← Library‹ 宇宙怪人 空とぶ円盤

空そらとぶ円盤えんばんは、アメリカからはじまって、世界せかいじゅうの空そらにあらわれました。日本にっぽんにもあらわれたことが、ずっとまえの新聞しんぶんにのっていましたが、そのお話はなしのはじまるころには、それが日本にっぽんの空そらに、しきりにあらわれるようになったのです。大おおきなおさらのような丸まるいものが、ひじょうな早はやさで、高たかい空そらを飛とんでいくのです。どこかの国くにの新しんがたの偵察ていさつ飛行ひこう機きではないかという人ひともありました。いや、ひょっとしたら、宇宙うちゅうのどこかの星ほしから、地球ちきゅうのようすを、さぐりにきたのかもしれない、という人ひともありました。

でも、おおくの人ひとは、

「そんなばかなことがあるものか、大だい都会とかいの人ひとが、空そらをながめていて、みんなが見みたのなら信用しんようできるが、山やまおくや、いなかの人ひとが、ひとりや、ふたり見みたというのでは、見みちがいということがある。大おおきな流星りゅうせいを、円盤えんばんのように感かんじたのかもしれない。また空そらには蜃気楼しんきろうのような現象げんしょうがおこるものだから、山道さんどうなどを走はしっている自動じどう車しゃのヘッドライトが、空そらにうつって、ちょうど円盤えんばんが飛とんでいるように、見みえたのかもしれない。いずれにしても、そんなふしぎな飛行ひこう機きなどあるはずがない。なによりのしょうこには、空そらとぶ円盤えんばんが、この地球ちきゅうの上うえへ、一いちどだって着陸ちゃくりくしたことがないじゃないか。」

といって、まじめに考かんがえようともしませんでした。

しかし、空そらとぶ円盤えんばんのほうでは、そんなうわさにはむとんじゃくに、このごろでは、また、ほうぼうの国くにへと、しきりと、あらわれるようになりました。いままで、あまり飛とんでこなかった日本にっぽんの空そらへも、たびたび、すがたをあらわすのです。でも、じっさいに、それを見みた人ひとは、ごくすくないのですから、新聞しんぶんにそのはなしが出でても、見みない人ひとたちは信用しんようしません。きっと、なにかほかのものと、見みまちがえたのだろうと、たかをくくっていました。

ところが、ある日ひのこと、空そらとぶ円盤えんばんをバカにしていた人ひとたちを、アッといったまま、息いきもできないほど、びっくりさせる事件じけんがおこりました。それは、いったい、どんなできごとだったのでしょう。それをおはなしするまえに、まず、平野ひらの少年しょうねんを、ごしょうかいしなければなりません。

平野ひらの少年しょうねんは、小しょう学校がっこうの六ろく年ねん生せいで、おうちは、世田谷せたがや区くのはずれの、さびしいところにありました。平野ひらの君くんのおうちのそばに、北村きたむらさんという、二十にじゅう五ご、六ろく歳さいの、理科りかのことをよく知しっているおじさんがすんでいて、一いち月がつほどまえから、平野ひらの君くんは、その北村きたむらおじさんのうちへ、よく遊あそびにいくようになっていました。平野ひらの君くんは理科りかがすきで、おじさんのお話はなしが、おもしろくてたまらなかったからです。

北村きたむらさんのおうちは、バラックだての、三みつしかへやのない、小ちいさな家いえで、おじさんは、耳みみの遠とおいばあやと、ふたりきりで、そこにすんでいました。おへやには、むずかしい理科りかの本ほんが、たくさんならんでいて、けんび鏡きょうや天体てんたい望遠ぼうえん鏡きょうなどもおいてありました。平野ひらの少年しょうねんは、その望遠ぼうえん鏡きょうで、月つきや火星かせいを見みるのが、だいすきでした。

「おじさん、空そらとぶ円盤えんばんって、ほんとうでしょうか。」

あるとき、平野ひらの少年しょうねんがたずねますと、北村きたむらさんは、まってましたとばかり、空そらとぶ円盤えんばんのせつめいをはじめました。アメリカの、どこのなんという人ひとが、さいしょ、それを見みたということ、そのつぎには、どこ、そのつぎには、どこと、世界せかい各国かっこくにあらわれた、円盤えんばんの歴史れきしを、くわしく話はなし、それから、このお話はなしのさいしょに書かいたように、空そらとぶ円盤えんばんについては、いろいろの考かんがえかたがあることを説明せつめいしたあとで、こんなふうにいうのでした。

「ところで、ぼくの考かんがえだがね。ぼくはこのうわさをバカにしてはいけないとおもうのだよ。見みまちがいといっても、こんなに世界せかい各国かっこくの人ひとが、おなじ見みまちがいをするというのは、へんだからね。

人間にんげんというものは、はじめて見みたものを、信用しんようしないようにできている。新あたらしい発明はつめいでも、おなじことだよ。たとえば、飛行ひこう機きだね。いまから百ひゃく年ねんまえには、人間にんげんが空そらを飛とべるなんて、夢ゆめにも知しらなかった。それよりずっとはやく、鳥とりのように空そらを飛とぶことを考かんがえた人ひとは、たくさんある。日本にっぽんの江戸えど時代じだいにも、じぶんのからだに、大おおきなはねをしばりつけて、空中くうちゅう飛行ひこうをやってみた人ひとがある。しかし、そんな人ひとたちは、きちがいだといわれた。空そらを飛とぶなんて、バカなことができるものかと、ものわらいになった。

それがどうだね。いまでは、五十ごじゅう人にん、六十ろくじゅう人にんという人ひとをのせて、じゆうじざいに空そらを飛とび、二に、三み日かで地球ちきゅうをひとまわりできるほどになってしまった。

だから、空そらとぶ円盤えんばんだって、バカにしてはいけない。われわれの頭あたまでは考かんがえられなくても、もっとべつの世界せかいの人ひとには、わけもないことかもしれないのだからね。」

「べつの世界せかいの人ひとって?」

平野ひらの少年しょうねんは、ふしぎそうな顔かおをしてたずねました。

「つまり地球ちきゅうのそとの世界せかいさ。宇宙うちゅうには地球ちきゅうよりも大おおきい世界せかいが、かずかぎりなく、あるんだからね。」

「アア、それじゃ、火星かせいですか。あれは火星かせいから飛とんでくるのですか。」

平野ひらの少年しょうねんの顔かおが、ポッと赤あかくなりました。そして、胸むねがドキドキしてきました。

「火星かせいかもしれない。もっと、ほかの星ほしかもしれない。いずれにしても、宇宙うちゅうの、どこか、べつの世界せかいから、われわれの地球ちきゅうを偵察ていさつにやってくるということは、考かんがえられないことじゃないからね。」

「それじゃ、あの円盤えんばんの中なかには、どこかの星ほしの世界せかいの人間にんげんが、はいっているのでしょうか。」

「はいっているかもしれない。いないかもしれない。だれも、はいっていなくても、機械きかいのちからで、偵察ていさつできるからね。われわれ地球ちきゅうの人間にんげんが発明はつめいした、無線むせん操縦そうじゅう飛行ひこう機きのことを考かんがえてみたまえ。どこかの星ほしの世界せかいには、あれよりもっと進歩しんぽした機械きかいがあるかもしれない。そうすれば、中なかに人間にんげんがはいっていなくても、じゆうに円盤えんばんを飛とばすことができるし、地球ちきゅうのありさまを、写真しゃしんにとることもできるわけだからね。」

平野ひらの少年しょうねんは、そんな話はなしをきいていますと、こわいような、たのしいような、なんともいえない、気きもちになってくるのでした。

「でも、星ほしの世界せかいの人間にんげんって、いったい、どんなかたちをしているでしょうね。火星かせい人にんはタコみたいなグニャグニャした足あしが、たくさんある、おそろしい怪物かいぶつですね。」

「あれはウエルズという、イギリスの小説しょうせつ家かが考かんがえだしたものだよ。ほんとうは、どんなかたちだか、だれもしらない。だいいち、火星かせいに、生いきものがすんでいるかどうかさえ、わかっていない。だから、円盤えんばんを飛とばしているのは、火星かせいとはかぎらないのだよ。もっと遠とおい、大おおきな星ほしかもしれない。」

「じゃ、タコよりも、もっとおそろしい、かたちをしているのでしょうか。」

「それはなんともいえないね。グニャグニャしたクラゲみたいなやつかもしれない。それとも、ゴツゴツした機械きかいみたいな、かたちをしているかもしれない。また、ひょっとしたら、あんがい、地球ちきゅうの人間にんげんに、似にているかもしれない。」

「こわいなあ、もし、そんなやつに、道みちで出でくわしたらどうしよう。」

「ハハハ……、わからないよ。出でくわすかも、わからないよ。あの円盤えんばんの中なかに、星ほしの人間にんげんがはいっていて、円盤えんばんが、地球ちきゅうのどこかへ着陸ちゃくりくしたとすればね。」

北村きたむらさんは、そういって、平野ひらの少年しょうねんの顔かおを、じっとみつめました。

平野ひらの君くんは、そのとき、ゾーッと、からだが、しびれたようになって、いっしゅんかん目めの前まえがモヤモヤとかすみ、北村きたむらのおじさんが、とほうもない怪物かいぶつのように見みえました。

「どうしたんだい、平野ひらの君くん。そんなこわい顔かおして、ぼくをにらみつけて。」

「いえ、なんでもないんです。もういいんです。」

それは、むろん気きのせいでした。北村きたむらさんは、いつものような、やさしい顔かおでニコニコ笑わらっているのでした。

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