← Library‹ 妖人ゴング クモの糸

そして、いよいよ、その日ひがきたのです。きょうは、十じゅう五ご日にちです。

マユミさんはアパートの二に階かいの、じぶんの寝室しんしつに、とじこもっていました。明智あけち探偵たんていが借かりている部屋へやは、浴室よくしつや、炊事場すいじばをべつにして、五ご間けんもあるのですが、そのいちばん奥おくまったところに、マユミさんの寝室しんしつがありました。もとは小林こばやし少年しょうねんの寝室しんしつだったのを、小林こばやし君くんは明智あけち先生せんせいの寝室しんしつに寝ねることにして、新あたらしく助手じょしゅになったマユミさんに、じぶんの寝室しんしつを、ゆずりわたしたのです。

マユミさんの寝室しんしつへいくのには、どうしても書斎しょさいを通とおらなければならないのです。そして、その書斎しょさいには明智あけち探偵たんていが、一いち日にち外出がいしゅつしないで、がんばっていました。隣となりの部屋へやには、小林こばやし君くんがいます。そのうえ、マユミさんは、寝室しんしつのドアに中なかからかぎをかけているのです。これだけ厳重げんじゅうにしておけば、いくら怪物かいぶつでも、どうすることもできないはずでした。

二に階かいのマユミさんの寝室しんしつの窓まどは、アパートの横よこがわにひらいていて、その下したは地面じめんまで十じゅう五ごメートルもありました。アパートの横よこががけになっていて、建物たてものは高たかい石いしがきの上うえにたっていたからです。

ですから、窓まどのほうは、すこしも心配しんぱいすることがありません。そんなところを、よじのぼってこられるはずはないのです。

マユミさんは、朝あさから、その寝室しんしつにとじこもり、昼ひるの食事しょくじは、小林こばやし君くんにはこんでもらって、部屋へやの中なかですませましたが、午後ごごになると、そうしてじっとしているのが、たいくつになってきました。

いままで、本ほんを読よんでいましたが、それにも、あきてしまったのです。

午後ごご三さん時じごろでした。窓まどの外そとの、がけの下したから、パーンと、なにか爆発ばくはつしたような音おとが聞きこえてきました。

マユミさんは、びっくりして、窓まどのほうをふりむきましたが、すると、そのガラス窓まどの外そとを、赤あか、青あお、むらさき、黄色きいろなどの、うつくしい玉たまが、いくつも、いくつも、つぎつぎと、空そらのほうへのぼっていくのが見みえました。

空そらは、どんよりと曇くもっていましたが、その白しろっぽい雲くもの中なかへ、五色しきの玉たまが、スーイ、スーイとのぼっていくのです。

マユミさんは、あまりのうつくしさに、まぼろしでも見みているのではないかと、びっくりしましたが、よく考かんがえてみると、それは色いろとりどりのゴム風船ふうせんのようでした。がけの下もとで、風船ふうせん屋やがそそうをして、つないであった糸いとがきれて、ぜんぶの風船ふうせんが、空そらへ飛とびあがったのかもしれません。

しかし、こんながけの下したへ、風船ふうせん屋やがくるなんて、ありそうもないことです。マユミさんは、ふしぎでしかたがないので、おもわず立たって、窓まどのそばへいき、ガラスの戸とをひらいて、下したをのぞいてみました。

そのときです。じつに、恐おそろしいことがおこりました。窓まどのほうから、一いちぴきの巨大きょだいなクモが、黒くろい糸いとをつたって、スーッと、さがってきたのです。

ほんとうのクモではありません。クモのような人間にんげんです。ピッタリと身みについた黒くろいシャツとズボン下かをはき、顔かおには黒くろい覆面ふくめんをした、クモそっくりの人間にんげんです。そいつが、じょうぶな絹糸きぬいとでつくった縄なわばしごをつたって、真上まうえの三さん階かいの窓まどから、おりてきたのです。

あっというまにクモは、えものにとびつきました。えものというのはマユミさんです。うっかり窓まどをひらいて、外そとをのぞいたのが運うんのつきでした。それを待まちかまえていた巨大きょだいなクモは、パッとマユミさんにとびついて、クモの毒どくではなくて、麻酔ますい薬やくをしませた白布しろぬのを、彼女かのじょの口くちにおしつけ、ぐったりとなるのを待まって、そのからだを横よこだきにすると、窓まどをしめておいて、かた手てで縄なわばしごをのぼりはじめました。

空中くうちゅうのはなれわざです。マユミさんをかかえて、縄なわばしごをのぼるなんて、よほどの力ちからがなくてはできないことです。下したを見みれば、ゾッとするほどの高たかさです。絹糸けんしをよりあわせた縄なわばしごは、人間にんげんふたりの重おもみで、いまにも切きれそうにのびきっています。

それが切きれたら、いのちはありません。

やっとのことで、三さん階かいの窓まどにのぼりつきました。そして、まずマユミさんを、窓まどの中なかにいれ、じぶんもはいって、縄なわばしごをたくりあげ、ピッタリと窓まどをしめて、カーテンをおろしました。

あとは、なにごともなかったかのように、しずまりかえっています。二に階かいの窓まども三さん階かいの窓まどもしまっているので、マユミさんが、窓まどから引ひきあげられたことは、だれにもわかりません。

怪物かいぶつの予告よこくは、そのままに実行じっこうされたのです。マユミさんは、寝室しんしつの中なかから、煙けむりのように消きえうせてしまったのです。

三さん階かいのその部屋へやは、このアパートで、たった一ひとつのあき部屋へやでした。怪物かいぶつは、それを利用りようしたのでしょう。

かれは気きをうしなっているマユミさんの手足てあしを、厳重げんじゅうにひもでしばってから、黒くろい覆面ふくめんをはずして、ニヤリと笑わらいました。やっぱりあいつです。ボヤッとした白しろっぽい顔かお、大おおきな目め、牙きばのはえた大おおきな口くち、人間にんげんににているけれども、人間にんげんではありません。深ふかい地ちの底そこからはいだしてきた悪魔あくまの顔かおです。渋谷しぶやの空そらや、花崎はなさきさんの庭にわの池いけにあらわれた、あのいまわしい巨人きょじんの顔かおです。

「ウフフフ……、これでまず、第だい一いちの目的もくてきをはたしたぞ。明智あけちのやろう、ざまをみろ。名めい探偵たんていともあろうものが、マユミをまもることができなかったじゃないか。ウフフフ……。」

怪物かいぶつはそんなひとりごとをいって、部屋へやにある戸棚とだなをひらき、そこにかくしてあった大おおきなトランクを、ひっぱりだしました。外国がいこく旅行りょこう用ようの大だいトランクです。

トランクのふたをひらくと、手足てあしをしばったマユミさんをだきあげて、そっとトランクの中なかにいれ、またふたをしてかぎをかけ、それを戸棚とだなの中なかにいれて戸とをしめると、怪物かいぶつは、そのまま部屋へやを出でていってしまいました。トランクは、夜よるになるのを待まって、どこかへ運はこびだすつもりでしょう。

ああ、明智あけち探偵たんていは怪物かいぶつのために、まんまと、だしぬかれたのでしょうか? ほんとうに怪物かいぶつが勝かって名めい探偵たんていが負まけたのでしょうか? いや、まだ、どちらともきめることはできません。

それから三十さんじゅう分ふんもたったころ、じつにふしぎなことがおこりました。

怪物かいぶつは三さん階かいのあき部屋へやをたちさったまま、どこへ姿すがたをかくしたのか、夜よるになるまで、帰かえってきませんでしたが、そのるすのまに、なんだか、わけのわからないことがおこったのです。あのあき部屋へやのドアがスーッとひらき、中なかからマユミさんが出でてきたではありませんか。そして、幽霊ゆうれいのように、足音あしおとをたてないで階段かいだんをおり、明智あけち探偵たんていの部屋へやへはいっていきました。

だれかが、助たすけたのでしょうか。

それにしては、助たすけた人ひとの姿すがたが見みえないのがへんです。

ひとりで、ぬけだしたのでしょうか。それも考かんがえられないことです。

あんなに厳重げんじゅうに手足てあしをしばられたうえ、トランクにはかぎがかかっていたのです。どうしてぬけだすことができましょう。

明智あけち探偵たんていの部屋へやへはいってきたのは、マユミさんの幽霊ゆうれいなのでしょうか?

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