← Library‹ 黄金豹 銀座の怪事件

それから一いち週間しゅうかんほどたった、ある夕ゆうがたのことです。銀座ぎんざ通とおりの有名ゆうめいな美術びじゅつ商しょう、美宝堂びほうどうの陳列ちんれつ室しつは、美術びじゅつ品ひんを見みる客きゃくでにぎわっていました。

一方いっぽうの壁かべぎわに、人間にんげんほどの大おおきさの古ふるい仏像ぶつぞうが、いくつもならんでいました。そのとなりには、よろいびつの上うえに、古ふるいよろいが飾かざってあります。また、美うつくしいもようの、むかしの中国ちゅうごくの大おおきな花かびんなどもならんでいます。

しかし、それらの美術びじゅつ品ひんの中なかで、いちばん人目ひとめをひいたのは、一いちぴきの大おおきな豹ひょうのおきものでした。たぶん、金きんめっきをしたのでしょう。全身ぜんしん金色きんいろに光ひかっている中なかに黒くろい斑紋はんもんがうきだしています。前足まえあしを立たてて、神社じんじゃの前まえにあるコマイヌのように、ちょこんとすわっているのです。

「わあ、こいつはりっぱだなあ、まるで生いきてるようだ。」

「見みたまえ、目めが青あおく光ひかっているぜ。今いまにも、とびかかってきそうだね。」

「それにしても、こんな大おおきな豹ひょうのおきものなんて、じつにめずらしいよ。しかも、全身ぜんしん金色きんいろに光ひかっているんだからね。」その前まえを通とおる人ひとたちが、口々くちぐちにほめたたえています。

ひとりの紳士しんしが、店みせのおくにいる支配しはい人にんの前まえへいって声こえをかけました。

「あすこにある金かねの豹ひょうは、みごとなものですねえ。いったいだれの作さくですか。時代じだいはいつごろのものですか。」

すると支配しはい人にんは、びっくりしたような顔かおをして、

「エッ、金かねの豹ひょうですって? そんなものは、陳列ちんれつしてないはずですが、どこでごらんになりました?」

と聞ききかえすのです。

「どこって、ほら、あすこに、おおぜい人にんが集あつまっているでしょう。仏像ぶつぞうのならんでいるそばですよ。」

「へえ、そうですか。へんだな、うちに豹ひょうのおきものなんてないのですがね。」

支配しはい人にんは首くびをかしげながら立たちあがって、いそいでそこへいってみました。客きゃくをかきわけるようにして前まえに出でますと、そこに、大おおきな金色きんいろの豹ひょうが、うずくまっているではありませんか。

支配しはい人にんは、アッとたまげてしまいました。まったくおぼえがないのです。ついさきほどまで、そこには、豹ひょうなんて、かげもかたちも見みえなかったのです。いったい、だれが、いつのまに、こんな大おおきなものを持もちこんだのかと、あっけにとられるばかりです。

そのとき、

「アッ、動うごいた。豹ひょうが動うごいたよ。」

だれかが、びっくりするような声こえをたてました。

ああ、ごらんなさい。たしかに、金色きんいろの豹ひょうが動うごいています。前足まえあしと、肩かたのへんが、ブルブルとふるえ、首くびがグッと上うえをむいたかと思おもうと、口くちが、ガッと開ひらきました。口くちの中なかは、まっ赤かでした。そこから白しろい牙きばが、ニューッとつきだしています。

それを見みると、むらがっていた客きゃくが、あわてふためいて逃にげだしました。支配しはい人にんも逃にげました。たちまち美び宝たから堂どうの店みせには、人ひとかげが見みえなくなってしまいました。まるで、あきやのように、がらんとした店みせの中なかを、一いちぴきの金色きんいろの豹ひょうが、のそのそと歩あるいて、表ひょうの方ほうへ出でてきました。

「ワアッ、豹ひょうだッ。金色きんいろの豹ひょうが出でたッ。」

銀座ぎんざ通とおりを歩あるいていた人ひとたちが、なだれをうって逃にげだしました。

もう、夕ゆうやみがせまり、空そらの色いろよりも電灯でんとうの光ひかりのほうが、明あかるく見みえはじめるころでした。

美び宝たから堂どうの前まえから百ひゃくメートルほどのあいだ、あのにぎやかな銀座ぎんざ街がいも、まったく人通ひとどおりがとだえ、電車でんしゃや自動じどう車しゃもとまってしまいました。

そのひろびろとした銀座ぎんざ通とおりの夕ゆうやみの中なかを、金色きんいろにかがやく一いちぴきの豹ひょうが、ゆうゆうと歩あるいていきます。

そのうちに、だれかが知しらせたとみえて、うしろの方ほうから、十じゅう人にんほどの警官けいかんの一隊いったいが、あらわれました。手てに手てにピストルをにぎっています。

豹ひょうは、まだ町まちを歩あるいているばかりで、人間にんげんには危害きがいをくわえておりませんけれど、相手あいては猛獣もうじゅうですから、いつ、どんなことがおこるかわからないので、できるだけ早はやく、ピストルでうち殺ころしてしまわなければなりません。しかし、遠とおくからうって、もし急所きゅうしょをはずれたら、かえってあぶないのです。警官けいかんたちは、じゅうぶん近ちかよってから、うち殺ころすつもりで、用心ようじんぶかく、豹ひょうのあとを追おっていきました。

銀座ぎんざを歩あるいていた青年せいねんたちのうち冒険ぼうけんずきな人ひとたちは、その警官けいかん隊たいのうしろから、おおぜいついてきます。警察けいさつでは、一方いっぽう、上野うえのの動物どうぶつ園えんに電話でんわをかけて、豹ひょうなどをとりあつかうのになれた人ひとを、いそいで銀座ぎんざへよこしてくれるようにたのみました。殺ころしてしまうよりも、生いきたままつかまえるほうがいいからです。

のそのそと歩あるいていく豹ひょうの前まえのほうは百ひゃくメートルほど人ひとかげもなく、がらんとした広ひろっぱのようになっています。豹ひょうが進すすむにつれて、波なみがひくように、群集ぐんしゅうが、あとへあとへと逃にげていくからです。

やがて、豹ひょうは町まちかどをまがりました。すると、その町まちにも人ひとかげがなくなり、商店しょうてんなども戸とをしめて、豹ひょうが、うちの中なかへはいってこないように用心ようじんします。

豹ひょうは、そうして町まちから町まちへと、どこまでも歩あるいていきます。べつに走はしりだしもしなければ、立たちどまりもしないのです。ただ、のそのそと歩あるいていくのです。

その五十ごじゅうメートルほどあとから、十じゅう人にんの警官けいかんと、十じゅう数すう人にんのやじうまとが、用心ようじんしながらついていきます。だんだん、そのへだたりを少すくなくして、これならだいじょうぶというところまで近ちかづいてから、ピストルをうつつもりなのです。

無人むじんの境きょうを歩あるいていく、ピカピカ光ひかった黄金おうごんの豹ひょう。そのあとから、だまってついていく警官けいかんたち。それは、じつに異様いような光景こうけいでした。

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