← Library‹ 鉄塔の怪人 落とし穴

高橋たかはしさんは、すぐに、このふしぎなできごとを、電話でんわで警視けいし庁ちょうの捜査そうさ課かにしらせました。捜査そうさ第だい一いち課かの中村なかむら警部けいぶとは、心こころやすいあいだがらだったからです。

その晩ばんのうちに、中村なかむら警部けいぶが、数すう名めいの刑事けいじをつれて、しらべに来きてくれましたが、けっきょく、なんの手てがかりも発見はっけんされず、むなしく引ひきあげるほかはありませんでした。書生しょせいの青木あおきは、きびしく、しらべられましたが、自分じぶんの部屋へやで、寝ねていたのは、うそでないことがわかりました。すると、もうひとりの青木あおきは、いったい何者なにものだったのでしょう。さすがの中村なかむら警部けいぶにも、それは、想像そうぞうがつかないのでした。

中村なかむら警部けいぶのはからいで、その夜よるから、数すう名めいの刑事けいじが、高橋たかはしさんの家いえのまわりを、たえず見みはってくれることになり、賢二けんじ少年しょうねんはしばらく学校がっこうをやすんで、うちにとじこもっていることにしましたが、なにしろ、あいてはおばけみたいなやつですから、ゆだんはなりません。

事件じけんのあったあくる日ひの午後ごご、壮一そういち少年しょうねんは、学校がっこうから帰かえると、おとうさんの部屋へやに行いって、相談そうだんをもちかけました。

「おとうさん、ぼく考かんがえてみたんだけど、こういう事件じけんは、やっぱり、明智あけち小五郎こごろう探偵たんていにたのんだほうがいいんじゃないでしょうか。中村なかむら警部けいぶもえらいけど、明智あけち探偵たんていはもっとえらいんでしょう。」

おとうさんは、しばらく考かんがえたあとで、

「うん、それもいいだろう。それじゃ、わたしが明智あけち事務じむ所しょへ電話でんわをかけて、つごうを聞きいたうえで、広田ひろたをつかいにやることにしよう。広田ひろたなら、わたしたちよりも、よく事情じじょうを知しっているんだからね。」

といって、さっそく電話でんわをかけましたが、明智あけち探偵たんていは、ちょうど事務じむ所しょにいて、午後ごご四し時じごろに来きてくれという返事へんじでした。

時間じかんを見みはからって、広田ひろたは自動じどう車しゃにのって、千代田ちよだ区くの明智あけち事務じむ所しょをたずねました。げんかんのベルをおすと、ひとりの青年せいねんが、中なかからドアをひらきました。広田ひろたが名なまえをいいますと、青年せいねんは、

「わかってます。お待まちしていました。どうかこちらへ。」

といって、さきに立たちながら、

「広田ひろたさん、きょうは用心ようじんしないといけませんぜ。うちの先生せんせいは、ひどくふきげんです。さいぜんから書斎しょさいにとじこもったきり、お茶ちゃをもっていっても、ぼくを入いれてくれないほどですからね。」

と、注意ちゅういしてくれます。

「小林こばやしという有名ゆうめいな少年しょうねん助手じょしゅのかたがいましたね。あなたは小林こばやし君くんではないのでしょう。」

と、たずねると、

「ああ、小林こばやしですか。きょうは、遠とおくへつかいに行いって、るすです。先生せんせいのおくさんも女中じょちゅうをつれて、おでかけで、うちには先生せんせいとぼくとふたりきりですよ。ぼくは、ちかごろ先生せんせいの助手じょしゅになった近田ちかだというもんです。これでも名めい探偵たんていのたまごですよ。」

と、この青年せいねん、なかなかおしゃべりです。

やがて書斎しょさいの前まえに来くると、助手じょしゅは、かるくドアをノックして、「高橋たかはしさんのおつかいの人ひとです。」と、大おおきな声こえでいいました。

すると、中なかから、ドアがほそめにひらいて、明智あけち探偵たんていのモジャモジャ頭あたまの顔かおが、チラッとのぞき、

「つかいの人ひとだけ、おはいりなさい。近田ちかだ、きみはベルをならすまで、用事ようじはない。あっちへ行いっていなさい。」

と、なるほど、ふきげんらしい声こえです。

中なかにはいってみますと、写真しゃしんでおなじみの明智あけち探偵たんていが、きょうも黒くろい背広せびろをきて立たっていました。明智あけちは、広田ひろたが、部屋へやにはいるのを待まって、ドアに、ピチンとかぎをかけました。そして、正面しょうめんの大だいデスクのむこうがわにまわると、そこのいすに、どっかりこしかけて、客きゃくには、「おかけなさい。」ともいわず、だまって、こちらをにらみつけています。

広田ひろたは、ていねいにおじぎをしてから、デスクの前まえのいすに、おずおず、腰こしをおろしました。

「どんな用件ようけんだね。」

いつもニコニコしている明智あけちとはちがって、まるで、にがむしをかみつぶしたような顔かおです。

「電話でんわでは、くわしいことを、お話はなしなかったとおもいますが、じつは、このごろ、新聞しんぶんでさわいでいる妖虫ようちゅう事件じけんです。」

妖虫ようちゅう事件じけんといえば、名めい探偵たんていは、きっと、ひざをのりだしてくると思おもったのに、いっこう、そんなようすも見みえません。

「うん、それで。」

と、さきをうながすばかりです。

そこで、広田ひろたは、ゆうべのできごとを、くわしく話はなしましたが、明智あけちは、なにをきいても、すこしもおどろかないのです。無む表情ひょうじょうな顔かおで、うん、うんと聞きいているばかりです。

「賢二けんじぼっちゃんを、まもることが第だい一いちですが、そのうえ犯人はんにんがつかまれば、こんなありがたいことはありません。どうでしょう、ひとつ、この事件じけんをおひきうけくださいませんでしょうか。」

広田ひろたはそこで、ことばをきって、じっと返事へんじを待まっていましたが、明智あけちはやっぱり、こちらをジロジロ見みているばかりで、なにもいいません。なんだか、うすきみが、わるくなってきました。

「どうでしょうか。先生せんせい、ぜひ、ごしょうちねがいたいのですが……。」

「きみは、ぼくに、それをたのみたいというのかね。」

明智あけちの目めつきが、きゅうに変かわったように見みえました。声こえもちがってきたようです。広田ひろたはなぜかドキッとしてあいての顔かおをみつめていますと、明智あけちは、ますます、へんなことをいいだしました。

「きみにきくがね。きみはいったい、だれと話はなしをしていると思おもっているんだね。」

「むろん、先生せんせいとです。先生せんせいに、事件じけんのごいらいに来きたのです。」

「先生せんせいって、だれだね。」

「明智あけち小五郎こごろう先生せんせいです。」

広田ひろたは、あまりバカバカしい問答もんどうに、おもわず、声こえが高たかくなりました。

「ホホウ、明智あけち小五郎こごろう。ぼくが、その明智あけち小五郎こごろうだとでもいうのかね。」

広田ひろたは、びっくりして、いすから、腰こしをあげました。

「あなたは、明智あけち先生せんせいじゃないのですか。」

「わしが明智あけちに見みえるかね。」

「え、なんですって。」

「おれが明智あけちに見みえるかと、きいたのさ。ハハハハ……。おれも変装へんそうがうまくなったものだなあ。アハハハ……。」

その笑わらい声ごえをきくと、広田ひろたは、はっとあることに気きづきました。

「さては、きみは、おばけカブトムシの同類どうるいだなっ。」

「ハハハ……、そのとおり。きみは、なかなか頭あたまがいいよ。」

「で、ぼくをどうしようというのだ。」

「ちょっと、とりこにしておくのさ。おっと、にげようったって、にげられやしないよ。そうそう、そこに立たっていなさい。いま、明智あけち探偵たんていの発明はつめいしたカラクリじかけをお目めにかけるからね。名めい探偵たんていさん、いいものを発明はつめいしておいてくれたよ……。」

そのことばもおわらぬうちに、おそろしいことがおこりました。広田ひろた青年せいねんの足あしの下したの床板ゆかいたが、スーッと消きえてしまったのです。あっというまに、広田ひろたのからだは、下したへ下したへと、おそろしいいきおいで、落おちていきました。めまいがして、なにがなんだか、わからなくなったかと思おもうと、ガクンと、背骨せぼねがおれるような、いたみをかんじて、そのまま気きが遠とおくなってしまいました。

「ハハハ。どうだね、穴あなぐらの、いごこちは? きみはゆうべ、カブトムシを見みつけて、さわぎたてた張本ちょうほん人にんだ。きみさえいなければ、うまくいったのだ。そのばつだよ。まあ、そこで、ゆっくり寝ねていたまえ……。」

そして、バタンという音おとがしたかと思おもうと、あとは墓穴はかあなのような、暗くらやみにとざされてしまいました。それは、ほんとうの明智あけち探偵たんていが悪人あくにんをとらえるためにつくっておいた、落おとし穴あなだったのです。

さて、にせの明智あけち探偵たんていは、広田ひろたをとじこめておいて、これから、なにをしようというのでしょうか。

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