← Library‹ サーカスの怪人 奥の手

中村なかむら警部けいぶは、懐中かいちゅう電灯でんとうの一ひとつを受うけとって、立たったり、しゃがんだりしている警官けいかんのすがたを、つぎつぎと照てらしていきました。

ところが、光ひかりの中なかにあらわれたのは、明智あけち探偵たんていと警官けいかんばかりで、二十にじゅう面相めんそうのあのガウンすがたは、どこにもありません。

「諸君しょくん! みんなもとにもどって、両方りょうほうの入口いりぐちをかためてくれたまえ。ぼくと明智あけち君くんだけで、もういちど、念おもいりに捜さがしてみる。」

中村なかむら警部けいぶはそういって、警官けいかんたちを、両方りょうほうの入口いりぐちへたちさらせ、明智あけちとふたりが、一ひとつずつ懐中かいちゅう電灯でんとうを持もって、トンネルの中なかを、ずっと歩あるいてみました。しかしどこにも、あやしいすがたはないのです。

「消きえてしまった。あいつ、また忍術にんじゅつをつかったな。明智あけち君くん、いったいこれは、どうしたことだろう。」

中村なかむら警部けいぶが、残念ざんねんそうにいいました。

「ともかく、そとへ出でてみよう。ぼくは、あいつの魔法まほうの種たねが、わかったような気きがする。」

明智あけちはそういって、さきに立たって、鉄てつのとびらのほうへ歩あるいていきました。

とびらのそとに、コンクリートの階段かいだんがあって、それをのぼると、原はらっぱの草くさむらのなかに出でました。

穴あなの入口いりぐちは、人間にんげんひとり、やっとくぐりぬけられるほどの、せまいもので、それが草くさにおおわれているのですから、地下ちか道どうの入口いりぐちとは気きがつきません。この入口いりぐちをつかわないときは、ふたがしてあるとみえて、それらしいひらべったい石いしが、そばにおいてありました。

その原はらっぱには、七しち人にんの警官けいかんが立たっていました。さっきトンネルの中なかへはいってきた五ご人にんと、見みはりばんをしていたふたりです。

もう夕ゆうがたで、あたりはうす暗ぐらくなっていました。

「きみたちのうち、ここに残のこって見みはりをしていたのは、だれだね。」

明智あけちがたずねますと、ふたりの警官けいかんが前まえに出でてきました。

「きみたちは、ずっと、この入口いりぐちを見みはっていたのだね。」

「はい、そうです。」

「で、さっき、中なかへはいったのは何なん人にんだったね。」

「五ご人にんか、六ろく人にんです。アッ、そうです。たしか六ろく人にんでした。」

「六ろく人にんだって。しかし、ここには、きみたちのほかに、五ご人にんしかいないじゃないか。」

「いえ、もうひとり、さきに出でてきた人ひとがあります。」

「ああ、それは懐中かいちゅう電灯でんとうを捜さがしにきた警官けいかんだろう。」

「いや、ちがいます。あの人ひとは、どっかへいって、懐中かいちゅう電灯でんとうをかりだしてきて、また穴あなの中なかへはいっていきました。ついさっき、そこから出でていったのは、べつの巡査じゅんさです。」

「おかしいね。ぼくはさっき、地下ちか道どうの中なかで、こちらからはいってきた警官けいかんの人数にんずうを、ちゃんと、かぞえておいた。たしかに五ご人にんだった。その五ご人にんはここにいる。そのほかに、ひとり出でていったとすると、五ご人にんが六ろく人にんにふえたことになるね。いったい、きみたちは、そのひとりで出でていった警官けいかんの顔かおを、よく知しっているのかね。」

「いいえ、知しらない人ひとです。きょうは警視けいし庁ちょうと所轄しょかつ警察けいさつのものと、ごっちゃになっていますので、顔かおを知しらない人ひとも、たくさんいるのです。」

「ふうん、それで、その巡査じゅんさは、どこへいったのだね。」

「わかりません。その人ひとは、中村なかむら警部けいぶさんの命令めいれいで、近ちかくの交番こうばんへ電話でんわをかけにいくのだといって、むこうへ走はしっていきました。」

「そりゃ、へんだぞ。ぼくは電話でんわをかけろと、命令めいれいしたおぼえはない。」

中村なかむら警部けいぶが、びっくりして、どなりました。

「で、その巡査じゅんさは、手てになにか持もってなかったかね。」

明智あけちがたずねますと、警官けいかんはうなずいて、

「持もってました。なんだか、ふろしきづつみのようなものを、わきの下したにはさんでいました。」

「わかった。そいつが二十にじゅう面相めんそうだよ。」

明智あけちがしずかにいいました。

「エッ、その警官けいかんが二十にじゅう面相めんそうだって?」

中村なかむら警部けいぶが、びっくりして聞ききかえします。

「うん、そうだよ。そのほかに考かんがえようがない。あいつは、こんなときの用意よういに、警官けいかんの制服せいふくを手てに入いれて、トンネルの中なかのどこかへ、かくしておいたのだ。

さっき、ぼくの懐中かいちゅう電灯でんとうをたたき落おとしたのも、あいつにちがいない。まっ暗くらになって、みんなが、どうし打うちをやっているすきに、あいつはガウンをぬいで、警官けいかんの服ふくにきかえたのだ。そしてガウンをまるめて、ふろしきづつみのようにして、こわきにかかえ、なにくわぬ顔かおで、出でていったのだ。

二十にじゅう人にんからの警官けいかんがきているのだから、みんな顔かお見知みしりとはかぎらない。制服せいふくをきて警官けいかんの帽子ぼうしをかぶっていれば、仲間なかまだと思おもってしまう。それに、もうこんなにうす暗ぐらくなっていて、顔かおもはっきり見みえやしないのだからね。」

明智あけちの説明せつめいに、中村なかむら警部けいぶは「ううん。」とうなってしまいました。警官けいかんに化ばけて逃にげだすなんて、なんという悪あく知恵ちえのはたらくやつでしょう。

「だが、それなら、早はやく手配てはいをしなけりゃあ。非常ひじょう警戒けいかいをしなけりゃあ。」

中村なかむら警部けいぶがあわてるのを、明智あけちはしずかに、手てでおさえるようにして、

「中村なかむら君くん、だいじょうぶだよ。安心あんしんしたまえ。これがあいつの奥おくの手てなら、ぼくのほうには、それより上うえの奥おくの手てが、ちゃんと用意よういしてあるんだ。あいつは、きっと、つかまえてみせるよ。」

明智あけちは、さも自信じしんありげに、きっぱりと、いいきるのでした。

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