← Library‹ 灰色の巨人 空中のとりもの

サーカスのがくやは、大だいテントの横よこの小しょうテントの中なかにあるのですが、そこに数十すうじゅう人にんの座員ざいんがはいっているので、たいへんなこんざつです。そのがくやの一方いっぽうのすみに、さっき、「十じゅう人にんの女王じょおうさま」に出でた若わかい女おんなの人ひとたちが、まだ女王じょおうさまの赤あかい服ふくのままで、かたまっていました。みんな長ながぐつをぬいでいましたが、宝冠ほうかんはまだかぶったままです。そこへ、道化どうけ師しの一いち寸すん法師ほうしが、こそこそとはいってきました。もう道化どうけ服ふくはぬいで、ふだんぎのジャンパー姿すがたです。かれは、女王じょおうさまたちの中なかのひとりの女おんなの人ひとのそばに近ちかづいて、その耳みみに、なにかささやきました。その女おんなの人ひとは、「にじの宝冠ほうかん」をかぶっているのです。

にじの女王じょおうさまは、一いち寸すん法師ほうしのささやきをきくと、びっくりしたように立たちあがって、キョロキョロとあたりを見みまわしました。そして、いきなり、人ひとびとをかきわけるようにして、テントのうら口ぐちへとび出だしました。

うら口ぐちから外そとをのぞくと、そこには、制服せいふくの警官けいかんがふたり、目めをひからせて立たっていました。にじの女王じょおうは、それを見みて、おどろいて首くびをひっこめました。そして、はんたいに、こんどは大だいテントの方ほうへ走はしりだしました。

ちょうどそのとき、明智あけち探偵たんていと中村なかむら警部けいぶが、がくや口くちへやってきました。にじの女王じょおうは、ふたりのわきをサッとすりぬけて、大だいテントの中なかへ、とびこみました。

「あっ、いまの女おんなが、そうだっ。」

明智あけち探偵たんていは、いそいで、そのあとを追おいます。中村なかむら警部けいぶも、いっしょに走はしりだしました。

にじの女王じょおうは大だいテントに走はしりこむと、てんじょうのぶらんこから、さがっている綱つなにつかまると、スルスルと、それをのぼっていきます。宝冠ほうかんをかぶった赤あかい服ふくの女王じょおうさまが、てんじょうへのぼっていくのです。

そのとき、場内じょうないが、にわかに、ざわめきはじめました。

「あいつを、つかまえろ。あいつが犯人はんにんだっ。」

砂場すなばにかけつけた中村なかむら警部けいぶが、てんじょうの、にじの女王じょおうをにらみつけて、おそろしい声こえで、どなったのです。

すると、テントの入口いりぐちから、四よん―五ご人にんの私服しふく刑事けいじが、弾丸だんがんのように、とびこんできました。そして、砂場すなばにかけつけると、その中なかのひとりが、いきなり、さがっている綱つなにとびついて、にじの女王じょおうのあとを追おいはじめました。

このただならぬできごとに、見物けんもつせきは、そう立たちになりました。座員ざいんたちも、びっくりして、砂場すなばへ集あつまってきました。

綱つなの上うえの、にじの女王じょおうは、下したから刑事けいじがのぼってくるのを見みると、いっそう手足てあしをはやめて綱つなをのぼり、たちまち、てんじょうにさがっている、ぶらんこにのりました。そして、ぶらんこの棒ぼうにこしかけて、そこにかぎでひっかけてある下したからの綱つなを、とりはずそうとしています。

ああ、あぶない。そのかぎをはずしたら、綱つなの中途ちゅうとまでのぼっている刑事けいじが、まっさかさまに、ついらくするではありませんか。

刑事けいじも、それに気きがつきました。かぎをはずされるまえにのぼりきって、ぶらんこに、とりつかなければなりません。かれは、死しにものぐるいに綱つなをのぼりました。

そして、右手みぎてをぐっとのばして、ぶらんこに、つかまろうとしたときです。

「ワーッ。」

という声こえが、見物けんもつせきから、おこりました。にじの女王じょおうは、あやういところで、かぎをはずしたのです。刑事けいじのつかまっている綱つなが、サーッと下したへおちていきました。刑事けいじは、二十にじゅうメートルの上うえから、ついらくしたのです。

瞬間しゅんかん、場内じょうないは、はかばのように、しいんとしずまりました。みんなが声こえをのんで、ついらくする刑事けいじのからだを、見みつめていたのです。

刑事けいじは、まっさかさまに落おちてきました。そのまま地面じめんにぶっつかれば、気きぜつするか、死しんでしまうかです。人ひとびとは手てにあせをにぎりました。

しかし、刑事けいじは運うんがよかったのです。ぶらんこは、砂場すなばの上うえにはりつめた、救命きゅうめい網もうの上うえにありました。刑事けいじはその網あみに落おちたのです。かれのからだは、太ふとい網あみの上うえで、まるくなって、ぽんぽんと、二に―三さん度ど、はずみました。そして、うまく助たすかったのです。

中村なかむら警部けいぶは、男おとこの座員ざいんの中なかから、空中くうちゅうサーカスになれた人ひとたちをえらんで、にじの女王じょおうを、つかまえてくれとたのみました。すると、強つよそうな三さん人にんの男おとこが、ぴったりと身みについたシャツとズボン下かの、あの衣装いしょうで、三方みかたからべつの綱つなをつたって、スルスルと、てんじょうにのぼっていきました。

ぶらんこの上うえのにじの女王じょおうは、それを見みると、あわてました。じぶんより空中くうちゅう曲芸きょくげいのじょうずな男おとこたちに、三方みかたから取とりまかれては、どうすることもできないからです。

女王じょおうは、きちがいのように、ぶらんこをふりはじめました。大だいテントのてんじょうで、宝冠ほうかんと金きんモールの赤あかい服ふくが、サーッ、サーッと大おおきくゆれて、そのたびにキラッ、キラッと美うつくしいにじが立たつのです。

男おとこたちは、もう、てんじょうにのぼっていました。てんじょうには、ぶらんこをさげる木きの棒ぼうが、たてよこに組くみあわせてあります。男おとこたちは、その棒ぼうをつたって、三方みかたから、女王じょおうのぶらんこにせまっていきました。

ぶらんこは、大だいテントのてんじょうにとどくほども、大おおきくゆれていました。それが上うえにあがったときには、にじの女王じょおうのからだが、まっさかさまになるほどです。でも、宝冠ほうかんが落おちる心配しんぱいはありません。宝冠ほうかんはほそいひもで、しっかり、あごにくくりつけてあるのです。

三さん人にんの男おとこのうちのひとりは、もうぶらんこのま上うえまで来きていました。そこの棒ぼうの上うえに、からだをよこにして、手てをのばして、ぶらんこの綱つなをつかもうとしています。

しかし、女王じょおうさまのほうが、すばやかったのです。かのじょは、ぶらんこが、いちばん高たかくあがったとき、パッと手てをはなして、てんじょうの木きの棒ぼうにとびつきました。そして、その棒ぼうの上うえに、すっくと立たちあがると、大だいテントの合あわせめを、ぐっとひらいて、そこをくぐって、テントのそとへ出でてしまいました。

つまり、サーカスのやねの上うえへ、のぼったのです。

三さん人にんの男おとこたちは、いそいで、そのあとを追おいました。そして、同おなじテントの合あわせめから、つぎつぎと、やねの上うえへ出でていきました。

見物けんぶつ人にんたちには、もう、その姿すがたが見みえません。ただ、テントのぬのに、四よんつの黒くろいかげが、うつっているばかりです。その黒くろいかげが、高たかい高たかいテントのやねで、おそろしいおにごっこを、はじめたのです。

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