← Library‹ 黄金豹 寝台車の怪

園田そのだ邸ていの怪かい事件じけんがあってから、三さん週間しゅうかんほどのちのことです。お話はなしかわって、東京とうきょうと大阪おおさかに店みせをもっている日本にっぽんでも一流いちりゅうの大宝たいほう石商せきしょう、株式かぶしき会社かいしゃ宝玉堂ほうぎょくどうの大阪おおさかの店みせから、二十にじゅう三さん個このダイヤモンドを、東京とうきょうの店みせへ、もっていかなければならないことがおこりました。

一ひとつ五百ごひゃく万まん円えんもする大おおきなダイヤも、まじっていて、二十にじゅう三さん個こで五千ごせん万まん円えんという値ねうちのものですから、途中とちゅうでなくしたり、盗ぬすまれたりしては、たいへんです。そこで大阪おおさかの店みせの支店してん長ちょう次席じせきの野村のむらという人ひとが、じぶんで持もっていくことにしたのですが、いろいろな事情じじょうで、飛行ひこう機きの時間じかんにまにあわなくなり、といって、一日ついたちのばすわけにはいきませんので、しかたなく、夜よるの特急とっきゅう列車れっしゃに乗のりこみました。

汽車きしゃなら一いち等とう寝台しんだいが安全あんぜんだと思おもいました、が、それでは、かえってめだつから、なにげなく二に等とう寝台しんだいに乗のることにしたのです。そのかわり、宝石ほうせきには保険ほけんがかけてありますし、旅行りょこうのあいだ、宝石ほうせきをいれておく場所ばしょにも、特別とくべつの知恵ちえをはたらかせて、じゅうぶん、用心ようじんをしました。そのうえ、若わかい腕うでっぷしの強つよい荒井あらいという社員しゃいんをつれて、ごえいにあたらせることにしたのです。

支店してん長ちょう次席じせきの野村のむらさんは、わざと、上段じょうだんの寝台しんだいをえらび、その下したの寝台しんだいへ、荒井あらいという社員しゃいんを寝ねさせました。そうしておけば、悪者わるものが上段じょうだんへの鉄てつばしごをあがってくれば、下段げだんにいる荒井あらいさんに、すぐわかるので、いっそう安全あんぜんだからです。

そのまよなか、列車れっしゃはいま関せきガ原はらのへんを走はしっていました。上段じょうだんの野村のむらさんは、ダイヤをいれた、まるい革かわのかばんをだくようにして、うとうとと眠ねむっていました。すると、しめきった青あおいカーテンが動うごいて、その合あわせめから、みょうなピカピカ光ひかるものが、ニューッと出でてきました。

野村のむらさんは、なんだかへんな音おとがしたので、ふと目めをひらいて、せまい寝台しんだいのなかを見みまわしました。そして、すぐに、ピカピカ光ひかるものを見みつけたのです。カーテンの合あわせめからのぞいているのは、金色きんいろに光ひかったものです。えたいのしれないへんなものです。よく見みると、その金色きんいろのものには、するどい爪つめがはえていました。猛獣もうじゅうの爪つめです。野村のむらさんはギョッとして、身みをちぢめたまま、息いきをころして、それを見みつめていますと、またカーテンが、ゆらゆらと動うごいて、その合あわせめから、燐りんのような青あおく光ひかる、小ちいさなまるいものが、のぞきました。目めです。猛獣もうじゅうの目めです。それが、ヌーッと、こちらへ近ちかづいてくるのです。そして、猛獣もうじゅうの顔かおぜんたいが、あらわれてきました。

その顔かおは、金色きんいろに光ひかっていました。金色きんいろのなかに、黒くろいはんてんがあるのです。鼻はなのへんに、キューッとしわをよせて、ガッと、まっ赤かな口くちを開ひらきました。白しろいするどい牙きばが、はえています。

「アッ、黄金おうごん豹ひょうだッ!」

野村のむらさんは、それをさとると、気きをうしなうほどの驚おどろきにうたれました。それにしても、あの怪獣かいじゅうが、汽車きしゃの中なかにあらわれるなんて、まるで、恐おそろしい夢ゆめを見みているようです。やっぱり夢ゆめかしら? いや、いや、夢ゆめではない。じぶんは、たしかに目めをさましている。どうして、この人目ひとめにつきやすい怪獣かいじゅうが、汽車きしゃの中なかにはいってきたのか、わからないけれど、こいつは、あの恐おそろしい黄金おうごん豹ひょうにちがいありません。野村のむらさんは、もう生いきたここちもないのです。こいつに、くわれてしまうのではないかという恐おそれと、もうひとつは、五千ごせん万まん円えんのダイヤを、こいつに、とられてしまうのではないかという心配しんぱいで、気きがくるいそうになってくるのです。

野村のむらさんは、寝ねたまま、だんだん、寝台しんだいのすみのほうへ、からだをちぢめて、宝石ほうせきのかばんを、死しにものぐるいでだきしめていました。すると、怪獣かいじゅうの金色きんいろの前足まえあしが、ヌーッと、その宝石ほうせきのかばんのほうへ、のびてきました。しかし、せまい寝台しんだいの中なかですから、逃にげることも、どうすることもできません。

金きんいろの前足まえあしは、恐おそろしい力ちからで、野村のむらさんのだきしめていた宝石ほうせきのかばんを、つかみとってしまいました。そして、まるで人間にんげんのように、もういっぽうの前足まえあしでかばんを開ひらき、それを、青あおく光ひかる目めの前まえへもっていって、しばらく見みていましたが、とつぜん人間にんげんの声こえで、いやな笑わらいかたをしました。

「ウヘヘヘ……、これはみんなにせものだ。そんな、あまい手てにはのらないぞ。さあ、ほんもののダイヤを出だせ。」

怪獣かいじゅうが人間にんげんのことばをつかったので、野村のむらさんは、いよいよ、たまげてしまいました。たしかに、かばんの中なかにいれておいたのは、にせものなのです。ほんもののほうは、うすいニッケルの箱はこにいれて、長ながいきれでつつみ、それを、しっかり腹はらにまいていたのです。

野村のむらさんは、おもわず、その腹はらまきの上うえを、両手りょうてでおさえました。

「ふふん、わかったぞ。さては、腹はらにまいているんだな。」

黄金おうごん豹ひょうはそういって、前足まえあしで、野村のむらさんのきていたパジャマの胸むねをはだけ、いっぽうの前足まえあしを、グッとその中なかにいれて、むりやりに、腹はらまきをひき出だしてしまいました。

そして、腹はらまきの中なかのニッケル箱はこを取とりだし、ふたを開ひらいて、中なかをあらためてから、ピチンとふたをしめて、それを、にせもののはいっている宝石ほうせきかばんにいれると、かばんのさげかわを口くちにくわえて、カーテンのそとへすがたを消けしてしまいました。

野村のむらさんは、そのときになって、やっと、声こえをたてることができました。それまでは、あまりの恐おそろしさに、口くちがきけなかったのです。野村のむらさんが叫さけびたてたものですから、ほかの寝台しんだいに寝ねていた人々ひとびとがみんな目めをさまして、なにごとかと、カーテンを開ひらいて、まんなかの通路つうろをのぞきました。すると、その通路つうろを、一いちぴきの金色きんいろの豹ひょうが、口くちにまるい宝石ほうせきかばんをくわえて、のそのそと歩あるいていくのが見みえたものですから、ワアッ、という叫さけび声ごえがおこり、たちまち、寝台しんだい車しゃの中なかは、おそろしいさわぎになりました。

下段げだんにいた荒井あらいさんも、やっとそのとき、寝台しんだいからはい出だして、野村のむらさんのいる上段じょうだんのベッドをのぞきましたが、もう手ておくれです。荒井あらいさんも、黄金おうごん豹ひょうがきたことは、よくしっていたのです。みょうな黒くろいかげが、じぶんのベッドのカーテンにうつったので、そっと、合あわせめからのぞいて見みると、そこに、思おもいもよらぬ黄金おうごん豹ひょうが、立たちはだかっていたので、きもをつぶして、ベッドの中なかで小ちいさくなっていたのでした。いくら、腕うでっぷしが強つよくても、相手あいてが猛獣もうじゅうでは、どうすることもできなかったのです。

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