← Library‹ 夜光人間 闇に光る顔

井上いのうえ一郎いちろう君くんは、ただひとり、黒くろビロードのような闇やみの中なかを歩あるいていきました。大木たいぼくがたちならんでいますから、その幹みきにさわりながら進すすむのです。

めくらになってしまったように、なにも見みえません。風かぜがないので、木この葉はのざわめきもなく、自動じどう車しゃのとおる町まちからは、遠とおくへだたっているので、あたりは、しいんと、しずまりかえって、耳みみが聞きこえなくなってしまったのかと、うたがわれるほどです。

木きの札さつのおいてある大おおきな石いしのところまでは、百ひゃくメートルほどあります。井上いのうえ君くんは、やっと三十さんじゅうメートルぐらい進すすんだばかりです。うっかりすると、木きの根ねにつまずいて、ころびそうになるので、はやく歩あるけないのです。

ふと見みると、森もりのおくのほうに、なんだか白しろく光ひかるものが、宙ちゅうに浮ういていました。

「おやッ、月つきがでたのかしら?」

まさか、森もりの中なかに、月つきがでるはずはありません。では、いったい、あの光ひかるものは、なんでしょう?

井上いのうえ君くんは、すぐに、ひとだまのことを思おもいだしました。ひとだまなら、こわくはありません。もっと近ちかよって、正体しょうたいを見みとどけてやろうと、そのほうへ進すすんでいきました。

しかし、五、六ごろく歩ほ進すすんだとき、井上いのうえ君くんは、ぴったり、たちどまってしまいました。それは、ひとだまではなかったからです。

ひとだまにはオタマジャクシのような、しっぽがあると聞きいていました。ところが、むこうに光ひかっている、まるいものには、しっぽがないのです。しっぽがなくて、ただ宙ちゅうに浮ういているのです。そして、そいつは、だんだんこちらへ近ちかづいてくるのです。

井上いのうえ君くんは、ギョッとして逃にげだしそうになりました。

その白しろく光ひかるまるいものには、二ふたつのまっ赤かな目めがあったからです。大おおきなまるい目めが、火ひのように赤あかくかがやいていたのです。

そして、口くちです。ああ、その化ばけものが、ガッと口くちをひらいたのです。口くちの中なかも、まっ赤かにもえていました。耳みみまでさけた、まっ赤かな口くちから、いまにも火ひを吹ふきだしそうに見みえたのです。

その赤あかい目めの銀色ぎんいろの首くびは、しばらく、ふわふわと、宙ちゅうにただよっていましたが、とつぜん、つつつつ……と、井上いのうえ君くんの目めの前まえに、とびかかってきたではありませんか。

「ワアッ……。」

さすがの井上いのうえ君くんも、叫さけび声ごえをたててとびのきました。そして、いちもくさんに、森もりのそとへ逃にげだしたのです。いくら拳闘けんとうができても、化ばけものにはかないません。

森もりの入口いりぐちに待まっていた小林こばやし君くんたち六ろく人にんの少年しょうねんは、「ワアッ……。」という声こえをききました。どうしたんだろうと心配しんぱいしているところへ、井上いのうえ君くんが、おそろしいいきおいで、とびだしてきました。

まっ暗くらですから、とっさには、だれだかわかりません。六ろく人にんは、ギョッとして逃にげだしそうになったくらいです。

「なあんだ、井上いのうえ君くんか。どうしたんだ。」

小林こばやし少年しょうねんがたずねますと、井上いのうえ君くんは息いきをきらして、

「ば、ば、化ばけものだ。化ばけものが、とびかかってきたんだ。」

少年しょうねんたちは、お化ばけなんか信しんじないはずだったではありませんか。

「化ばけものだって? そんなものがいて、たまるもんか。きみはなにかを、見みまちがえたんだよ。」

野田のだという少年しょうねんが、しかりつけるようにいいました。野田のだ君くんは、柔道じゅうどうをならっている強つよい少年しょうねんでした。

「見みまちがえるもんか。ぼくはそんな弱じゃくむしじゃない。たしかに、首くびだけの化ばけものが飛とんできたんだ。まっ赤かな目めがもえるように光ひかっていた。口くちから火ひを吹ふくように見みえた。そして、顔かおぜんたいが、銀色ぎんいろなんだ。……ひとだまじゃないよ。ひとだまに目めや口くちがあるはずはない。」

井上いのうえ君くんは、やっきとなっていいはるのでした。

「それじゃ、みんなで、そいつを、たしかめに行いこうじゃないか。」

小林こばやし少年しょうねんが、決心けっしんしたようにいいました。

「うん、行いこう、行いこう。」

みなが、口くちをそろえて賛成さんせいしました。お化ばけと聞きいて逃にげだすような、おくびょうものは、ひとりもいなかったのです。

「じゃあ、ぼくについてくるんだよ。」

小林こばやし君くんは、そういって、さきにたって、まっ暗くらな森もりの中なかへ、ふみこんでいくのでした。

Next chapter →
Click a word · hold for the whole sentence 0%