北村青年が考えだした「巨大なネズミとり器」というのは、つぎのようなことでした。それを警察でも、やってみることになったのです。
平野君のおうちから、一キロほどいったところに、ひろっぱがあって、そのまんなかに、焼けのこったコンクリートのくらが、ポツンとたっていました。警察は、そのくらを持ち主からかりうけて、中を部屋のようになおし、電灯をひき、机やイスやベッドをいれ、人が住めるようにしました。そのうえ、くらの入り口に奇妙なしかけをつくったのです。それが、どんなしかけであったかは、あとでわかります。
すっかり、じゅんびができあがると、いよいよ、平野ゆりかさんが、ただひとりで、そのコンクリートのくらの中に住むことになったのです。ゆりかさんは、ある日、こっそりと自動車で、くらの中にひっこしをしました。そして、まいにち、バイオリンをひいて、くらしていました。
ひろっぱの一方のはじに、小さなアパートがありましたが、ちょうど、ゆりかさんがひっこしをした日に、そのアパートの二階の一室を、ひとりの男がかりうけました。
それは、三十歳ぐらいの、会社員のような人でしたが、べつに、会社へいくようすもなく、一日じゅう、アパートの部屋にとじこもって、窓のカーテンのすきまから、そっと、ひろっぱのほうをのぞいているのでした。
その窓は、ちょうど、ゆりかさんの住んでいる、コンクリートのくらの入り口に、むきあっているので、くらへ出いりするものがあれば、ひとめでわかるのです。
男は、ただ、すき見するだけでなく、大きな双眼鏡を持っていて、それを目にあてて、カーテンのすきまから、のぞいていることもあります。
いや、それだけではありません。その部屋には、電気のスイッチ盤のような、たくさんボタンのついた機械がおいてあって、男は、ときどき、そのボタンを押しているのです。ボタンのそばには、ひとつひとつ、小さな紙がはってあり、それに、『音楽』だとか、『電灯』だとか、『ガス』だとか、みょうなことばが書いてあります。
また、このアパートの部屋へ、ときどき、こっそりたずねてくる人がありました。おとなの人もきましたが、少年の客もありました。その少年は、ほかならぬ明智探偵の助手の小林君でした。
小林少年は、その部屋のドアを、コツコツコツと、暗号のようなたたきかたをして、はいってくると、男のそばによって、ヒソヒソとささやくのでした。
「まだ、やってきませんか。」
すると、男も、ささやき声で、こたえます。
「まだだよ。いくら、やっこさんでも、昼間はこられないだろう。今夜は、きっと、やってくるよ。うまく、わなにかかってくれればいいがね。」
「夜でも、だいじょうぶ、見えますか。」
「見えるよ、くらの入り口のそとに、電灯をつけたからね。それに、この双眼鏡のレンズは、明かるいのだから、手にとるように見える。」
もうおわかりでしょう。このふしぎな男は、宇宙怪人をとらえるための、巨大なコンクリートのわなを見はっている、警視庁のうでききの刑事だったのです。
これで怪物をとりこにするじゅんびは、すっかりできました。あとはただ、あのおそろしいやつが、コンクリートのくらへ、しのびこむのをまつばかりです。
さて、その夜、どんなことがおこったのでしょうか。怪物ははたして、このわなにかかったでしょうか。
それにしても、いろいろ、わからないことがあります。くらの入り口には、どんなしかけがしてあったのでしょう。また、刑事のかりた、部屋のスイッチ盤は、いったい、なんのためのものだったのでしょう。『音楽』とか『ガス』とかの押しボタンは、なにを意味するのでしょう。
いや、それよりも、もっと心配なことがあります。もし怪人がわなにとじこめられたら、ゆりかさんはどうなるのでしょう。ゆりかさんが逃げだして、怪人だけをとりこにするというようなことが、できるのでしょうか。たとえ、それができるにしても、ゆりかさんは死ぬほど、こわい思いをしなければなりません。ゆりかさんも、ゆりかさんのおとうさんも、どうして、そんな、あぶないことを、しょうちしたのでしょう。
さて、その夜のことです。はたして、怪人は、どこからともなく、ひろっぱに、すがたをあらわしました。いつものオーバーに、ソフト、銀仮面のいでたちです。
コンクリートのくらの中からは、あのゆりかさんのうつくしいバイオリンのねいろが、かすかに、流れだしていました。怪人はそのねいろに、ひきつけられるように、くらのうらがわへ、しのびよりました。
くらのうらがわには、鉄棒のはまった、小さな窓があります。怪人は、しばらく、あたりのようすを見まわしたあとで、パッと、その窓にとびつき、鉄棒につかまって、中をのぞきこみました。
くらの中には、青いシェードの卓上電灯が、ボンヤリついていました。そして、その机のむこうがわで、ゆりかさんが、いっしんにバイオリンをひいていました。
怪人のぶきみな銀色の顔が、窓の鉄棒にくっついて、じっと、そのゆりかさんのすがたを見つめています。ゆりかさんは、すこしも、それに、気がつきません。
やがて、怪人は窓からおりると、あの、へんな歩きかたで、ソロソロと、くらのおもてがわのほうへまわってきました。
くらの正面には、かんのんびらきの重い鉄の扉が、しまっています。怪人は、そのまえにたどりつくと、扉の錠まえをしらべました。そして、かぎがかかっていないことがわかると、扉に手をあけて、ソッと二センチほどひらき、そのほそいすきまから、中をのぞきこみました。
ゆりかさんは、むこうむきになって、やっぱりバイオリンをひいています。入り口の扉が、ほそめにひらいたことなど、すこしも知らないのです。
やがて、扉が、すこしずつ、すこしずつ、動きはじめました。怪人が、用心ぶかく、それをひらいているのです。
長いあいだかかって、やっと、一方の扉が、すっかりひらきました。怪人は、くらの中へ、足音をしのばせて、はいっていきました。
そのときです。とつぜん、ガチャン、ドシーンという、おそろしい音がしました。なにかが、上から落ちてきたのです。
怪人は、ハッとしたように、うしろをふりむきました。すると、そこには、くらの入り口いっぱいのがんじょうな鉄ごうしが、たちふさがっていることが、わかりました。いまのは、それが上から、落ちた音だったのです。
さすがの宇宙怪人も、それと気づかなかったのですが、いまふみこんだ、くらの入り口のゆか板が、一枚だけ、すこし動くようになっていました。だれかが、それをふむと、板の下に、電気じかけがあって、入り口の上に、とめてあった鉄ごうしがはずれ、ガチャンと、落ちるようになっていたのです。つまり、ネズミとりを、何百倍も大きくしたような、しかけだったのです。
怪人は、いきなり、その鉄ごうしにとびついて、力まかせに、上にあげようとしましたが、太い鉄棒をくみあわせた、ひじょうに重いこうしですから、いくら怪人の力でも、ビクともするものではありません。
こうして、ついに、怪人は、とらわれの身となったのです。巨大なネズミとりにかかって、いかな魔力をもっても、どうしても、ぬけだすことのできない身のうえとなったのです。
しかし、とらわれたのは、怪人だけではありません。くらの中には、ゆりかさんがいます。そのときになっても、まだ、むこうをむいたままで、じっとしているではありませんか。
怪人は、いよいよ、出られないとわかると、クルッと、むきをかえて、ゆりかさんのすがたを、にらみつけました。そして、いきなり、両手をひろげると、パッと、そのほうへ、とびかかっていきました。
ああ、これは、いったい、どうしたことでしょう。警察の人たちは、怪人をとらえたいばかりに、このうつくしい少女をいけにえにしたのでしょうか。ゆりかさんが、怪物に殺されても、かまわないというのでしょうか。
そんな、むちゃなことが、あってよいものでしょうか。