← Library‹ 海底の魔術師 鉄の人魚

やはり、そのころ、潜水せんすい作業さぎょうのおこなわれていた近ちかくの海岸かいがんにある大戸おおど村むらに、ふしぎなことがおこっていました。

大戸おおど村むらは漁師りょうしばかりのすんでいる、さびしい村むらでしたが、その村むらの漁師りょうしの子こに、真田一郎さなだいちろうという少年しょうねんがおりました。

おとうさんは、発動はつどう機きのついた漁船ぎょせんをもっていて、村むらいちばんの漁りょうの名人めいじんでした。一郎いちろう君くんは近ちかくの町まちの中ちゅう学校がっこうの一いち年ねん生せいで、ゆくすえは、おとうさんよりも、りっぱな漁師りょうしになって、遠洋えんよう漁業ぎょぎょうをやりたい希望きぼうでした。そのために、専門せんもんの学校がっこうへ入いれてもらうやくそくが、ちゃんとできているのです。

そういう少年しょうねんですから、海うみが、なによりもすきでした。泳およぎもじょうずで、四よんキロぐらいは、へいきで泳およげましたし、やすみには、おとうさんの船ふねにのって、漁りょうのおてつだいに出でるのが、いちばんのたのしみでした。船ふねにものれないし、泳およぎもできないときには、学校がっこうから帰かえると、村むらはずれの高たかい岩山いわやまの上うえから、太平たいへい洋ようをながめるのが、日課にっかのようになっていました。

たったひとりで、岩山いわやまのてっぺんに腰こしをおろして、ひざの上うえにほおづえをついて、じっと、いつまでも、海うみをながめているのです。はるかむこうのアメリカ大陸たいりくまで、無限むげんにひろがっている広大こうだいな海うみ、なんとのびのびとした、美うつくしいけしきでしょう。同おなじ海うみでも、その美うつくしさは、時ときによって、びっくりするほど、ちがって見みえるのです。まるでかがみのような静しずかななぎのとき、海うみ一面いちめんがあわだち、にえたぎるような、あらしのとき、朝日あさひ、夕日ゆうひにまっかにいろどられた海うみ、満月まんげつの光ひかりで銀色ぎんいろにかがやく海うみ、そのひとつひとつが、みんな、たましいもとろけるように、美うつくしいのです。

その夕方ゆうがたも、一郎いちろう君くんは、学校がっこうから帰かえると、いそぎの宿題しゅくだいをすませてから、うちをかけだして、岩山いわやまの上うえにのぼり、そのてっぺんに腰こしをおろして、なつかしい巨大きょだいなおかあさんのような海うみに、じっと見みいっていました。

しばらくすると、大空おおぞらにたなびいている長ながい雲くもが、黄色きいろくなり、やがて、だんだん赤あかくなって、まるで色いろガラスのようなまっかな色いろになり、それがひろい海うみにまでそまって、見みわたすかぎりの水みずが、えのぐをとかしたように、美うつくしくかがやくのでした。ふりむくとたらいのように大おおきなまっかな太陽たいようが、いま、うしろの山やまにかくれようとしているのです。

そのときでした。一郎いちろう君くんはふと岩山いわやまの下したの波なみうちぎわを、見みおろしましたが、そこの岩いわの上うえに、なんだか黒くろいみょうなものが、うごめいているのを発見はっけんし、はっとして、目めをこらしました。

二十にじゅうメートルも下したの海岸かいがんですから、こまかいことはわかりませんが、いままで、一いち度ども見みたことのない、ふしぎなものが、そこの岩いわの上うえにうずくまっているのです。

「あっ、黒くろい人魚にんぎょだ!」

一郎いちろう君くんは、おもわず声こえをたてました。そのものは、さかなのしっぽの上うえに人間にんげんのからだがついているような形かたちをしていました。からだはまっ黒くろで、ゴツゴツしていますけれど、その形かたちは、なにかの絵えで見みた人魚にんぎょとよくにていました。

絵えの人魚にんぎょはウロコのあるさかなのしっぽの上うえに、美うつくしいはだかの女おんなの人ひとが、長ながい黒髪くろかみを、うしろにたらしているのですが、いま目めの下したにいる人魚にんぎょは、まっ黒くろで、なんだか鉄てつででもできているように、四よん角かくばって、がんじょうに見みえるのです。また、さかなのようなしっぽも、ウロコが銀色ぎんいろにひかっているのではなくて、ワニのように、かたいいかめしいしっぽのようです。

一郎いちろう君くんは、人魚にんぎょなんて、じっさいにあるものではないと信しんじていました。その、この世よにいないはずの人魚にんぎょが、しかも鉄てつのようにいかめしい人魚にんぎょが、いま、目めの下したの岩いわの上うえに動うごいているのを見みたのですから、じぶんの目めを、うたがわないでいられません。頭あたまがどうかしたのではないかと、おそろしくなってきました。

しかし、一郎いちろう君くんは勇気ゆうきのある少年しょうねんでした。おそろしいものを見みたからといって、びっくりして、にげかえるような弱虫よわむしではありません。にげるどころか、はんたいに、もっと近ちかくから、あの怪物かいぶつの姿すがたをはっきり見みきわめてやろうと決心けっしんしたのです。

うらみちづたいに、岩山いわやまをかけおりて、海岸かいがんにあるトンネルのような岩いわのかげから、そっと怪物かいぶつをのぞきました。怪物かいぶつのこしかけている岩いわは、つい目めのさき十じゅうメートルほどのところにあるのです。

もう太陽たいようがすっかりしずんで、空そらはネズミ色いろに、海うみはどす黒ぐろくなっていました。岩いわのならんだ波なみうちぎわに、白しろい波なみがはげしくうちよせています。そこのひとつの岩いわの上うえに、黒くろい鉄てつのような生いきものが、むこうをむいて、じっとしていました。十じゅうメートルのちかさで見みる怪物かいぶつは、ぞっとするほど、おそろしい姿すがたでした。背中せなかのトサカみたいなものは、まるで剣つるぎをならべたように、するどくとがっています。大おおきなしっぽは鉄てつのワニのようで、動うごくとガチャガチャと音おとがしそうです。

一郎いちろう君くんのいきづかいが、はげしくなってきました。いったい、こんなおそろしい怪物かいぶつが、太平たいへい洋ようにすんでいたのでしょうか。ふかいふかい海うみの中なかの谷たにぞこには、動物どうぶつ学がく者しゃも知しらないような怪物かいぶつがいると、きいていましたが、それがひょっこり、この日本にっぽんの海岸かいがんへ、姿すがたをあらわしたのでしょうか。

ドキドキする胸むねをおさえて、そんなことをかんがえていたとき、怪物かいぶつが身動みうごきをしました。そして、とつぜんぐるっとこちらをふりむいたのです。

一郎いちろう君くんは、心臓しんぞうがのどまでとびあがるような気きがしました。ああ、その怪物かいぶつの顔かお! 一郎いちろう君くんは一生いっしょうがい、わすれることはできないでしょう。背中せなかの、するどいトサカが、頭あたまの上うえまでつづいていました。ほら穴あなみたいに、くぼんだ、大おおきなふたつの目めが、リンのように青あおく光ひかっていました。口くちは耳みみまでさけてそのくちびるのあいだから、ニューッと牙きばがつきだしていました。

一郎いちろう君くんは、それを見みたしゅんかんに、岩いわかげに身みをかくしましたが、怪物かいぶつの方ほうではもうちゃんと気きづいていました。

「ジャ、ジャ、ジャ、ジャ……。」という、鉄てつと鉄てつがすれあうような、気味きみのわるい大おおきな音おとがひびいてきました。あとでわかったのですが、それは怪物かいぶつの笑わらい声ごえだったのです。

「カクレテモ、ダメダ。オレハ、シッテイルゾ。デテコイ、ソシテ、オレノイウコトヲキケ。」

怪物かいぶつの声こえでした。この海底かいていのばけものは、日本にっぽん語ごをしゃべるのです。しかし、発音はつおんはひどくあいまいで、やっぱり鉄てつのすれあうような音おとで、よほど注意ちゅういしないとききとれないのです。

一郎いちろう君くんはもうだめだとおもいました。この怪物かいぶつにつかまえられて海うみの底そこにつれていかれるのだと、決死けっしのかくごをきめました。そして、勇敢ゆうかんにも岩いわかげから顔かおを出だして、怪物かいぶつとにらみあったのです。

「キミハ、ツヨイネ、エライコドモダ。キミナラ、オレノイウコトヲ、ミンナニ、ツタエテクレルダロ。イイカ、ヨクキケ。オレハ、ウミノソコノ、マモノダ。コノムラニハ、モウコナイ。シカシ、マモナク、ニッポンジュウガ、オオサワギニナルダロ、オレガ、シゴトヲ、ハジメルカラダ。ミンナニ、ソウイッテオケ、ウミノソコノ、マモノガ、イヨイヨ、ニッポンニ、ジョウリクシタト、ソウイッテオケ。ワカッタカ。」

そして、また、「ジャ、ジャ、ジャ、……。」と鉄てつのすれあう笑わらい声ごえをたてたかとおもうと、ドブンという音おとがして、たちまち、怪物かいぶつの姿すがたは見みえなくなってしまいました。白波しらなみさかまく海うみの中なかへ、とびこんだのです。

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