← Library‹ 妖人ゴング 黒い怪物

その夕方ゆうがたのことです。マユミさんは、おとうさんの花崎はなさき検事けんじのおうちに、用事ようじがあって出でかけた帰かえり道みち、電車でんしゃをおりて、千代田ちよだ区くのさびしい町まちを、麹町こうじまちアパートのほうへ、歩あるいていきました。

明あかるいうちに帰かえるつもりだったのが、ついおそくなって、もう、あたりは、うす暗ぐらくなっています。

かたがわは長ながいコンクリートべい。かたがわは、草くさのはえた広ひろい空地あきちです。明智あけち探偵たんていは、さっきの怪物かいぶつの電話でんわのことを、マユミさんには話はなさないでおきましたから、そのことは知しらないのですが、このあいだの銀座ぎんざの事件じけんや、弟おとうとの俊一しゅんいち君くんが見みた池いけの中なかの怪物かいぶつのこともありますので、いくらしっかりもののマユミさんでも、こんなさびしい町まちを通とおるのは、やっぱり、うす気味きみがわるいのです。自動じどう車しゃに乗のればよかったと後悔こうかいしながら、いそぎ足あしに歩あるいていました。

ふと気きがつくと、むこうの電柱でんちゅうのかげに、黒くろい大おおきなふろしき包つつみのようなものが、おいてあります。

「どこかの店員てんいんが、おきわすれていったのかしら?」

と思おもいましたが、ふろしき包つつみにしては、なんだか、へんなかっこうです。まるで、まっ黒くろなでこぼこの、大おおきな岩いわのように見みえるのです。

マユミさんは、ふと恐おそろしくなって、立たちどまりました。そして、じっとにらんでいますと、むこうの黒くろいものも、こちらを、にらんでいるような気きがします。目めはないけれども、なんだかにらんでいるような感かんじなのです。

マユミさんは、ギョッとしました。黒くろいものが、かすかに動うごいたように思おもったからです。

「やっぱりそうだわ。あれは、怪物かいぶつがばけてるんだわ。」

そう思おもうと、にわかに、胸むねがどきどきしてきました。そして、もと来きたほうへ、ひきかえそうとしましたが、うしろをむけば、黒くろいやつが、いきなり、とびかかってきそうで、逃にげることもできません。

マユミさんは、ヘビにみいられたカエルのように、じっと立たちすくんで、その黒くろいものを見みつめているほかはないのでした。

やっぱりそうです。黒くろいものは、動うごいているのです。もぞもぞと動うごいているのです。

やがて、黒くろいものが、ヌーッと上うえのほうにのびました。そして、ふわ、ふわと、こちらへ近ちかづいてくるではありませんか。

マユミさんは、からだが、しびれたようになって、声こえをたてることも、どうすることも、できません。

それは人間にんげんの形かたちをしていました。人間にんげんが黒くろい大おおきなきれを、頭あたまからかぶって、電柱でんちゅうのかげにうずくまっていたのです。

そいつは、まっ黒くろな幽霊ゆうれいのように、ふわふわと、こちらへやってきます。そして、三さんメートルほどに近ちかづいたとき、かぶっていた黒くろいきれを、パッとひらいて、顔かおを見みせました。

ああ、その顔かお! マユミさんは、まだ見みていなかったけれど、渋谷しぶやの空そらにあらわれた巨大きょだいな顔かお、俊一しゅんいち君くんが見みた池いけの中なかの巨人きょじん、あれとそっくりの恐おそろしい顔かおが、そこにあったのです。

夕ゆうやみの中なかで、はっきりは見みえませんが、顔かおぜんたいが、ぼんやりと白しろっぽくて、大おおきな目めが、ぎょろりと、こちらをにらんでいます。

そいつが、グワッと、口くちをひらきました。耳みみまでさけた大おおきな口くち、白しろい二に本ほんの牙きばが、ニューッととびだしています。

「マユミ、おまえの運命うんめいを聞きかせてやろう。今月こんげつの十じゅう五ご日にち、おまえは、この世よから消きえてしまうのだ。ある部屋へやの中なかから、煙けむりのように消きえうせてしまうのだ。わかったか。いくら用心ようじんしても、だめだ、明智あけちにたのんでも、だめだ。かわいそうだが、これが、おまえの運命うんめいなのだ。よくかくごをしておくがいい。」

いいおわると、どこからともなく、ウワン、ウワン、ウワン、ウワン、ウワンと、あのいやな音おとが聞きこえてきました。銀座ぎんざや渋谷しぶやのときのような、大おおきな音おとではありません。もっと、ずっと小ちいさな、やっと二十にじゅうメートル四方しほうに聞きこえるぐらいの音おとでした。

「ウワン、ウワン、ウワン、ウワン……。」

怪物かいぶつは黒くろいきれを、頭あたまからかぶって、サーッと、原はらっぱの中なかへ、遠とおざかっていきます。それとともに、あの音おとも、だんだん、かすかになり、ついにまったく、聞きこえなくなってしまいました。マユミさんは、しばらくのあいだ、魔法まほうにしばられたように、足あしを動うごかすこともできないで、ぶるぶるふるえながら立たっていましたが、やっと、魔法まほうがとけたのか、からだが動うごくようになったので、そのまま、いちもくさんに、明智あけち事務じむ所しょに向むかってかけだしました。

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