刑事にばけた妖人ゴングは、鉄のドアをおしたり、ひいたりしてみましたが、恐ろしくがんじょうにできているので、どうすることもできません。からだごと、ぶっつかってみても、びくともしないのです。
針金が一本あれば、錠をひらくぐらい、ゴングには、わけもないのですが、あいにく、そんな針金は、どこにもありません。ゴングはがっかりして、地下室のすみにおいてあるベッドに腰かけました。
「明智は、恐ろしいやつだ。まさか、ここまで、裏の裏があるとは知らなかった。」
西多摩の山の中まで出かけていくと、それが、にせもの。そして、こんどは、家にかくれているだろうと、やっとのことで防空壕を探しあてると、またしてもにせものだったのです。明智探偵の奥底のしれない計略には、さすがのゴングも、すっかり、あきれてしまいました。
ベッドに腰かけて考えこんでいますと、目のすみで、なにかしら、チラッと、動いたものがあります。
だれもいない地下室に、動くものがあるはずはありません。「へんだな。」と思って、よく見ますと、すぐ前のコンクリートの壁の下に、さしわたし十センチほどの、いびつな穴があいています。穴の中はまっ暗です。どうも、さっき動いたのは、この穴のへんでした。穴の中に、なにか生きものがいるのでしょうか。
大きなヘビでも住んでいるのではないかと思うと、いくらゴングでも、いい気持はしないとみえて、かれは、みょうな顔をして、じっと、その穴をにらみつけていました。
すると、まっ暗な穴の中から、チラッとのぞいたやつがあります。小さい目がキラキラ光って、口がとんがり、ひげがピンと五―六本はえています。
「なあんだ、ネズミじゃないか。」
ゴングは、思わずつぶやきました。ネズミは用心ぶかく、しばらく考えていましたが、ゴングがしずかにしていますので、だいじょうぶと思ったのか、チロチロと、穴からはいだしてきました。
「ネズミがくるからには、この穴は、外へ通じているんだな。それなら、この穴を大きくして、土を掘っていけば、逃げだせるかもしれないぞ。」
ゴングは、そんなことを考えました。たしかにこの穴は、あるところへ通じていたのです。しかし、それがどんなところだったか? もしゴングが、そこへ気づいたら、どんなにギョッとしたことでしょう!
さっきのネズミは、地下室のすみをつたって、スーッと、むこうへ走っていきましたが、すると、また穴の中から、小さな顔をだしたやつがあります。二ひきめのネズミです。
その第二のネズミが穴を出て、そのへんをうろうろしているあいだに、また、穴の中から、第三のネズミがはいだし、つづいて、第四、第五と、あわせて五ひきのネズミが出てきたではありませんか。
「へんだなあ。どうして、こんなにネズミが出てくるんだろう? ここには、たべものなんか、ありゃしないのに。」
ゴングは、なんだか気味がわるくなってきました。ネズミたちが、地下室に閉じこめられたじぶんを、からかいにきたのかと思うと、しゃくにさわってくるのです。
「こんちくしょうめ!」
ゴングはいきなり立ちあがり、足ぶみをして、ネズミを、もとの穴の中へおいかえそうとしました。
ところが、ネズミたちは、地下室をぐるぐる逃げまわるばかりで、どうしても穴の中へは、はいろうとしません。
なぜでしょう? これには、なにかわけがあるのでしょうか。ひょっとしたら、穴の奥に恐ろしい動物がいるので、ネズミたちはそれがこわくて、穴へもどれないのではないでしょうか。
そのとき、またしても、なんだか、へんなことが起こりました。穴の中から、水が流れだしてきたのです。
それを見ると、ゴングは、あることに気づいて、まっさおになってしまいました。
穴の奥には、たしかに恐ろしいやつがいたのです。それは水だったのです。ネズミどもは流れる水におわれて、この部屋へ逃げてきたのにちがいありません。
そのうちに、水の勢いがはげしくなってきました。ドーッと流れだしてきたかと思うと、つぎには噴水のように、恐ろしい力でふき出すのです。
「ああ、わかったぞ。この穴はあの池の底へ通じているんだな。」
ゴングは、花崎さんの庭に、池のあることを思いだしました。このお話のさいしょのほうで、池の中から巨大なゴングの顔があらわれたことがあります。あの池です。あの池の水が、この穴へ流れてくるのです。
ゴングが地下室へ閉じこめられたとき、だれかが、池の底にしかけてあるふたをはずして、水が流れるようにしたにちがいありません。
流れだす水は、みるみる地下室の床いっぱいになり、立っているゴングの足くびをかくし、その水面が、じりじりとあがってくるのです。
ネズミどもは、五ひきともベッドの上にかけあがりました。ゴングも、ベッドにのぼりました。
水面は、ぐんぐんと高くなり、もうベッドの上までのぼってきたではありませんか。
ゴングは、ジャブジャブと水の中を歩いて、鉄のドアに近づき、もう一度、おしたり、ひいたりしてみましたが、やっぱり、だめです。
水面はもう、ゴングの腰のへんまでのぼってきました。