← Library‹ 怪奇四十面相 二十面相の改名

「透明とうめい怪人かいじん」の事件じけんで、名めい探偵たんてい、明智小五郎あけちこごろうに、正体しょうたいを見みやぶられた怪人かいじん二十にじゅう面相めんそうは、そのまま警視けいし庁ちょうの留置りゅうち場じょうに入いれられ、いちおう、とりしらべをうけたのち、未決囚みけつしゅうとして東京とうきょう都内とないのI拘置所こうちしょに、ぶちこまれてしまいました。

二十にじゅう面相めんそうといえば、これまでに、なんどとなく、牢ろうやぶりをして、逃にげだした怪物かいぶつですから、拘置こうち所しょでも、とくべつの注意ちゅういをして、もっとも、見みはりにつごうのよい、げんじゅうな独房どくぼう(ほかの人ひとといっしょにしないで、ひとりだけ入いれておく牢屋ろうや)をえらび、ふつうの見みはりのほかに、ふたりの看守かんしゅが、交代こうたいで、夜よるも昼ひるも、たえまなく、その独房どくぼうのまえに、立たちばんをすることになりました。

なにしろ、「透明とうめい怪人かいじん」という、とほうもない大だい事件じけんの犯人はんにんが、みごとにつかまり、しかも、その犯人はんにんが怪人かいじん二十にじゅう面相めんそうと、わかったのですから、世間せけんは、もう、このうわさで、もちきりです。新聞しんぶんも、怪人かいじんがつかまったいきさつを、くわしく書かきたてますし、人ひとがふたりよれば、お天気てんきのあいさつのかわりに、二十にじゅう面相めんそうの話はなしをするという、ありさまです。

名めい探偵たんてい、明智あけち小五郎こごろうの名声めいせいは、この大おおとり物ものによって、いやがうえにも高たかくなり、「透明とうめい怪人かいじん」をとらえた、日本にっぽんのシャーロック・ホームズとして、西洋せいようの新聞しんぶんにも、明智あけちのてがらばなしが、大おおきくのせられたほどです。

この人気にんきをあてこんで、二ふたつの映画えいが会社かいしゃが、「透明とうめい怪人かいじん」事件じけんの映画えいがをつくることになりましたが、芝居しばいのほうでも、日比谷ひびやと、浅草あさくさの二ふたつの劇場げきじょうで、「透明とうめい怪人かいじん」劇げきが上演じょうえんされるというさわぎでした。

ところが、二十にじゅう面相めんそうが拘置こうち所しょに入いれられてから、五いつ日かめのことです。東京とうきょうでも、いちばん読者どくしゃの多おおい「日本にっぽん新聞しんぶん」に、つぎのような記事きじがデカデカとのせられ、世間せけんをアッとおどろかせました。

「四十よんじゅう面相めんそう」と改名かいめい

いよいよ大だい事業じぎょうにのりだす

拘置こうち所しょ内ないの二十にじゅう面相めんそうから本紙ほんしによせた不敵ふてきの宣言せんげん

きのう午後ごご二に時じ、I拘置こうち所しょ内ないの二十にじゅう面相めんそうから左さのような奇怪きっかいな投書とうしょが、本社ほんしゃ編集へんしゅう局きょくに配達はいたつされた。I拘置こうち所しょに問といあわせると、係官かかりかんがすこしも知しらないうちに、なにかふしぎな手段しゅだんによって、この投書とうしょを郵送ゆうそうしたことがあきらかとなった。二十にじゅう面相めんそうは係官かかりかんにむかって、「おれは大だい奇術きじゅつ師しだ。牢屋ろうやから、だれにも知しられないで、手紙てがみをだすくらいは、あさめしまえだよ。」と、うそぶいていたという。つぎはその投書とうしょの全文ぜんぶんである。

『わたしは明智あけち小五郎こごろうにまけた。しかし、これで、かぶとをぬいでしまったわけではない。ちかく再挙さいきょをはかることは、もちろんだ。奇術きじゅつ師しのわたしには、どんなあつい扉とびらも、どんなげんじゅうな錠じょうまえも、すこしも、やくにたたないのだ。わたしは、いつでも出でたいときに、拘置こうち所しょを出でられる。

しかし、そのまえに、世間せけんに知しらせておきたいことがある。それは、わたしの名なまえについてだ。世間せけんでは、わたしを二十にじゅう面相めんそうと呼よんでいるが、わたしは大だい不平ふへいだ。わたしの顔かおは、たった二十にじゅうぐらいではない。その倍ばいでも、まだ、たりないほどだ。もっとも少すくなく見みても、わたしは、四十よんじゅう以上いじょうの、まったくちがった顔かおを、もっているつもりだ。そこで、わたしは、これから、四十よんじゅう面相めんそうと、なのることにした。二十にじゅう面相めんそうを卒業そつぎょうして四十よんじゅう面相めんそうになったのだ。こんどは、わたしを四十よんじゅう面相めんそうと呼よんでもらいたい――。さて、改名かいめいのてはじめに、わたしは、いままでに、いちども手てがけなかったような、大だい事業じぎょうにとりかかるつもりだ。それが、どんな事業じぎょうだかは、また、あらためて通信つうしんする。』

この記事きじを読よんだ世間せけんの人々ひとびとが、アッとぎょうてんしたことはいうまでもありません。しかし、いちばんおどろいたのは、I拘置こうち所しょ長ちょうです。未決みけつ囚しゅうから、かってに、新聞しんぶん社しゃへ手紙てがみなぞだされては、拘置こうち所しょというものは、ないもどうぜんです。拘置こうち所しょばかりでなく、検察けんさつ庁ちょうや警察けいさつの名誉めいよにもかかわるわけです。

そこでI拘置こうち所しょ長ちょうは、部下ぶかをしかりつけて、もんだいの投書とうしょが、どうして、そとへもちだされたのか、そのすじみちを、手てをつくしてしらべさせましたが、すこしもわかりません。じつにふしぎです。ほんとうに、魔法まほうでもつかわなければ、そんなことができるはずはないのです。

拘置こうち所しょでは、ふたたび、そんなことがおこらないように、いよいよ、見みはりを、げんじゅうにしました。

ところが、それから二ふた日かののちには、またしても、おなじ「日本にっぽん新聞しんぶん」に、四十よんじゅう面相めんそうの第だい二にの投書とうしょが発表はっぴょうされたのです。

四十よんじゅう面相めんそうの新しん事業じぎょう

「黄金おうごんどくろ」の秘密ひみつ

I拘置こうち所しょからふたたび通信つうしん

I拘置こうち所しょにとじこめられている四十よんじゅう面相めんそうは、前回ぜんかいの投書とうしょにひきつづいて、またもや、左ひだりのような第だい二にの通信つうしんを、本社ほんしゃに送おくってきた。こんども、I拘置こうち所しょでは、この手紙てがみが出だされた方法ほうほうについては、想像そうぞうさえできないと言いっている。

『前回ぜんかいのわたしの通信つうしんを、貴紙きしにのせてくださったことを感謝かんしゃする。つづいて、ここに第だい二にの通信つうしんをおくる。まえの通信つうしんに、あたらしい事業じぎょうに着手ちゃくしゅすると書かいたが、その事業じぎょうの一いち部分ぶぶんを、読者どくしゃに知しらせておきたい。

わたしの新しん事業じぎょうとは“黄金おうごんどくろ”の秘密ひみつを、あばくことである。それ以上いじょうくわしいことは、いまは言いえないが、もし、わたしが、その秘密ひみつを発見はっけんすることができたならば、日本にっぽんじゅうを、いや、世界せかいじゅうをおどろかすような、大だい事件じけんとなることを、確信かくしんをもって、予告よこくする。

それには、まず、このI拘置こうち所しょを脱出だっしゅつしなければならない。だが、その日ひも、目めのまえにせまっている。わたしは、やすやすと、牢ろうやぶりをしてみせる。そのかどでにあたって、本紙ほんし読者どくしゃ諸君しょくんの健康けんこうをいのるものである。』

ああ、なんという、ぼうじゃくぶじんの言いいぐさでしょう。拘置こうち所しょの囚人しゅうじんが、まもなく牢ろうやぶりをするぞと、言いいふらしているのです。

この記事きじを読よんだ世間せけんは、ふたたび、わきかえりました。拘置こうち所しょでも、よういならぬじたいとみて、いよいよ警戒けいかいをげんじゅうに、四十よんじゅう面相めんそうの独房どくぼうには、ピストルで武装ぶそうした五ご人にんの看守かんしゅが、すこしもゆだんなく、見みはりをつづけることになりました。

それにしても、四十よんじゅう面相めんそうのやることは、とんと、がてんがいきません。牢ろうやぶりをするぞと、新聞しんぶんに書かけば、ますます、見みはりが、げんじゅうになるばかりではありませんか。自分じぶんで、自分じぶんを、しばっているようなものです。

ところが、あとになって考かんがえてみますと、それが、じつは、大だい奇術きじゅつ師しの秘密ひみつの「手て」であったことがわかりました。四十よんじゅう面相めんそうが、新聞しんぶんにあんな投書とうしょをしたのは、なにも名誉めいよ心しんのためではありません。あれは牢ろうやぶりに、ぜひとも必要ひつような、てだてにすぎませんでした。ああ、なんということでしょう。怪人かいじん四十よんじゅう面相めんそうの、わるぢえは、まったく、おくそこが、知しれないほどです。

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