← Library‹ サーカスの怪人 空気の中へ

さっきの正一しょういち君くんのひめいは、むろん廊下ろうかまで聞きこえました。そこの長ちょうイスにがんばっていた、刑事けいじとサーカス団だん員いんは、ハッとして立たちあがったのです。

刑事けいじは、つかつかとドアの前まえにいって、とってをまわしました。しかし、中なかからかぎがかかっていて、どうすることもできません。

あいかぎはあるのですが、それをどこかへおいて、骸骨がいこつ男おとこにぬすまれては、たいへんだというので、二ふたつとも笠原かさはらさんが持もっていました。寝室しんしつの中なかからは、ひらくことができますが、そとからはぜったいに、あけられないのです。

「笠原かさはらさん、ここをあけてください。いまの叫さけび声ごえは、どうしたのです。なにか、あったのですか。」

刑事けいじが、大声おおごえでよびかけましたが、中なかからは、なんのへんじもありません。しいんと、しずまりかえっています。

「おかしいな。ひょっとしたら……。」

「たしかに、あれは、正一しょういちさんの叫さけび声ごえでした。くずくずしてはいられません。やぶりましょう! このドアをやぶって、中なかへはいりましょう!」

サーカス団だん員いんが、息いきをはずませていいました。

「よし、それじゃ、ぼくがドアをやぶりますよ。」

刑事けいじは、そういったかと思おもうと、廊下ろうかのはしまであとずさりして、いきおいをつけて、ドアにぶっつかっていきました。すると、恐おそろしい音おとがしましたが、ドアはびくともしません。ひじょうに頑丈がんじょうなドアです。

そのさわぎに、ほかの刑事けいじや団員だんいんも、下したからかけあがってきました。あのかわいらしい女中じょちゅうさんも、そこへやってきました。みんな、しんけんな顔かおつきです。骸骨がいこつ男おとこのことを考かんがえているからです。あの幽霊ゆうれいのような骸骨がいこつ男おとこが、ふしぎな魔法まほうで、寝室しんしつの中なかへしのびこんだかもしれない。そして正一しょういち少年しょうねんをひどいめにあわせているのかもしれないと、思おもったからです。

刑事けいじは、二にど、三さんど、ドアにぶつかっていきました。そのたびに、めりめりという音おとがして、三さんどめには、ドアの板いたがやぶれ、すこし、すきまができました。

そのすきまにむかって、また、ぶつかっていきます。だんだん穴あなが大おおきくなりました。そこへ手てをかけて、力ちからまかせに、板いたをはがし、とうとう、人間にんげんが出入でいりできるほどの、穴あなをあけてしまいました。

刑事けいじとサーカス団員だんいんたちは、ひとりひとり、その穴あなから寝室しんしつの中なかへはいっていきました。

「オヤッ! だれもいないじゃないか。」

寝室しんしつはからっぽになっていました。正一しょういち君くんも、おとうさんの笠原かさはらさんも、どこかへ消きえてしまって、二ふたつのベッドの上うえには、毛布もうふやふとんが、みだれているばかりです。みんなは、ベッドの下したや、たんすのうしろなどをさがしまわりました。しかし、どこにも人ひとかげはないのです。

刑事けいじたちは、二ふたつの窓まどをひらいて、鉄てつごうしをしらべましたが、かわったことはありません。ちゃんと、窓まどわくにとりつけてあります。そこからだれかが出でていったなどとは、どうしても考かんがえられないのです。

あのかわいらしい女中じょちゅうさんは、部屋へやのすみに立たって、そのようすをながめていましたが、ハッとしたように、聞きき耳みみをたてました。なんだか、みょうな音おとがしたからです。人ひとのうなっているような音おとです。どうやら、洗面せんめん室しつのドアの中なかからのようです。

女中じょちゅうさんは、そのドアを、そっとひらいてみました。

「アラッ、たいへん! こんなとこに、団長だんちょう先生せんせいが……。」

団長だんちょう先生せんせいとは笠原かさはらさんのことです。うちのものは、笠原かさはらさんを、そうよんでいるのです。

みんなが、そこへ、集あつまってきました。

笠原かさはらさんは、パジャマの上うえから手足てあしを、ぐるぐるまきにしばられ、タオルで、さるぐつわをはめられて、洗面せんめん台だいの下したにたおれていました。そのさるぐつわの下したから、うめき声ごえをたてていたのが、女中じょちゅうさんの耳みみにはいったのです。

みんなで、なわとさるぐつわをときますと、笠原かさはらさんは、

「あいつは、どこにいます。つかまりましたか。」

といいながら、キョロキョロと、あたりを見みまわすのです。

「あいつって、だれです。だれかいたのですか。」

刑事けいじのひとりが、たずねました。

「骸骨がいこつのやつです。わしがこの洗面せんめん室しつへはいったかと思おもうと、あいつが、うしろから組くみついてきたのです。あいつの腕うでは鉄てつのように強つよくて、とてもかないません。またたくまに、しばられてしまいました。……しかし、正一しょういちは? あいつは正一しょういちを盗ぬすみだしにきたにちがいないのだが、正一しょういちは、ぶじですか。どこにいます。」

「いや、それが……正一しょういちさんは、どこかへいなくなってしまったのです。むろん、骸骨がいこつ男おとこのすがたも見みえません。」

「そんなばかなことはない。正一しょういちはちゃんと、むこうのベッドに寝ねていたのです。それに、あんなひめいをあげたじゃありませんか。骸骨がいこつ男おとこに、ひどいめにあわされたのです。そのふたりが、消きえてなくなるなんて、そんなはずはない。ドアは、きみたちが、やぶらなければならなかったほど、ちゃんと、しまりがしてあった。窓まどには鉄てつごうしがはまっている。この部屋へやには、天井てんじょうにも、壁かべにも、床ゆかにも、ぬけ穴あななんて一ひとつもない。骸骨がいこつ男おとこと正一しょういちは、いったいどうして出でていったのです?」

「わたしたちも、それがわからないので、とほうにくれているのですよ。まるで、空気くうきの中なかへとけこんでしまったとしか考かんがえられません。」

刑事けいじが答こたえました。

それから、笠原かさはらさんもいっしょになって、みんなで、寝室しんしつの中なかはもちろん、家いえじゅうの部屋へや、庭にわから塀へいのそとまで、くまなくしらべましたが、骸骨がいこつ男おとこがとおったらしいあとは、どこにもないのでした。それらしい足あしあとも、まったく、ありません。

怪人かいじん骸骨がいこつ男おとこは、またしても、みごとな魔法まほうをつかいました。かんぜんな密室みっしつの空気くうきの中なかへ、とけこんでしまったのです。

しかし、このお話はなしは、怪談かいだんではありません。骸骨がいこつ男おとこはお化ばけのように見みえますが、この世よにお化ばけなんて、いるはずはないのですから、いくら、ふしぎに見みえても、やっぱり人間にんげんのしわざにちがいないのです。

人間にんげんなれば、煙けむりのように消きえることは、できないはずです。これには、なにか思おもいもよらない秘密ひみつのトリックがあるのです。ああ、それは、いったい、どんな秘密ひみつなのでしょうか。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%