← Library‹ 妖人ゴング トランクの中

トランクの中なかに、とじこめられていた小林こばやし少年しょうねんは、いったい、どんな気持きもちだったでしょう。

自動じどう車しゃにつまれて十じゅう五ご分ふんほど走はしり、どこかの建物たてものの中なかへおろされたかと思おもうと、あたりはシーンと静しずかになり、だれもいなくなったようです。

それから夜中よなかまでの、長ながかったこと!

夜光やこうの腕うで時計とけいをはめていたので、ときどき、それを見みるのですが、時間じかんのすすむのが、じつにおそいのです。九きゅう時じ半はんごろから、真ま夜中よなかまでの三さん時間じかんあまりが、まるで、一いちヵ月かげつのように感かんじられました。

だんだんおなかがへってくる、のどがかわいてくる、その苦くるしさというものはありません。それに、夕ゆうがたから、からだをまげたまま、トランクづめになっているので、手ても足あしもしびれてしまって、どこか背中せなかのほうが、ズキン、ズキンと、いたむのです。

なんど、トランクをやぶって逃にげだそうと思おもったかしれません。ピストルも持もっているし、ナイフもあるのです。トランクをやぶるのは、さしてむずかしいことではありません。

しかし、小林こばやし君くんは、歯はをくいしばって、がまんしました。せっかく敵てきのすみかをさぐるために、トランクにはいったのですから、いま逃にげだしては、なんにもなりません。あくまで、がんばるほかはないのです。

ときどき、うとうとと眠ねむりました。けっして、こころよい眠ねむりではありません。あまりのいたさ、あまりのひもじさに、頭あたまがしびれるようになって、おぼえがなくなったのです。眠ねむるというよりは、気きをうしなったのです。いくどとなく、気きをうしなったのです。

しかし、やっとのことで、真ま夜中よなかになりました。そして、どこかへ、はこびだされました。ゆらゆらと、いつまでもゆれています。船ふねに乗のせられたらしいのです。ギイ、ギイというろの音おとが、かすかに聞きこえてきます。

そのうちに、トランクのあちこちに、コチコチと、金属きんぞくのふれあう、かすかな音おとがしました。それは、息いきぬきの穴あなに、ネジクギをさす音おとだったのですが、小林こばやし君くんには、そこまではわかりません。

しばらくすると、なんだか息いきぐるしくなってきました。いままで、トランクの中なかでも、かすかなすきま風ふうのようなものを感かんじていたのに、それがぱったりなくなり、外そとの物音ものおとも、まったく聞きこえなくなりました。

そのうちに、船ふねのゆれかたと違ちがうゆれかたを感かんじました。ふなばたに持もちあげられたときです。そして、らんぼうに投なげだされるような気きがしたと思おもうと、エレベーターでおりるときのような、スーッと沈しずんでいく感かんじが、しばらくつづきました。そして、からだのほうぼうが、チクチクと、針はりでさすように、つめたくなってきました。いくらネジクギでとめても、どこかに、かすかなすきまがあるので、そこから水みずがしみこんできたのです。

小林こばやし君くんが、それを水みずだとさとるまでには、何十なんじゅう秒びょうかかかりましたが、ハッとそれに気きがつくと、さては、水みずの中なかへ沈しずめられたのかと、気きもとおくなるほど、おどろきました。

しかし、びっくりしたときには、もう沈しずむのがとまっていて、しばらくすると、横よこにズルズルとひっぱっていかれるような感かんじが、すこしつづき、それから、こんどは上うえの方ほうへ持もちあげられ、人ひとの手てで運はこばれるような気持きもちがして、やがて、どこかへおかれたらしく、ぱったり動うごかなくなってしまいました。もう水みずの中なかではなさそうです。小林こばやし君くんは、やっと、いくらか安心あんしんしました。

カチカチと、音おとがします。トランクのかぎあなへ、かぎをいれて、まわしているらしいのです。

「さては、ここで、ふたをひらくんだな。」

と思おもうと、こんどはまたべつの心配しんぱいで、胸むねがドキドキしてきました。

パッと、トランクのふたがひらかれました。おいしい空気くうきが、サーッと吹ふきこんできました。電灯でんとうがついているらしく、目めをふさいでいても、まぶしいほど、まぶたが明あかるくなりました。

目めをあいて、あたりを見みまわしたい。きゅうくつなトランクから飛とびだして、おもうぞんぶん手足てあしをのばし、深ふかく息いきをすいたい。しかし、小林こばやし君くんは、ここが、がまんのしどころだと思おもいました。

それで、トランクの中なかに、じっと、身みをちぢめたまま、そっと、かすかに、まぶたをひらいて、まつげのあいだから、外そとをぬすみ見みました。

ひとりの人間にんげんが、トランクの上うえにかがみこんで、マユミさんに変装へんそうした小林こばやし君くんを、じっと見みているのです。あいつです。大おおきな白しろっぽい、うつろの目め、長ながい牙きばのはえた恐おそろしい口くち、その顔かおが、五十ごじゅうセンチの近ちかさで、映画えいがの大おおうつしのように、小林こばやし君くんの目めの前まえにせまっていたではありませんか。

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