← Library‹ サーカスの怪人 大曲芸

怪かい老人ろうじんが消きえてから十じゅう分ふんもたったころ、見物けんぶつ席せきに、恐おそろしいざわめきがおこりました。見物けんぶつたちは、さきをあらそって、大だいテントのそとへ逃にげだそうとしています。そのこんざつは、ひととおりではありません。

ころんで、泣なきさけぶ子こども、ひめいをあげる若わかい女おんなの人ひと、おしつぶされそうになって、入口いりぐちをめざす人ひとのむれ、わきかえるようなさわぎです。

そんななかにも、見物けんぶつ席せきにふみとどまっている勇敢ゆうかんな人ひとたちもありました。その人ひとたちの目めは、いっせいに、大だいテントの天井てんじょうを見みつめています。

高たかい高たかい天井てんじょうの空中くうちゅう曲芸きょくげいのぶらんこ台だいに、ポックリと異様いようなもののすがたが見みえました。あいつです。あのいまわしい骸骨がいこつ男おとこです。ぴったりと身みについた黒くろいシャツとズボン、顔かおは骸骨がいこつそっくりの、あの怪物かいぶつです。二十にじゅう面相めんそうは背中せなかのまがった老人ろうじんから、とくいの骸骨がいこつ男おとこにはやがわりをしたのです。骸骨がいこつの仮面かめんと黒くろシャツは、いくつも用意よういしてあって、サーカスの中なかの秘密ひみつのかくし場所ばしょにも、ひとくみ、かくしてあったのでしょう。

空中くうちゅうでは、骸骨がいこつ男おとこがぶらんこに乗のって、いきおいよくふりはじめました。だんだん高たかく、しまいには、テントの天井てんじょうにつくほどもはげしく、そして、それが、いちばん高たかくあがったとき、パッとぶらんこをはなれて、空中くうちゅうにおどりだしました。下したには網あみがはってありません。そのまま落おちれば命いのちはないのです。

残のこっていた見物けんぶつたちは、アッと声こえをたてて、手てに汗あせをにぎりました。

しかし、骸骨がいこつ男おとこは落おちなかったのです。天井てんじょうに横よこたわっている丸太まるたにとびついていました。そして、丸太まるたから丸太まるたへと、まるでサルのように身みがるにとびうつっていきます。

とうとう、むこうがわのぶらんこ台だいまでたどりつきました。そのぶらんこ台だいからは、曲芸きょくげい師しが下したにおりるための長ながい綱つながさがっています。骸骨がいこつ男おとこは、その綱つなにとびついたかと思おもうと、スウッと、地面じめんの近ちかくまですべりおりてきました。それから、その長ながい綱つなを、ぶらんこのようにふりはじめたのです。

だんだん、いきおいがついてきました。長ながい綱つなのふりこですから、サアッ、サアッと、円形えんけいの馬場ばばを横よこぎって、見物けんぶつの頭あたまの上うえまでとんできます。そして、むこうへふったときには、正面しょうめんの楽屋がくやの入口いりぐちまでとどくのです。

サアッ、サアッ、……巨大きょだいな時計とけいのふりこです。さきに骸骨がいこつのぶらさがったふりこです。じつにみごとな光景こうけいでした。こわいけれども、美うつくしい光景こうけいでした。

その大おおふりこが、むこうの楽屋がくや口くちに近ちかづいたとき、骸骨がいこつ男おとこは、またしても、パッと手てをはなしたではありませんか。

骸骨がいこつ男おとこの黒くろいからだは、綱つなをはなれて、矢やのようにとびました。なにかにぶっつかったら、おしまいです。

しかし骸骨がいこつ男おとこはよほど曲芸きょくげいの名人めいじんとみえて、宙ちゅうをくるくるとまわりながら、楽屋がくやの入口いりぐちの白しろいカーテンの前まえに、ひょいと立たちました。そして、パッとカーテンをまくると、そのまま、楽屋がくやの中なかへ消きえてしまったのです。

サーカス団員だんいんたちは、みんなまんなかの砂場すなばに出でて、骸骨がいこつの空中くうちゅう曲芸きょくげいを見みあげ、口々くちぐちになにかわめいていましたが、怪人かいじんが、楽屋がくやに消きえたのを見みると、「ワアッ。」と叫さけんで、そのあとを追おいました。

しかし、カーテンのむこうには、もうだれもいません。出没しゅつぼつ自在じざいの怪人かいじんは、またしても、どこかへ消きえてしまったのです。

みんなが、そのへんをうろうろしながらさわいでいますと、楽屋がくやの奥おくから、でっかいものがあらわれました。ゾウです。ゾウが歩あるいてくるのです。

見みると、ゾウの頭あたまの上うえに、骸骨がいこつ男おとこがまたがっているではありませんか。手てには猛獣もうじゅうをならす、長ながいムチを持もっています。

あいにく、ゾウ使つかいの男おとこが、そのへんにいないので、どうすることもできません。みな、ワアワアとさわぐばかりです。

ピシッ、ムチがなりました。その音おとにゾウがかけだしたのです。楽屋がくや口くちのカーテンをくぐって、円形えんけいの馬場ばばへ走はしりだしたのです。

見物けんぶつ席せきに、ワアッという声こえがあがります。勇敢ゆうかんな見物けんぶつたちも、これを見みては逃にげださずにはいられません。そう立たちになり、入口いりぐちのほうへ、なだれをうってかけだすのでした。

骸骨がいこつ男おとこはゾウの頭あたまの上うえに、すっくと立たちあがっていました。そして、ピシッ、ピシッと、ムチをならしています。ゾウは円形えんけいの馬場ばばを、ぐるぐるまわりはじめました。

「ワハハハハ……。」

恐おそろしい笑わらい声ごえが大だいテントいっぱいにひびきわたりました。骸骨がいこつが、おかしくてたまらないというように、笑わらっているのです。

「ワハハハハハ……。」

ゾウの頭あたまの上うえに立たったまま、ムチをふりながら、いつまでも笑わらいつづけているのです。

骸骨がいこつ男おとこは、とうとう、気きがちがったのでしょうか。それとも、二十にじゅう面相めんそうをつかまえることのできない、サーカスの人ひとたちや警官けいかんを、あざ笑わらっているのでしょうか。

小林こばやし、井上いのうえ、野呂のろの三さん少年しょうねんが、楽屋がくや口くちにむらがっているサーカス団だん員いんのうしろから、このふしぎな光景こうけいをながめていました。骸骨がいこつ男おとこが、なぜこんな曲芸きょくげいをやっているのか、その気きもちがわかりません。

ぐるぐるまわっているゾウが、楽屋がくや口くちの前まえをとおりました。そのとき、頭あたまの上うえに立たっている骸骨がいこつ男おとこの顔かおに、おどろきの色いろがあらわれました。骸骨がいこつ男おとこの目めと小林こばやし少年しょうねんの目めとが、ぶっつかったのです。骸骨がいこつ男おとこは、そのときはじめて、テントの中なかに小林こばやし君くんのいることをしりました。

骸骨がいこつ男おとこの笑わらいがとまりました。そして、恐おそろしい声こえがひびいてきました。

「そこにいるのは、明智あけちの弟子でしの小林こばやしだなッ。」

走はしっていたゾウが立たちどまりました。骸骨がいこつ男おとこがとめたのです。怪人かいじんの目めは、じっと小林こばやし君くんをにらみつけています。

小林こばやし君くんは、サーカス団だんの人ひとたちをかきわけて前まえに出でました。そして、相手あいての目めをにらみかえしながら叫さけびました。

「そうだよ、明智あけち先生せんせいの弟子でしだよ。きみが警官けいかんに化ばけて、あの地下ちか道どうからぬけだしたことは、もうすっかりわかっているんだ。いまに明智あけち先生せんせいが、ここへこられるよ。……アッ、サイレンだ。おいきみ、あの音おとが聞きこえるかい、警察けいさつ自動じどう車しゃのサイレンだよ。警官けいかん隊たいが到着とうちゃくしたのだ。きみはもう、逃にげられないよ。」

ウー、ウー、というサイレンの音おとが、テントのそとへ近ちかづいていました。ピシッ、ムチがなったかと思おもうと、やにわにゾウが、テントの入口いりぐちへむかってかけだしました。骸骨がいこつ男おとこは、ゾウの頭あたまの上うえでおどるように、ちょうしをとっています。まだ残のこっていた見物けんぶつたちのあいだに、「ワアッ。」というどよめきがおこりました。

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