← Library‹ 黄金豹 ネコやしき

豹ひょうはいつのまにか、銀座ぎんざを遠とおくはなれて、さびしい町まちにさしかかっていました。商店しょうてんはなくなって、両りょうがわに塀へいばかりつづく住宅じゅうたく町まちです。

そういうさびしい町まちに、さしかかったとき、ちょっとかわったことがおこりました。豹ひょうが、道みちのまん中なかで立たちどまったのです。そして、うしろをふりかえったのです。夕ゆうやみの中なかに青あおく光ひかる目めが、燐りんのように、うすきみ悪わるく光ひかりました。

それを見みると警官けいかんたちは、思おもわず立たちどまりました。もし豹ひょうが、こちらへむかってくるようだったら、すぐピストルをうたなければならないと身みがまえをしたのです。

しかし豹ひょうは、そこに立たったまま首くびだけをうしろにむけて、じっとにらんでいるばかりです。

こちらへ飛とびかかってくるようすも見みえません。

そうして、人間にんげんと猛獣もうじゅうとの奇妙きみょうなにらみあいが、しばらくつづきましたが、とつぜん、なにに驚おどろいたのか、豹ひょうがブルッと身みぶるいをしたかと思おもうと、恐おそろしいいきおいで、前まえの方ほうへかけだしました。

「それッ、逃にがすなッ。」

というので、警官けいかんたちも、豹ひょうのあとを追おって走はしります。しかし、人間にんげんの足あしは、ピョイピョイと飛とぶように走はしる豹ひょうの早はやさにはかないません。みるみる、あいだがへだたっていくのです。

豹ひょうはそれから、二ふたつほど町まちかどをまがりました。そこには、赤あかレンガの塀へいがつづいています。塀へいの中なかには、古ふるい木造もくぞうの西洋せいよう館かんが立たっているのです。だれかの住宅じゅうたくなのでしょう。

アッと思おもうまに、黄金おうごんの豹ひょうは、そのレンガ塀へいに飛とびつきました。そして、二に、三さんど、パッ、パッと、飛とびあがっているうちに、うまく塀へいの上うえにのぼりつき、そこで、グッと警官けいかんたちの方ほうをにらみつけておいてから、塀へいの内うちがわへ飛とびおりてしまいました。

警官けいかん隊たいは、そのうちの門もんの前まえにかけつけました。うちの人ひとたちに、豹ひょうが邸内ていないにはいったことを知しらせなければならないからです。

門もんの扉とびらは開ひらいたままになっており、その中なかに、大おおきなシュロの立たち木ぎがあって、そのむこうに、西洋せいよう館かんの入口いりぐちが見みえています。

警官けいかんたちは、ピストルをかまえて、用心ようじんぶかくあたりを見みまわしながら、その門もんの中なかへはいっていきました。しかし、豹ひょうのすがたは、どこにも見みえません。きっと、うら庭にわの方ほうにいるのでしょう。

警官けいかんたちは右みぎと左ひだりの二に組くみにわかれて、うら庭にわの方ほうへまわっていきます。そして、隊長たいちょうらしい、ひとりの警官けいかんだけは、あとにのこって、西洋せいよう館かんの入口いりぐちのベルをおしました。

すると、ドアが開ひらいて、ひとりの老人ろうじんがあらわれ、うさんくさそうに、じろじろと警官けいかんの姿すがたをながめました。

その老人ろうじんは、太ふといべっこうぶちのめがねをかけ、まっ白しろなあごひげを、胸むねまでたらし、はでなこうしじまの背広せびろをきています。めしつかいでは、なさそうです。主人しゅじんかもしれません。

「たいへんなことがおこったのです。一いちぴきの豹ひょうが、おたくの塀へいをのりこして、うら庭にわへ飛とびこんだのです。今いま、みんなが、庭にわの方ほうをさがしていますが、豹ひょうが、うちの中なかへはいるとたいへんですから、窓まどの戸とを、ぜんぶしめていただきたいのです。」

警官けいかんがそういいますと、白しろひげの老人ろうじんは、ニヤリと笑わらって、

「窓まどならだいじょうぶですよ。みんなしまってます。じつは、わしのうちには、たくさん動物どうぶつがいますので、窓まどから外そとへ出でないように、しめきってあるのですよ。」

「動物どうぶつといいますと?」警官けいかんがみょうな顔かおをしてたずねました。

「いや、小ちいさな動物どうぶつです。ネコですよ。ネコが十じゅう六ろくぴきいるのです。わしの、かわいい友ともだちです。うっかりすると、窓まどから逃にげだしますのでね。それで、いつも、しめきってあるのですよ。」

十じゅう六ろくぴきとは驚おどろきました。このうちは、ネコやしきです。このじいさんは、ネコじいさんです。

そうして、話はなしているうちに、奥おくの方ほうから、ぞろぞろと、ネコどもが出でてきました。白しろネコ、黒くろネコ、みけネコ、ぶちネコ、色いろさまざまのネコどもが、じいさんのうしろへ集あつまってくるのです。

「しっ、しっ、おまえたち、奥おくへいっていなさい。恐おそろしい豹ひょうがやってきたんだとよ。くい殺ころされたらたいへんだから、みんな、奥おくへ、かくれていなさい。」

じいさんは、人間にんげんにものをいうように、ネコどもに話はなしかけました。すると、そのことばがわかったのか、ネコたちは、一いちぴきずつ、のろのろと、奥おくの方ほうへもどっていくのです。

そのとき、入口いりぐちの外そとに、どやどやと足音あしおとがして、庭にわをさがしていた警官けいかんたちがもどってきました。

「ふしぎです。豹ひょうは消きえてしまいました。われわれは両方りょうほうから、うら庭にわへはいっていって、築山つきやまのうしろや、木きのかげを、すっかり、しらべたのですが、どこにもいません。」

それを聞きくと白しろひげの老人ろうじんが、ニヤニヤと笑わらいました。

「その豹ひょうは、金色きんいろをしていましたかね。」

「そうです。全身ぜんしん、金色きんいろの、ふしぎな豹ひょうです。」

「ウフフフ……、うわさにたかい『まぼろしの豹ひょう』じゃ。あいつが、消きえてしまったら、もう、見みつかりっこありませんよ。」じいさんは、うさんくさく、笑わらいながらいうのでした。

それから、その付近ふきんいったいの、大だい捜索そうさくがはじまりました。十じゅう人にんのほかに、たくさんの警官けいかんや消防しょうぼう署しょ員いんがやってきて、町まちから町まちをしらべまわったのです。

しかし、豹ひょうはどこにもいません。ほんとうに、消きえてしまったとしか思おもえないのです。やっぱり、あれは、豹ひょうのお化ばけだったのでしょうか。『まぼろしの豹ひょう』だったのでしょうか。

それにしても、ネコやしきのネコじいさんは、なんだか、あやしげな人物じんぶつです。このまえ、中学ちゅうがく生せいが豹ひょうに出であったとき、その豹ひょうが消きえた町まちかどから、あらわれたじいさんが、やっぱり、まっ白しろな、長ながいあごひげをたらしていました。そして、同おなじこうしじまの背広せびろをきていました。まぼろしの豹ひょうが、消きえうせるたびに、そのあとへ姿すがたをあらわす、このじいさんは、いったい、なにものだったのでしょうか。

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