← Library‹ サーカスの怪人 こじき少年

自動じどう車しゃのトランクの中なかからはい出だした、こじきのような少年しょうねんは、腹話ふくわ術師じゅつしたちのあとをつけました。そして、ふたりが、炭すみやき小屋こやにはいったのを見みとどけると、その小屋こやの窓まどのそとに、からだをくっつけて、戸とのすきまから、じっと、小屋こやの中なかをのぞいていました。

腹話ふくわ術師じゅつしと運転うんてん手しゅが、小屋こやの床板ゆかいたをはずして、地ちの底そこへおりていくのが見みえました。この小屋こやには地下ちか室しつがあるのです。こじき少年しょうねんはそれを見みると、しばらく考かんがえていましたが、やがて、なにを思おもったのか、小屋こやの入口いりぐちの板戸いたどの前まえまでいって、そとから、とんとん、とん、とたたきました。

「だれだッ、戸とをたたくやつは?」

中なかから、炭すみやき男おとこのふとい声こえが、どなりました。

こじき少年しょうねんは、くすくす笑わらいながら、ひとことも、ものをいわないで、また、だん、だん、だんと、こんどは、もっとはげしく戸とをたたくのでした。

「だれだッ! うるさいやつだな。いまごろ、なんの用ようがあるんだ。まて、まて、いまあけてやるから……。」

男おとこの声こえが戸口とぐちに近ちかづいて、板戸いたどが、ガラッとひらかれました。

「オヤッ、へんだな。だれもいないじゃないか。おい、いま戸とをたたいた人ひと、どこにいるんだ?」

男おとこは、暗くらがりのそとを見みまわしながら、ふしぎそうにいいました。

しばらく待まっても、だれも出でてこないので、男おとこは戸とをしめて、小屋こやの中なかへもどりましたが、すると、またしても、だん、だん、だんと、おそろしい力ちからで戸とをたたくものがあるのです。

「ちくしょう。うるさいやつだ。さては、いたずらだな。たぬきのやつめ、人間にんげんをからかいにきやあがったな。よし、ひっつかまえてくれるから、待まっていろ!」

ガラッと戸とがひらいて、ひげむじゃの炭すみやき男おとこが、そとへ、とびだしてきました。むこうの木きのしげみの中なかで、がさがさという音おとがしています。男おとこは腕うでまくりをして、そのほうへ、かけだしていきました。

そのすきに、小屋こやの横よこにかくれて、長ながい糸いとで、むこうの木きの枝えだをゆすっていたこじき少年しょうねんが、糸いとをはなして、こっそり、戸口とぐちからすべりこみ、さっきのぞいておいた床ゆかのあげぶたのところへいくと、それをあげて、すばやく地下ちか室しつへすがたをかくしてしまいました。

「やっぱり、たぬきのやつだ。どっかへ逃にげてしまやあがった。いたずらたぬきにも、こまったものだな。」

男おとこは、ぶつぶついいながら小屋こやへもどってきましたが、あげぶたは、もとのとおりに閉しまっているので、こじき少年しょうねんが、地下ちか室しつへおりていったことは、すこしも気きづきません。そのまま、いろりのそばに、あぐらをかいて、たばこをふかしはじめました。

こじき少年しょうねんは、足音あしおとをたてないように注意ちゅういして、地下ちか室しつの階段かいだんをおり、つきあたりの戸とのそばに立たって、耳みみをすましました。

すると、戸とのむこうから、腹話ふくわ術師じゅつしらしい声こえが聞きこえてくるのです。

「笠原かさはらさん、おもしろいおみやげを持もってきたぜ。いま、このトランクから出だして、見みせてやるからな。」

オヤッ! 笠原かさはらさんが、いつのまに、こんな山やまの中なかへきているのでしょう? 少年しょうねんはふしぎに思おもって、板戸いたどのすきまから、中なかをのぞいてみました。頑丈がんじょうな板戸いたどですが、たてつけがわるくて、ほそいすきまができているのです。

のぞいてみると、そこには、じつに異様いような光景こうけいが、くりひろげられていました。

正面しょうめんにすわっているのは、やせおとろえた老人ろうじんでした。しらがまじりのかみの毛けは、クシャクシャとみだれ、口くちひげも、ほおひげも、のびほうだいにのびて、まるで、ながわずらいの病人びょうにんのようです。

よくふとった腹話ふくわ術師じゅつしが、その老人ろうじんの前まえに大だいトランクをおいて、いま、ひらこうとしているところです。いっぽうのすみには運転うんてん手しゅが立たって、懐中かいちゅう電灯でんとうでトランクを照てらしています。笠原かさはらさんのすがたは、どこにも見みえません。

少年しょうねんは胸むねをどきどきさせて、すき見みをつづけました。

「さあ、これがおみやげだッ!」

腹話ふくわ術師じゅつしが、パッと、トランクのふたをひらきました。アッ! トランクの中なかにはひとりの少年しょうねんが、きゅうくつそうに足あしをまげて、閉とじこめられているではありませんか。

腹話ふくわ術師じゅつしは、その少年しょうねんをだきあげてトランクから出だし、老人ろうじんの前まえのコンクリートの床ゆかにほうりだしました。

手てと足あしをしばられ、口くちには、さるぐつわをはめられています。

「アッ! 笠原かさはら正一しょういち君くんだッ!」

こじき少年しょうねんが、思おもわずつぶやきました。

こじき少年しょうねんよりも、もっとおどろいたのは、やせおとろえた老人ろうじんです。老人ろうじんはよろよろと立たちあがって、そこにころがされている少年しょうねんのそばによりました。

「おお、おまえは正一しょういちではないか。ああ、わしばかりでなく、おまえまでが、こんなめにあわされるとは! 悪人あくにん! 悪人あくにん! きさまは、なぜ、わしたちを、こんなに苦くるしめるのだッ? そのわけをいえ。さあ、そのわけをいってくれ!」

老人ろうじんは、せいいっぱいのしわがれ声こえをふりしぼって、叫さけぶのでした。

「それはおまえさんの心こころにきいてみるがいい。おれは、あの人ひとの部下ぶかだから、くわしいことは知しらない。あの人ひとは、おまえさんに、よっぽどのうらみがあるらしいよ。」

腹話ふくわ術師じゅつしが、そっけなく答こたえました。「あの人ひと」とは、いったいだれのことでしょう。

「わしには、それが、まったくわからないのだ。おまえたちの親分おやぶんは、いったい何者なにものだ。わしにはすこしも心こころあたりがない。わしを、こんなところへ閉とじこめておいて、グランド=サーカスの団長だんちょうになりすました男おとこが、何者なにものだか、まったくわからないのだ。そのうえ、こんどは、わしの子こどもまで、こんなひどいめにあわせるとは……。」

「べつに、ひどいめにあわせたわけじゃない。おまえさんと、親子おやこいっしょに住すませてやるために、この子こを、ここへつれてきたんだよ。そのうちに、妹いもうとのミヨ子こも、ここへつれてきてやるよ。ハハハハ……。」

腹話ふくわ術師じゅつしは、相手あいてをばかにしたような笑わらい声ごえをたてるのでした。

それを、じっとのぞいていたこじき少年しょうねんは、なんともいえない、ふしぎな気きもちがしました。いったい、これはどういうわけなのでしょう。このやせおとろえた老人ろうじんが、ほんとうの笠原かさはら団長だんちょうで、あのもうひとりの笠原かさはらさんは、にせものだとでもいうのでしょうか。

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