← Library‹ 妖人ゴング 鉄のかんおけ

窓まどのないふしぎな部屋へやで、ゴングのために、変装へんそうを見みやぶられた小林こばやし少年しょうねんは、あれからどうなったのでしょう。

そのとき、ゴングは、小林こばやし少年しょうねんの腕うでをまくると、どこからか注射ちゅうしゃ針はりをとりだして、チクリとさしこみ、てばやく、なにかの薬くすりを注射ちゅうしゃしました。すると、小林こばやし君くんは、くらくらとめまいがして、あたりがまっ暗くらになり、なにもわからなくなってしまいました。

それから、どれほど時間じかんがたったのでしょうか。小林こばやし君くんは、ガクンと、恐おそろしい力ちからで、頭あたまをなぐられたような気きがして、目めをさましました。しかし、あたりはまっ暗くらで、いま、どこにいるのか、さっぱりけんとうがつきません。

ゆらゆらとゆれています。めまいのせいかと思おもいましたが、そうではなくて、部屋へやぜんたいが大だい地震じしんのように、たえまなく、ゆれているのです。

心臓しんぞうが、ドキドキしてきました。なんだか、おさえつけられるような、息いきぐるしさです。あたりをさぐろうとしましたが、手てをのばしきらないうちに、かたい、つめたい壁かべにさわりました。それじゃあ、部屋へやのすみにいるのかしらと、べつの方角ほうがくへ手てをのばすと、そこにも、かたい壁かべがあります。あわてて、四方しほう八方はっぽうをさぐってみましたが、どこもみんな、かたい壁かべです。コンクリートではありません。鉄てつの壁かべです。

なんだか、大おおきな水道すいどうの鉄管てっかんの中なかへ、とじこめられているような気きがしました。しかし、その鉄管てっかんは横よこになっているのではなくて、たてに立たっているのです。そして、ゆらゆらと地震じしんのようにゆれているのです。

小林こばやし君くんは、床ゆかにさわってみました。床ゆかも、つめたい壁かべです。手てをのばして、頭あたまの上うえをさぐってみました。てんじょうも鉄てつの板いたです。つまり、鉄てつでできたかんおけのようなものの中なかに、とじこめられていることがわかりました。

でも、この鉄てつのかんおけは、どうして、こんなにゆれているのでしょう。地ちの底そこに、うずめられたのではありません。まさか、空中くうちゅうをただよっているのでもないでしょう。すると? ああ、わかりました。水みずの上うえをただよっているのです。このゆれかたは、船ふねのゆれるのと、そっくりです。

小林こばやし君くんは、トランクにいれられて、隅田すみだ川かわになげこまれたことを思おもいだしました。あの窓まどの、一ひとつもないみょうな部屋へやは、きっと、隅田すみだ川かわの底そこにあったのです。妖あやかし人にんゴングのすみかは、川かわの底そこにあったのです。なんという、うまいかくれがでしょう。

そこから、この鉄てつのかんおけにいれて、ほうりだされたのにちがいありません。鉄てつのかんおけの中なかには空気くうきがはいっていますから、水みずの上うえに浮うきあがって、川かわを流ながれているのでしょう。

ゴングは、「きさまが生いきるか死しぬかは、運うんにまかせるのだ。」といいました。そうです。運うんがわるければ、死しんでしまうのです。だれかがこの鉄てつのかんおけをみつけて、助たすけてくれなければ、小林こばやし君くんは死しんでしまうのです。うえ死じにするまえに、空気くうきの中なかの酸素さんそがなくなって、死しんでしまうのです。

小林こばやし君くんは、そこまで考かんがえると、あわてて、鉄てつのかんおけの内うちがわを、さぐりまわりました。どこかにふたがあって、ひらくようになっているだろうと思おもったからです。

しかし、どこにも、ひらくようなところはありません。みんな鉄てつのびょうで、しっかり、とめてあって、小林こばやし君くんの力ちからでは、どうすることもできないのです。

そのうちに、だんだん、息いきぐるしくなってきました。胸むねがドキドキして、耳みみがジーンとなりだし頭あたまがいたくなってきました。空気くうきの中なかの酸素さんそが、すくなくなったからです。

一いち度ど息いきをするたびに、酸素さんそがへって、炭酸たんさんガスがふえてくるのです。それを思おもうと小林こばやし君くんは、気きが気きではありません。いまに、鉄てつのかんおけの中なかは、炭酸たんさんガスばかりになって、死しんでしまうのです。ああ、どうすればいいのでしょう。助たすけをもとめようにも、あつい鉄てつの板いたでかこまれているのですから、声こえが、外そとまでとどくはずはないのです。

からだじゅうに、つめたい汗あせがにじみだしてきました。心臓しんぞうはいよいよドキドキとおどりだし、息いきがくるしくなってきました。酸素さんそが、すこししか残のこっていないのです。

もう、だまっているわけにはいきません。声こえが、外そとまで聞きこえないとわかっていても、助たすけをもとめないではいられません。

「助たすけてくれえええ……。」

小林こばやし君くんは、せいいっぱいの声こえで叫さけびました。声こえだけではたりないので、手てと足あしを、めちゃくちゃに動うごかして、鉄てつの板いたをけったり、たたいたりしました。

×    ×    ×

そのとき、隅田すみだ川かわと東京とうきょう港こうのさかいめの造船ぞうせん工場こうじょうのある川岸かわぎしで、ふたりの労働ろうどう者しゃが、岸きしの近ちかくに流ながれついた赤あかいブイを、ふしぎそうに見みつめていました。朝あさの六ろく時じごろのことです。

「へんだなあ、ブイがこんなところへ流ながれてくるなんて。きっと、おきのほうにつないであったのが、くさりがきれて、流ながれてきたんだね。」

「だが、あのブイは、波なみもないのに、いやに動うごくじゃないか。大おおきな魚さかなが、下したからひっぱっているのかもしれないぜ。」

ふたりの労働ろうどう者しゃは、気味きみわるそうに顔かおを見みあわせました。赤あかくぬったブイは、魚さかなつりのうきを何千なんぜん倍ばいにもしたようなものです。ですから、このブイをひっぱっている魚さかなも、クジラのように大おおきなやつかもしれません。まさか、隅田すみだ川かわへクジラがはいってくるはずはないのですが、それにしても、こんな大おおきな鉄てつのブイを動うごかしているのは、どんな魚さかなだろうと、うす気味きみわるくなってくるのでした。

「おやっ、へんな音おとが聞きこえるぜ。どっかで、コンコンと、なにかたたいているような音おとが。」

「そうだな。まだ工場こうじょうは仕事しごとをはじめていないのに、いったい、なにをたたいているんだろう?」

「おい、この音おとは、あのブイの中なかから聞きこえてくるようだぜ。見みたまえ、ブイがヒョコヒョコ動うごくのと、あの音おとと、調子ちょうしがあっているじゃないか。」

「いやだぜ、ブイの中なかに、なにか動物どうぶつでもはいっているのかな。」

「ばかをいっちゃいけない。ブイの中なかに動物どうぶつなんか、はいれるわけがないじゃないか。」

「おやっ! ますますへんだぞ。かすかに人間にんげんの声こえが聞きこえてくる。遠とおくのほうで、子こどもが泣ないているような声こえだ。」

「いまごろ、このへんに、子こどもなんか、いやしない。やっぱりブイの中なかかな?」

「だが、ブイの中なかに、人間にんげんがはいっているなんて、聞きいたこともないね。」

話はなしているうちに、ブイは、ヒョコヒョコとゆれながら、岸きしとすれすれのところまでただよってきました。

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