← Library‹ 妖人ゴング 悪魔の笑い声

おじょうさんは、その音おとにびっくりしたように、空そらを見みあげました。どうも、空そらからふってくるような音おとだったからです。それから、見みあげた顔かおを、ひょいと、銀行ぎんこうの壁かべにむけました。そして、おじょうさんは、壁かべのかげを見みたのです。そのとき、巨人きょじんのかげは、口くちを大おおきくひらき、するどい歯はをむきだして、おじょうさんの頭あたまの上うえから、いまにも、かみつきそうにしていました。実物じつぶつの千せん倍ばいの顔かおが、おじょうさんの真上まうえに、のしかかっていたのです。

すると、空そらからふってくる、あのぶきみな音おとが、にわかに大おおきく、耳みみもやぶれんばかりにひびきました。

「ウワン……ウワン……ウワン……ウワン……ウワン……。」

おじょうさんは、はっとして、かけだそうとしましたが、なにかにつまずいて、巨人きょじんの顔かおの下したに、バッタリたおれました。

巨人きょじんの顔かおは、グーッと、さがってきました。そして、かわいそうなおじょうさんに、ガッと、かみついたではありませんか。

そして、また、顔かおを上うえにあげて、大おおきな口くちが、カラカラ笑わらっているように動うごきました。

「ウワン……ウワン……ウワン……。」

ああ、悪魔あくまが笑わらっているのです。あざけり笑わらっているのです。教会きょうかいのかねのような音おとは、悪魔あくまの笑わらい声ごえだったのです。それが銀座ぎんざの夜空よぞらいっぱいに、なりひびいているのです。どうしたのでしょう? おじょうさんは、たおれたまま起おきあがりません。どこか、けがでもしたのでしょうか。それとも悪魔あくまにくい殺ころされてしまったのでしょうか。でも、まさか、かげが人ひとをくい殺ころすことはありますまい。

こちらでは、おくびょうもののノロちゃんが、井上いのうえ君くんのおとうさんにしがみついて、顔かおをかくしていました。顔かおをかくしても、音おとだけは聞きこえます。恐おそろしい悪魔あくまの笑わらい声ごえが聞きこえてきます。

井上いのうえ一郎いちろう君くんは、勇気ゆうきのある少年しょうねんですから、じっと、むこうのできごとを見みつめていましたが、なにを思おもったのか、いそいで、おとうさんの洋服ようふくの袖そでをひっぱりました。

「おとうさん、あのたおれた人ひと、ぼく見みおぼえがあります。つまずいて、たおれそうになったとき、わかったのです。マユミさんです。おねえさまです。」

「えっ、おねえさまってだれのことだね。」

「ほら、このあいだ話はなしたでしょう。明智あけち先生せんせいの助手じょしゅのマユミさんです。ぼくらの少年しょうねん探偵たんてい団だんの顧問こもんになってくれた、おねえさまです。」

「ああ、そうだったのか。それじゃ、あそこへいってみよう。」

おとうさんは、そういって、ノロちゃんの手てをひっぱって、歩道ほどうから電車でんしゃ通とおりを、よこぎろうとしましたが、むこうの壁かべを見みて、おもわず立たちどまりました。壁かべのかげが、かわっていたからです。

巨人きょじんの顔かおは消きえて、そのあとに、巨大きょだいなクモの足あしのようなものが、もがもがと動うごいていました。

「あっ、悪魔あくまの手てだっ! おねえさまを、つかもうとしている。おとうさん、はやくいきましょう。」

一郎いちろう君くんが叫さけびました。

銀行ぎんこうの壁かべいっぱいに、五ご本ほんの指ゆびの爪つめの長ながくのびた手てが、たおれているマユミさんの上うえから、つかみかかっているのです。実物じつぶつの千せん倍ばいの手てが、つかみかかっているのです。そして、あのぶきみな悪魔あくまの笑わらい声ごえは、まだつづいていました。空そらから、ふってくるように、ウワン、ウワンと、なりひびいているのです。

三さん人にんが、むこうがわに、たどりついたときには、もうそのへんは、黒山くろやまの人ひとだかりでした。そして、いつのまにか、銀行ぎんこうの壁かべはまっ暗くらになっていました。悪魔あくまのかげも、サーチライトの光ひかりも消きえてしまっていたのです。

井上いのうえ君くんたちは、人ひとをおしわけて、たおれているマユミさんに近ちかづき、井上いのうえ君くんのおとうさんが、そのからだをだき起おこしました。

「しっかりしてください。どこか、けがをしたんですか。」

すると、マユミさんが目めをあけて、夢ゆめからさめたようにあたりを見みまわしましたが、井上いのうえ君くんとノロちゃんに気きがつくと、

「あらっ、少年しょうねん探偵たんてい団だんのかたね。」

とうれしそうにいうのでした。

「けがはないのですか?」

「ええ、べつに、けがはしていません。でも、わたし、夢ゆめを見みたのでしょうか。恐おそろしいものが、あの壁かべに……。」

「夢ゆめではありません。ぼくたちも見みたんです。大おおきな顔かおのかげでしょう。もう消きえてしまいましたよ。」

「ええ、あれを見みたひょうしに、つまずいてたおれたのですが、そのまま、なにかにおさえつけられているような気きがして、起おきられなかったのです。恐おそろしい夢ゆめに、うなされているような気持きもちでした。わたし、いくじがないのねえ。はずかしいわ。」

そういって、マユミさんは、ニッコリ笑わらいながら立たちあがるのでした。

そこへ、おまわりさんがかけつけてきましたので、井上いのうえ君くんのおとうさんが、さっきからのふしぎなできごとを話はなし、マユミさんが名めい探偵たんてい明智あけち小五郎こごろうの新あたらしい助手じょしゅだということも、つたえました。

「デパートの屋上おくじょうから、サーチライトを照てらして、あんないたずらをやったのに、ちがいありません。けしからんやつです。デパートを捜索そうさくして、そいつを、ひっとらえてください。」

警官けいかんはうなずいて、

「よろしい。すぐに本署ほんしょに連絡れんらくして捜索そうさくをはじめます。あなたがたは、この人ひとをうちへ送おくってあげてください。」

といいますので、三さん人にんはマユミさんといっしょに自動じどう車しゃに乗のって、明智あけち探偵たんてい事務じむ所しょにおくりとどけました。そして、明智あけち探偵たんていと小林こばやし少年しょうねんに、こんやのできごとを話はなしますと、いつもにこにこしている明智あけち探偵たんていが、なぜか、ひどく心配しんぱいそうな顔かおになって、井上いのうえ君くんのおとうさんに、こんなことをいうのでした。

「これは、ただのいたずらではないかもしれません。銀座ぎんざのまん中なかで、そんなことをやってのけるやつは、ただものではありません。ぼくは、これが、なにか大だい事件じけんのはじまりになるのではないかと心配しんぱいしているのです。警察けいさつがいくらデパートを捜索そうさくしてもむだでしょう。これほどのことをするやつが、むざむざつかまるはずはありません。」

この明智あけち探偵たんていの心配しんぱいは、そのとおりになりました。警察けいさつの捜索そうさくは失敗しっぱいにおわったのです。

警官けいかん隊たいはデパートの宿直しゅくちょく員いんに案内あんないさせて、屋上おくじょうはもとより、各階かくかいのすみずみまでさがしまわりましたが、あやしいやつを発見はっけんすることはできなかったのです。そのデパートには屋上おくじょうにサーチライトがすえつけてありました。そのサーチライトが、つかわれたことは明あきらかです。しかし、それが何者なにもののしわざであるかは、すこしもわからないのでした。そして、名めい探偵たんていがさっしたとおり、これは、世よにも恐おそろしい怪かい事件じけんのはじまりだったのです。

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