← Library‹ サーカスの怪人 幽霊のように

それからというもの、笠原かさはらさんの西洋せいよう館かんの警戒けいかいは、いっそう厳重げんじゅうになりました。サーカス団だん員いんだけでなく警視けいし庁ちょうのうでききの刑事けいじが三さん人にんずつ、夜昼よるひるこうたいで、笠原かさはら邸ていにつめることになったのです。

そうなると、台所だいどころのしごともふえるので、いままでの女中じょちゅうさんのほかに、明智あけち探偵たんていのしょうかいで、ひとりの若わかい女中じょちゅうさんが、住すみこむことになりました。その新あたらしい女中じょちゅうさんは、まだ十じゅう五ご、六ろくのかわいい少女しょうじょでしたが、なかなかしっかりもので、じつによく働はたらきます。しかし、この女中じょちゅうさんには、へんなくせがありました。まよなかに、家いえの中なかを歩あるきまわるのです。だれにも気きづかれないように、こっそりと、歩あるきまわるのです。

射撃しゃげき場じょうの事件じけんがあってから五いつ日かほどたった、あるまよなかのことです。少女しょうじょの女中じょちゅうさんは、またしても、じぶんの寝室しんしつをぬけだして、二に階かいの廊下ろうかをまるで泥坊どろぼうのように、足音あしおとをしのばせて歩あるいているのでした。

女中じょちゅうさんは、廊下ろうかのまがり角かどにきたとき、ふと、立たちどまりました。かすかな音おとが聞きこえたからです。廊下ろうかの角かどに、身みをかくして、音おとのしたほうを、そっとのぞいてみました。

すると、うす暗ぐらい廊下ろうかのむこうから、へんなものが歩あるいてくるではありませんか。刑事けいじさんが見みまわりをしているのかと思おもいましたが、そうではありません。刑事けいじさんが、あんなものすごい顔かおをしているはずがないのです。そいつは、ぴったり身みについた黒くろいシャツを着きて、顔かおは、ああ、あの骸骨がいこつとそっくりだったのです。

骸骨がいこつ男おとこです。またしても骸骨がいこつ男おとこは、厳重げんじゅうな戸とじまりをくぐりぬけて、家いえの中なかへ、はいってきたのです。むろん、正一しょういち君くんかミヨ子こちゃんを、ねらっているのにちがいありません。女中じょちゅうさんは、声こえをたてて、みんなを呼よぼうか、どうしようかと、考かんがえているようでしたが、なにか決心けっしんしたらしく、いきなり、まがり角かどから、ひょいと、とびだしました。そして、骸骨がいこつ男おとこのまえに立たちふさがったのです。

この大胆だいたんなふるまいには、骸骨がいこつ男おとこのほうがおどろいてしまいました。

もし、声こえでもたてられたら、一いち大事だいじです。骸骨がいこつ男おとこは、アッと、小ちいさく叫さけんで、いきなり、逃にげだしました。

勇敢ゆうかんな女中じょちゅうさんは、そのあとを追おっていきます。いったい、この女中じょちゅうさんは、なにものでしょう。どうして、こんな大胆だいたんなことができるのでしょう。少女しょうじょに追おっかけられているとわかると、骸骨がいこつ男おとこは、いっそうあわてたようです。かれは、すこし廊下ろうかを走はしると、いきなり、ある部屋へやのドアをひらいて、その中なかに逃にげこみました。

少女しょうじょは、すぐに、そのドアの前まえに、かけつけたのですが、さすがに、ドアをひらくのをためらいました。骸骨がいこつ男おとこがドアのうちがわに待まちかまえていて、とびかかってくるのではないかと思おもったからです。

少女しょうじょは、ソッとかぎ穴あなから、のぞいてみました。かぎ穴あなからは部屋へやのいちぶしか見みえませんが、そこには、だれもいないのです。ドアのうしろに、かくれているようすもありません。

思おもいきって、ドアのとってをまわしてみました。かぎはかかっていません。そっとひらきました。一いち歩ほ、部屋へやの中なかへはいりました。……部屋へやはからっぽでした。

その部屋へやは、だれも住すんでいない空あき部屋べやで、すみにベッドがおいてあるだけです。少女しょうじょは、そのベッドのそばへいってクッションをたたいてみたり、ベッドの下したをのぞいたりしましたが、どこにも人ひとのすがたはありません。

窓まどには鉄てつごうしがはまっています。この部屋へやには戸とだなもありません。人ひとのかくれる場所ばしょはまったくないのです。

骸骨がいこつ男おとこが、この部屋へやへ逃にげこんだことはまちがいありません。それでいて、部屋へやの中なかにはだれもいないのです。幽霊ゆうれいのように消きえうせてしまったのです。

少女しょうじょは、おおいそぎで二に階かいをおり、懐中かいちゅう電灯でんとうを持もって、裏口うらぐちから庭にわへ出でていきました。

骸骨がいこつ男おとこが、二に階かいの窓まどから逃にげたとすれば、その下したの庭にわへおりたにちがいありません。そのすがたを見みきわめようとしたのです。

しかし、庭にわにも、なんのあやしい人ひとかげもありません。すばやく、逃にげさってしまったのでしょうか。しかし、それなら、庭にわのやわらかい土つちの上うえに、足あしあとが残のこっているはずです。

少女しょうじょは、空あき部屋べやの窓まどの下したの地面じめんを、家いえのはしからはしまで、懐中かいちゅう電灯でんとうで照てらしながら、念おもいりに、見みてまわりましたが、足あしあとは一ひとつもありません。

笠原かさはらさんの家いえは一いちけんやですから、隣となりの屋根やねへとびうつって、逃にげるというようなことはできません。また、空あき部屋べやのがわは、一いち階かいのほうが、すこし出でばっていて、せまい屋根やねがついているので、骸骨がいこつ男おとこは、むろん、その屋根やねから、地面じめんへおりたはずです。

少女しょうじょは、その屋根やねのがわの地面じめんを、くまなく、しらべたのです。しかも、そこには、足あしあとらしいものが、まったく残のこっていなかったのです。

もしや、そのせまい屋根やねの上うえに身みをふせて、かくれているのではないかと、すこし遠とおくへいって、屋根やねの上うえを見みわたしましたが、それらしいかげも見みえません。夜よふけでも、空そらのうす明あかりで、人ひとがいるか、いないかはわかるのです。

骸骨がいこつ男おとこは、やっぱり、下したにおりて、逃にげさったとしか考かんがえられません。しかも、やわらかい地面じめんに、ひとつも足あしあとを残のこさないで、逃にげさったのです。

頑丈がんじょうな窓まどの鉄てつごうしを、ぬけ出だしたのも、じつにふしぎですが、すこしも足あしあとを残のこさないで、地面じめんを歩あるいていったとすれば、これもふしぎです。あいつは、やっぱり幽霊ゆうれいのように、地面じめんに足あしをつけないで、ふわふわと、空中くうちゅうを飛とんでいったのでしょうか。

少女しょうじょは家いえの中なかにもどって、みんなに、このことをしらせましたので、大おおさわぎになりました。三さん人にんの刑事けいじがさきに立たって、二に階かいの空あき部屋べやをしらべましたが、壁かべにも、天井てんじょうにも、床ゆかにも、ぬけ穴あななどないことがわかりました。窓まどの鉄てつごうしにも、いじょうはありません。

それから、みんなで、懐中かいちゅう電灯でんとうをふり照てらしながら、庭にわや塀へいのそとをくまなく捜さがしましたが、骸骨がいこつ男おとこが逃にげさったらしいあとは、どこにも残のこっていないのでした。

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