← Library‹ 怪奇四十面相 消える怪人

ひとりの背広せびろの紳士しんしが、見物けんぶつ席せきのうしろからあらわれた警官けいかん隊たいの、まっさきに立たっていましたが、このとき、その紳士しんしはヒラリと舞台ぶたいにとびあがり、ツカツカと俳優はいゆうたちのそばへ近ちかづいていました。この紳士しんしこそ、ほかならぬ、ほんものの中村なかむら係かかり長ちょうだったのです。

俳優はいゆうのふんした中村なかむら係かかり長ちょうと、ほんものの中村なかむら係かかり長ちょうとが、こうして舞台ぶたいのまんなかで、顔かおをあわせました。じつに、ふしぎな光景こうけいです。

「あなたはだれです。これは、いったい、どうしたことです。」

俳優はいゆうの中村なかむら係かかり長ちょうが、めんくらって、どもりながら、たずねます。

「われわれは、あいつを、つかまえにきたのです。ぼくは警視けいし庁ちょう捜査そうさ一いち課かの中村なかむらです。」

「アッ、あなたが中村なかむらさん……。」

俳優はいゆうの中村なかむら係かかり長ちょうは、おどろきのあまり、タジタジとあとじさりをしました。

「しかし、なぜですか? あの男おとこは、わたしどもの座長ざちょうの村上むらかみ時雄ときおという俳優はいゆうです。村上むらかみが、なにか悪わるいことでもしたのでしょうか。」

「いや、あの男おとこは村上むらかみじゃない。拘置こうち所しょからぬけだしてきたばかりの四十よんじゅう面相めんそうだ。われわれは確証かくしょうをにぎっている。説明せつめいはあとでします。そこを、どいてください。」

「エッ、この男おとこが、あの、四十よんじゅう面相めんそう……。」

俳優はいゆうの中村なかむら係かかり長ちょうは、まっさおになって立たちすくんでしまいました。

この、舞台ぶたいでの問答もんどうが、前まえのほうの見物けんぶつに聞きこえたから、たまりません。たちまち、それが、口くちから口くちへとつたわり、「四十よんじゅう面相めんそうだッ。」「あれが魔術まじゅつ師しの四十よんじゅう面相めんそうだッ。」という、おそれにみちた、つぶやきが、場内じょうないぜんたいにひろがって、見物けんぶつ席せきはわきたつような、さわぎになりました。

気きの強つよい連中れんちゅうは、舞台ぶたいのほうへおしかける。老人ろうじんや、女おんな、子こどもは、こわさがさきにたって、われがちにと、出口でぐちのほうへ、なだれをうつ。おしたおされて、うめく声こえ、子こどもの泣なきごえ、女おんなの悲鳴ひめい、まるで、大地震おおじしんでもおこったようなさわぎです。

このとき、舞台ぶたいの四十よんじゅう面相めんそうは、三方みかたから、せまる警官けいかん隊たいに、おいつめられて、大おおきな化学かがく実験じっけん台だいのうしろに、しりぞいていました。背景はいけいの黒くろビロードの幕まくのまえに、にせ明智あけちの空色そらいろの背広せびろが、クッキリとうきだしてみえています。

「ワハハハ……、じつにゆかいだ。この冒険ぼうけんはたまらないよ。諸君しょくん、四十よんじゅう面相めんそうのさいごを見みとどけてくれたまえ。諸君しょくんは、あとにもさきにも、こんな大おお芝居しばいを、二に度どと見みることは、できないだろう……。それでは、諸君しょくん、おさらば……。」

かれの声こえが、だんだん、かすかになっていったかと思おもうと、ふしぎ、ふしぎ、四十よんじゅう面相めんそうのにせ明智あけちの顔かおが、フッと、かきけすように、見みえなくなってしまったではありませんか。あとには、首くびのない空色そらいろの背広せびろだけが、立たっているのです。

つぎには、その背広せびろの上着うわぎが、ヒラヒラと空中くうちゅうにまいあがり、ひとりでにネクタイがとけ、ワイシャツがぬげたかと思おもうと、その下したには、からだがなくて、まったくの、からっぽなのです。アッと、おどろくまに、こんどは、ズボンがズルズルと下したへさがっていって、腰こしから下したにも、なかみのないことがわかりました。つまり、洋服ようふくやシャツをぬいだ四十よんじゅう面相めんそうのからだは、かんぜんに、消きえてなくなったのです。透明とうめい怪人かいじんになってしまったのです。

警官けいかんたちは、このふしぎを見みせられて、思おもわず、立たちすくんでいましたが、そこへ、舞台ぶたいの横よこから、いきなり、小林こばやし少年しょうねんが、とびだしてきました。そして、大声おおごえに、わめくのでした。

「中村なかむらさん、いつもの手てです。あいつのとくいなブラック・マジックです。四十よんじゅう面相めんそうは洋服ようふくとシャツの下したに、もう一いち枚まい、黒くろいシャツとズボンを着きていたのです。そして、黒くろいきれで、顔かおをつつんだのです。すると、黒幕くろまくのまえでは、なにも見みえなくなってしまうのです。あいつは、黒幕くろまくのあわせめから、舞台ぶたいのうしろへ、逃にげました。はやく追おっかけてください。全身ぜんしんまっ黒くろな怪物かいぶつが、四十よんじゅう面相めんそうです。」

ソレッというので、警官けいかん隊たいは、黒くろビロードの幕まくにおしかけました。二に枚まいの幕まくが、まんなかで、かさなっていて、そこから舞台ぶたいのうらへ、出でられるのです。中村なかむら係かかり長ちょうがさきになって、その黒幕くろまくをくぐりぬけました。

ガランとした、ひろい舞台ぶたいうらには、小ちいさなはだか電灯でんとうが、ところどころにぶらさがっているばかりで、しばらくは、なにも見みえません。

やがて、目めがなれるにつれて、うす暗ぐらいすみずみが、ハッキリ見みえてきましたが、すると、見みあげるような高たかい天井てんじょうから、まるで大おおきなクモのように、まっ黒くろな人間にんげんのかたちをしたものが、ほそいひもで、ぶらさがっていることが、わかりました。

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