← Library‹ 怪奇四十面相 歩く百科事典

博士はかせが、鉛筆えんぴつで、その紙かみに、なにか書かきこみながら、むちゅうになって、考かんがえごとをしているとき、地下ちか室しつの一方いっぽうに、じつにふしぎなことが、おこっていました。

この地下ちか室しつは、博士はかせの秘密ひみつ研究けんきゅう室しつで、三方みかたのかべは、天井てんじょうまで本ほんだなになっていて、そこに日本にっぽんと西洋せいようのむずかしい本ほんが、ビッシリつまっているのですが、その一方いっぽうの本ほんだなのいちばん下したの段だんにならんでいる、二十にじゅう冊さつもある大おおきな西洋せいようの百科ひゃっか事典じてんが、まるで、生いきもののように、モゾモゾと動うごきはじめたのです。金きん文字もじのはいった、皮かわ表紙ひょうしのせなかが、ヘビがのたうつように、クネクネと動うごきだしたのです。やっぱり、この洋館ようかんは、化ばけもの屋敷やしきなのでしょうか。

その百科ひゃっか事典じてんは、博士はかせのうしろのほうにあったので、博士はかせは部屋へやのなかに、そんな怪事かいじがおこっていることを、すこしも知しりません。

百科ひゃっか事典じてんの動うごきかたは、ますますはげしくなってきました。二十にじゅう冊さつの大おおきな本ほんのせなかが、波なみのようにゆれるのです。そして、ついには、二十にじゅう冊さつの本ほんが、ゴロッと、本ほんだなのそとへ、ころがりだしてしまいました。

ところが、ゆかの上うえにころがったのを見みると、それは、本ほんではなくて、なんだか巨大きょだいな虫むしのようなものでした。なるほど、本ほんのせなかは、二十にじゅう冊さつぶん、ちゃんとそろっています。そして、それが、波なみうっています。しかし、せなかだけで、本ほんそのものは、なにもなく、大おおきな生いきものがくっついているのです。つまり、いっぴきの生いきもののうしろに、二十にじゅう冊さつの本ほんのせなかだけが、まるで、亀かめのこうのようにかぶさっていたわけです。

見みていると、百科ひゃっか事典じてんの背せ表紙ひょうしをしょった生いきものは、四よん本ほんの足あしで、ソロソロとはいはじめました。これです、これです。いちばんさいしょ、うす暗ぐらい廊下ろうかをはっていた、カブトムシかサソリの化ばけもののようなやつは、この百科ひゃっか事典じてんの背せ表紙ひょうしをせなかにつけた怪物かいぶつだったのです。背せ表紙ひょうしの金きん文字もじが、あんなにチカチカ光ひかってみえたのです。

それから、つぎには、もっとふしぎなことがおこりました。その怪物かいぶつが、ヌーッと、うしろのあしで立たちあがったのです。すると、怪物かいぶつの顔かおが、よく見みえるようになりましたが、おどろいたことには、それは人間にんげんの子こどもの顔かおでした。つまり、小林こばやし少年しょうねんの顔かおだったのです。

小林こばやし君くんが、このまえの晩ばん、四十よんじゅう面相めんそうが逃にげさったあとで、ニヤリと笑わらったのは、このおくの手てを考かんがえついたからでした。あいてが郵便ゆうびんポストに化ばけるなら、こちらは百科ひゃっか事典じてんに化ばけてやるぞと、ふてきな考かんがえを、心こころの中なかにもっていたからです。

小林こばやし君くんは、どうかして、三さん人にんの骸骨がいこつの話はなしを聞ききたいと思おもいました。ドアのすきまからのぞくのでは、じゅうぶん聞ききとれませんし、人ひとにみつかるきけんがあります。そうかといって、地下ちか室しつの中なかには、かくれる場所ばしょもありません。そこで、本ほんだなのうちの、いちばん大おおきな本ほんに化ばけることを、考かんがえついたのです。

小林こばやし君くんは、明智あけち探偵たんてい事務じむ所しょから製本せいほん屋やに注文ちゅうもんして、地下ちか室しつの西洋せいよう百科ひゃっか事典じてんとそっくりの背せ表紙ひょうしの二十にじゅう冊さつ分ぶん、つながっているものをつくらせて、それを亀かめのこうのように、せなかにつけたのです。そして、だれも来こないうちに、地下ちか室しつにしのびこみ、ほんものの百科ひゃっか事典じてんをぬきだして、廊下ろうかのすみの、物置ものおきのようなところにかくし、そのあとの本ほんだなへ、自分じぶんが手足てあしをちぢめて横よこになり、せなかの百科ひゃっか事典じてんの表紙ひょうしをそとにむけて、ジッと、息いきをころしていたのです。二十にじゅう冊さつ分ぶんの背せ表紙ひょうしで、すっかり、からだがかくれてしまいますから、そとから見みれば、そこには、百科ひゃっか事典じてんが、ならんでいるとしか思おもえないのです。

忍術にんじゅつには水遁すいとんの術じゅつ、火遁かとんの術じゅつ、木遁もくとんの術じゅつなどいろいろありますが、小林こばやし君くんの発明はつめいしたのは「書遁しょとんの術じゅつ」とでもいうのでしょう。人ひとの目めの前まえにいながら、それと気きづかれないのですから、これは、たしかに忍術にんじゅつにちがいありません。

四十よんじゅう面相めんそうは、金色きんいろの骸骨がいこつに化ばけて、博士はかせ邸ていにしのびこみ、小林こばやし少年しょうねんは、百科ひゃっか事典じてんに化ばけて、地下ちか室しつに身みをかくしました。この変装へんそうくらべは、どちらが勝かちでしょうか。骸骨がいこつなどよりも「書遁の術じゅつ」という新しん発明はつめいのほうが、はるかにすぐれていたのではないでしょうか。それがしょうこに、四十よんじゅう面相めんそうのほうでは、小林こばやし君くんが地下ちか室しつにしのびこんでいたことを、すこしも知しらないのに、小林こばやし君くんは、四十よんじゅう面相めんそうが、三さん人にんの骸骨がいこつのひとりになりすまして、いまの密談みつだんにくわわっていたことを、ちゃんと知しっているのです。

百科ひゃっか事典じてんの背せ表紙ひょうしをしょって立たちあがった、小林こばやし君くんは、テーブルに向むかって考かんがえごとをしていた博士はかせのうしろへ、ソッとしのびより、博士はかせの肩かたごしに、前まえの、かな文字もじの紙かみをのぞきこみました。

金色きんいろの骸骨がいこつのすがたをした博士はかせは、むちゅうになって考かんがえていたので、うしろから、そんな怪物かいぶつがのぞいていることは、すこしも気きづきません。やっぱり、鉛筆えんぴつで、しきりとなにか書かいています。

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