← Library‹ 鉄塔の怪人 地下室の妖虫

さて、その夜よるの九きゅう時じかっきりに、高橋たかはしさんは、おばけやしきの地下ちか室しつの階段かいだんをおりていきました。札さつたばのはいったふろしきづつみの一ひとつをこわきにかかえ、一ひとつを、左手ひだりてにさげ、右手みぎてには懐中かいちゅう電灯でんとうを持もって、足あしもとをてらしながら、一段いちだん一段いちだん、おずおずと階段かいだんをおりていきます。

まだ雨あめはふっていませんが、いつふりだすかわからないような、まっ暗くらな夜よるです。道みちもない草くさむらをかきわけて、ここまで来くるのもやっとでした。高橋たかはしさんは、りっぱな実業じつぎょう家かですから、おばけをこわがるような人ひとではありませんが、それでも、なんとなく気味きみがわるいのです。それに、地下ちか室しつに待まちかまえているあいてが、例れいのおそろしいカブトムシだと思おもうと、なんだかゾーッとしてくるのでした。でも、かわいい賢二けんじ君くんを、とりもどすためですから、どんなことでも、がまんするつもりです。

コンクリートの階段かいだんは、ひびわれて、そのあいだから草くさがはえているので、うっかりすると、足あしがすべりそうになります。高橋たかはしさんは用心ようじんしながら、だんだんふかく、おりていきました。

「懐中かいちゅう電灯でんとうをけすんだっ。」

足あしのしたの穴あなの中なかから、気味きみのわるい声こえが、ひびいてきました。高橋たかはしさんはビクッとして、立たちどまりましたが、それは地下ちか室しつに待まっている怪人かいじんの声こえとわかったので、懐中かいちゅう電灯でんとうをけしてポケットに入いれ、

「わしは高橋たかはしだ。賢二けんじはそこにいるのだろうな。」

とたずねました。見みると、地下ちか室しつの中なかからボーッとあかりがさしています。電灯でんとうではありません。ローソクの火ひのようです。

「賢二けんじ君くんはここにいる。きみはひとりだろうね。」

「ひとりだ。やくそくにはそむかないよ。」

「よし、おりてきたまえ。」

高橋たかはしさんは階段かいだんをおりきって、地下ちか室しつへはいりました。やっぱりローソクでした。部屋へやのなかほどに古ふるい木箱きばこがおいてあって、その上うえに一いち本ほんのローソクが立たっているのです。

そのローソクのむこうがわに、なんだか黒くろい大おおきなものが、モゾモゾとうごめいています。高橋たかはしさんはギョッとして、にげだしそうになりました。

そこには、おばけがいたのです。まっ黒くろなやつが、大おおきなまんまるな目めで、じっとこちらをにらんでいたのです。それは、あの人間にんげんよりも大おおきなカブトムシでした。

それはビニールのこしらえもので、中なかには人間にんげんがはいっているのですが、そうと知しっていても、こんなさびしい穴あなぐらの中なかで、この巨大きょだいな妖虫ようちゅうとさしむかいになるのは、気持きもちのよいものではありません。

「ウフフ……、おれの姿すがたが、おそろしいんだな。なあに、きみをとってくうわけじゃない。安心あんしんしたまえ。おれは顔かおを見みられたくないんだ。だから、こんな姿すがたで、やって来きたんだ。きみをおどかすつもりじゃないよ。」

カブトムシの、大おおきなツノの下したのみにくい口くちの中なかから、その声こえが聞きこえてくるのです。中なかに人間にんげんがはいっていることはいうまでもありません。

高橋たかはしさんも、それをきくと、おちつきをとりかえしました。

「賢二けんじは? 賢二けんじはどこにいるんだ。」

「よく見みたまえ。おれのうしろの部屋へやのすみっこにいる。泣なき声ごえをたてられると、うるさいから、さるぐつわがはめてある。きみにひきわたすまでは、このままにしておくよ。」

ローソクの光ひかりがあわいので、いままで気きづかなかったのですが、いわれてみると、部屋へやのすみに、小ちいさい姿すがたが、うずくまっていました。賢二けんじ君くんはかわいそうに、うしろ手でにしばられて、てぬぐいで、しっかり口くちのへんをしばられています。さっきから、おとうさんの姿すがたを見みていたのでしょうが、立たちあがることも、声こえを出だすこともできないのです。たった一いち日にちのあいだに、なんだか、ひどくやせたように見みえます。

「さあ、ここに、やくそくの一千いっせん万まん円えんをもってきた。これをやるから、はやく、賢二けんじの縄なわをといてくれ。」

「よし、金きんはたしかに、うけとった。まさかにせ札さつではなかろう。きみは、そんなこざいくをする人ひととはおもわない。しかしもしにせ札さつだったら、おれのほうには、ちゃんと、しかえしのてだてがあるんだからな。……それじゃ、賢二けんじ君くんはかえしてやる。おれは、こんな不ふ自由じゆうなからだだから、きみがここへ来きて、縄なわをといて、かってに、つれていくがいい。」

いかにも、カブトムシの足あしでは、縄なわをとくこともできないわけです。そこで、高橋たかはしさんは、気味きみのわるいカブトムシのそばをよけるようにして、部屋へやのすみに近ちかづき、賢二けんじ君くんの縄なわをとき、手てをとって、立たちあがらせました。そして、さるぐつわのてぬぐいをほどくと、そのまま、賢二けんじ君くんをひったてるようにして、階段かいだんをかけのぼり、外そとに出でると、いきなり、ポケットの懐中かいちゅう電灯でんとうをとりだして、スイッチをおし、原はらっぱのほうにむかって、ふりてらしました。

それがあいずでした。やみの中なかから、草くさむらをはうようにして、黒くろいかげが、あちらからも、こちらからも、地下ちか室しつの入口いりぐちにむかって、かけよって来きました。いうまでもなく、中村なかむら警部けいぶの部下ぶかの刑事けいじたちです。

すこしも音おとをたてないで、黒くろい人ひとの姿すがたが、ひとり、ふたり、三さん人にん、五ご人にん、十じゅう人にん、たちまち地下ちか室しつの入口いりぐちに集あつまりました。暗くらくて、よくわかりませんが、夕方ゆうがたのご用ようききにばけた刑事けいじも、その中なかにいるのでしょう。十じゅう人にんが十じゅう人にんとも、てんでに、いろいろなものにばけています。刑事けいじや警官けいかんらしい姿すがたの人ひとは、ひとりもおりません。

地下ちか室しつは一方いっぽう口くちです。この階段かいだんのほかに出口でぐちはありません。もう怪人かいじんは、ふくろのネズミです。こちらは十じゅう人にん、あいてはひとり、いかなる魔法まほうつかいの怪人かいじんでも、とても、かなうものではありません。

声こえもたてず、刑事けいじたちは、つぎつぎと階段かいだんをおりていきました。ローソクはもとのままに、にぶい光ひかりをはなっていました。巨大きょだいな妖虫ようちゅうも、もとの場所ばしょに、うずくまっていました。

刑事けいじたちがはいっていっても、あいてはすこしも動うごきません。シーンとしずまりかえっています。あまりしずかにしているので、なんとなく気味きみがわるくなってきました。

「ぼくたちは警察けいさつのものだ。さすがの怪物かいぶつも、まんまとわなにはまったな。」

ひとりの刑事けいじが、大声おおごえでどなりつけました。すると、ああ、これはどうしたことでしょう。カブトムシが大おおきなツノをふりたてて、いきなり、

「ワハハハ……。」

と笑わらいだしたのです。おかしくてたまらないように、いつまでも笑わらっているのです。

刑事けいじたちは、あっけにとられましたが、もうグズグズしている場合ばあいではありません。さきにたっていた三さん人にんの刑事けいじが、ひとかたまりになって、いきなりカブトムシのからだに、とびかかっていきました。

すると、そのとき、じつにきみょうなことがおこったのです。カブトムシのからだが、三さん人にんの刑事けいじの手ての下もとで、グニャグニャとへこんでいったのです。

刑事けいじたちは、たおれそうになるのをやっとふみこたえて、おもわず、「あっ。」と、おどろきのさけび声ごえをたてました。

カブトムシのからだは、からっぽだったのです。中なかの人間にんげんは、いつのまにか消きえうせていたのです。では、いま、あんな大おおきな声こえで、笑わらったやつは、いったいどこへいったのでしょう。カブトムシのぬけがらが、笑わらうはずがないではありませんか。

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