせはいつも糸いとのようにほそい目めをしていたからです、生うまれつき、ほそい目めだと思おもいこんでいたからです。それが、いまはカッと見みひらかれて、まんまるに見みえるではありませんか。べっこうぶちの大おおきなメガネの玉たまの中なかが、目めでいっぱいになっているのです。

催眠さいみん術じゅつをかけるときには、人間にんげんの目めは、あんなおそろしい形かたちになるのでしょうか。世間せけんには、目めの大おおきい人ひとがたくさんあります。しかし、いまの博士はかせの目めは、ただ大おおきいだけではありません。なんだか人間にんげんの目めとは思おもわれないような、ふしぎな光ひかりをはなっているのです。

猛獣もうじゅうの目めです。猛獣もうじゅうが、いまにもえものに飛とびかかろうとするときの、あの身みの毛けもよだつ目めのいろです。

小林こばやし君くんは、思おもわずイスから立たちあがろうとしました。そして、いきなり、舞台ぶたいにかけあがって、「この奇術きじゅつはよしてください!」とさけびたいほどに思おもいました。

ところが、小林こばやし君くんがそう思おもったときには、博士はかせの目めは、いつのまにか、もとのようにほそくなっていました。猛獣もうじゅうの目めはどこかへ消きえてしまって、いつものやさしいほそい目めにかわっていました。

「それじゃあ、いまのは気きのせいだったのかしら。メガネの玉たまが光ひかって、あんなふうに見みえたのかしら。」

小林こばやし君くんは、立たちかけた腰こしをおろして、首くびをかしげました。しかし、なんだか胸むねがドキドキしてしかたがありません。ああ、いまにも、ゾッとするような、おそろしいことがおこるのではないでしょうか。

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