← Library‹ 黄金豹 明智探偵事務所

名めい探偵たんてい明智あけち小五郎こごろうの事務じむ所しょは、一いち年ねんほどまえから千代田ちよだ区くにあたらしくたった麹町こうじまちアパートという高級こうきゅうアパートに、移うつっていました。

それは都営とえいアパートなどよりも、ずっとりっぱな建物たてもので、明智あけちが借かりているのは、二に階かいの一いち区画くかくで、広ひろい客間きゃくま、食堂しょくどう、書斎しょさい、浴室よくしつ、台所だいどころなど、五いつつほどの部屋へやでした。名めい探偵たんていはそこを、事務じむ所しょと、住すまいの両方りょうほうにつかっているのです。入口いりぐちには、『明智あけち探偵たんてい事務じむ所しょ』とほった金色きんいろの小ちいさい看板かんばんが、かかっていました。

明智あけち夫人ふじんは、長ながい病気びょうきで、ずっと高原こうげん療養りょうよう所しょにはいっていますので、いまは名めい探偵たんていと少年しょうねん助手じょしゅの小林こばやし君くんと、ふたりきりなのです。ですから、ふたりは、まるで親子おやこのような、したしいあいだがらでした。女中じょちゅうもおかず、食事しょくじは近ちかくのレストランから、とりよせることになっていて、パンを焼やいたり、コーヒーをいれたりするのは、小林こばやし君くんのやくめでした。小林こばやし君くんが、仕事しごとでそとへ出でているときは、名めい探偵たんてい自身じしんで、それをやるのです。

黄金おうごん豹ひょうが東海道とうかいどう線せんの列車れっしゃの中なかにあらわれた、あの事件じけんがあってから、十とお日かほどのちの、ある日ひの午後ごごのことでした。アパートの二に階かいの客間きゃくまで、大通おおどおりを見みおろす窓まどのそばに名めい探偵たんていと小林こばやし少年しょうねんとが、イスにこしかけて話はなしをしていました。

「先生せんせい、黄金おうごん豹ひょうは、あれっきり、すがたをあらわしませんね。どこにかくれているのでしょう。あのとき東京とうきょう駅えきで、みょうなじいさんが、いまに、みんなのどぎもをぬくようなことを、やるだろうといったそうですね。先生せんせい、あのじいさんは、いったい、なにものでしょう?」

小林こばやし君くんが、たずねました。

「あれは黄金おうごん豹ひょうと一心いっしん同体どうたいのやつだよ。きみは、ネコじいさんをおぼえているかい。ほら最初さいしょ、黄金おうごん豹ひょうがとびこんだまま、消きえてしまったあのうちに、へんなじいさんがいた。ネコを十じゅう六ろくぴきも飼かっているネコじいさんがいた。あのじいさんと東京とうきょう駅えきにあらわれたじいさんとは、同おなじかもしれない。いやまだあるよ。園田そのださんのうちに、助造すけぞうじいさんに化ばけて住すみこんでいたのが、やっぱり、ネコじいさんの変装へんそうかもしれない。いずれにしても、あのネコじいさんさえ、つかまえれば、黄金おうごん豹ひょうの秘密ひみつがわかるだろう。ぼくは、警視けいし庁ちょうの中村なかむら警部けいぶに、そのことを話はなしておいたから、警視けいし庁ちょうでも、一生いっしょうけんめいに、ネコじいさんを捜さがしているのだよ。」

「でも、まだ見みつからないのですね。」

「うん、なにしろ魔法まほうつかいみたいなやつだからね。あいつをつかまえるのには、こちらも魔法まほうをつかわなければ、だめだよ。」

「エッ、魔法まほうをですか?」

「うん、魔法まほうをだよ。ぼくはその魔法まほうを考かんがえている。ぼくだって魔法まほうくらい、つかえるからね。」

明智あけち探偵たんていはそういって、ニッコリ笑わらいました。小林こばやし少年しょうねんは、リンゴのようなほおを、いっそう赤あかくして、目めを光ひからせて、たのもしそうに、先生せんせいの顔かおをみつめるのでした。

「先生せんせいなら、きっと、あいつを、つかまえられますね。」

「うん、つかまえられると思おもっている。……小林こばやし君くん、見みていたまえ、いまにきっと、あいつのほうから、ぼくに近ちかづいてくるようなことがおこるよ。ぼくは、それを待まちかまえているのだ。」

明智あけち探偵たんていはそういって、窓まどわくにひじをかけて、アパートの前まえの大通おおどおりを見みおろしていましたが、そのとき、なにを見みつけたのか、探偵たんていの顔かおに、みょうな笑わらいが浮うかんできました。

「いまアパートの前まえに自動じどう車しゃがとまった。ほら見みたまえ、りっぱな紳士しんしが出でてきた。しかし、ひどくおどおどして、あたりを見みまわしている。だれかに尾行びこうされていやしないかと心配しんぱいしているのだ。アッ、アパートへはいってくる。あの紳士しんしは、きっと、この事務じむ所しょへやってくるよ。なにか事件じけんをもってきたにちがいない。」

明智あけちの想像そうぞうは、あたっていました。まもなく入口いりぐちのドアに、ノックの音おとがして、「おはいりなさい。」と答こたえると、さっきの紳士しんしがはいってきました。

「明智あけち先生せんせいはおいでですか。」

「ぼくが明智あけちですよ。まあ、おかけなさい。」

探偵たんていはそういって、そこの安楽あんらくイスをすすめました。

紳士しんしは、ソフト帽ぼうをテーブルの上うえにおいて、そのイスにこしかけ、じろじろと、明智あけちの顔かおを見みていましたが、やっと安心あんしんしたように、

「ああ、あなたは明智あけちさんにちがいありません。新聞しんぶんでよくお写真しゃしんを拝見はいけんしています。それから、そこにいるのは、先生せんせいの有名ゆうめいな少年しょうねん助手じょしゅの小林こばやし君くんでしょう。」

「そうです。ほかにだれもいませんから、安心あんしんしてお話はなしください。」

「じつは、悪者わるものに脅迫きょうはくされていまして、そいつは恐おそろしいやつですから、どこに先さきまわりしているかわかりません。明智あけちさんにだって化ばけるかもしれないのです。それで、あなたのお顔かおをたしかめるまでは、安心あんしんできなかったのですよ。」

「松枝まつえださん、あなたは宝石ほうせきとゴルフがおすきのようですね。」

明智あけち探偵たんていが、とつぜん名なをよんだので、紳士しんしはビックリして、目めをみはりました。

「エッ、あなたはどうして、わたしの名なをごぞんじです。一いち度ども、お目めにかかったことはないはずですが。」

「ははは……、名なをかくしたければ、帽子ぼうしをテーブルの上うえに上うえむきにおおきになってはいけませんね。その帽子ぼうしのびんがわ(裏うらのかわ)に、ローマ字じで Matsueda と金きん文字もじが、おしてあるじゃありませんか。」

「アッ、そうでしたか。わたしは、びっくりしましたよ。しかし、宝石ほうせきとゴルフのことは、どうしておわかりになりました?」

「あなたの指輪ゆびわのオパールは、ひじょうに質しつのいいものです。それから、ネクタイどめの真珠しんじゅも、すばらしい品しなです。それだけでも、あなたが宝石ほうせきを見みる目めのあるかただと、いうことがわかります。好すきでなくては、それほど目めがこえるものではありませんからね。それからゴルフのことですが、あなたは上流じょうりゅうの紳士しんしでいらっしゃるのに、ひどく日ひにやけて、色いろが黒くろくなっている。そう太ふとっておられては、山やまのぼりや、ハイキングではありますまい。また、いまは海水かいすい浴よくの季節きせつでもありません。そこで、あなたのご年配ねんぱいでは、近ちかごろの流行りゅうこうのゴルフに、こっていらっしゃるのだと、想像そうぞうしたのですよ。あたりましたか?」

「あたりました。すっかりあたりましたよ。一目ひとめみて、そこまで、お察さっしになるとは、さすがに名めい探偵たんていですね。かぶとをぬぎました。ところで、お願ねがいしたいのは、そのわたしの好すきな、宝石ほうせきのことなのですよ。」

紳士しんしはそういって、イスから、からだをのり出だすようにするのでした。

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